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第十章 綾子、復調。そして…

ちょっと長いです…。

 空が白みかかってきた。

 間もなく、夜明けである。

 今年の夏は、暑くなりそうだ。

 綾子はそんな事を思いながら、レイピアを正眼に構えた。

 そこはトゥリスの町の東、約一里(3.9km)の…街道を外れた森の中であった。

 そして、綾子の前には一体の魔獣がその身を低くして、綾子を食おうと唸り声を上げている。

 それは先日、商人とともに通った時に出くわした牛の魔獣であった。

 綾子の軽く三倍はあろうかという大きさである。頭には見事な巻き角が二本。そして明らかに草食獣ではない形状をした、下あごからはみ出た鋭いキバ。そんな化物が鼻息も荒く、黒いなめらかな毛をひらめかしこちらを睨んでいる。

 一瞬のスキも許されない。見せたら最後、あの角に一突きされて綾子はオシマイである。


 綾子は、体の内に閉じていた魔力を一気に…開いた。


 ごうっという音と共に、凄まじいばかりの空気の揺れが起こった。


 綾子の周りを、小さなつむじ風が舞っている。ひゅんひゅんひゅんひゅんと音を立てている。


 綾子の口元に笑みが浮かんだ。しかしその目はギンと見開かれたまま、微動だにしない。

 魔獣がほんの一瞬、ひるんだ。相手の力量を見誤ったのだ。


 次の瞬間、綾子の身体が一気に跳躍して魔獣の元へと駆け向かって行った……。






 勝負は、ものの数秒で決した。




 素早く血を抜いてその肉を解体し、魔石を取り出す。

 もう慣れたものであった。かつて学生だった頃、この大量の血に気絶したのも今となってはいい思い出である。

 この量はとても、一人で持ち帰れそうにない。この黒い魔石と綾子の上半身くらいもあるこの首はギルドに見せなきゃだから必須でしょ?…あとカミラさんとこに右足の肉でも持って…やばい。これだけでも気の遠くなるような重さだ。

 綾子はげんなりした。

 しかし、しっかり手応えも感じていた。

(やっと、本調子かな。)

 これであった。






 その青年が騎士団の詰所へと出頭してきたのは、綾子が町の冒険者ギルドに貼りだされていたその一件の依頼を片付け(大量の返り血を浴び、魔獣の首を引きずってギルドへ向かう綾子の姿は異様過ぎて、町ではちょっとした騒ぎになった)、例の右足のもも肉をカミラおばさんの働くこの前行ったレストランへと卸し(店主に物凄い喜ばれた、小金もゲット)、悠々とお風呂に入って仮眠に入った…正にその頃であった。

 アイザックはそんな綾子をあえて、起こさなかった。そもそも彼女は、あの戦闘で傷つき、そして療養で落ちてしまった体力の回復、リハビリのためもあってここへ同行させたのだ。

 今、アイザックの手にはその青年が書いてくれたらしき名前と住所、年齢、生年月日などが書かれた紙がある。

 そして目を上げると、ちょうどその小部屋にその青年が入ってきたところであった。

 アイザックは瞠目した。

 白髪の混じった栗色の髪にとび色の瞳、小柄な体格…と、ここまではどこにでもいるトゥリス族の男性そのものの風情だったのだが、驚いたのはその顔つきであった。

 34歳のアイザックより、10は老けて見えたのだ。

 しかし、手元の紙には『29』と書かれている。

(これは、何かあったな……)

 アイザックは何とはなしに、腹をくくった。





「おどろきました。」

 これがその青年の発した、第一声であった。

「…と仰いますと」

「あの人相書です。」

 青年は言って、「どこからどう見ても、うちの死んだ妻そっくりでして…。」

「…!」

「アイザックさんにお伺いしたい。一体何故今頃になって、あのような人相書をばらまいておられるのですか。ただの行方不明者のような書き方になっていたが、どうもおかしい。騎士団の方もかなり動いているようですよね。規模がいくらなんでも大きすぎる。本当のことを話してもらえませんか。」

 これはやられた。話を聞きだすつもりが逆になってしまった。

 アイザックは元々、ただの冒険者である。騎士団の人間ではない。こういった駆け引きは全くもって駄目な男である。

(くそ、こういうときレスターだったらどうしたろうか…)

 ないものねだりしても無駄である。

 やむを得なかった。

 アイザックは、今ゾハスで起きていることを全て話した。

 その青年の顔が驚愕に固まり、みるみるうちに青白くなった。そして、「そんな…いや、でも…」と一人呟き始めた。

 アイザックは何も言わず、その様子を見ていた。そして、ようやく静かになったころを見計らってその青年に向かい、

「貴方が、このゾハスの窮状を打破する一本の藁になるやもしれんのです。どうか話してもらえませんか。」

 期せずして、言い返す形になった。





「僕の名前は、ジョシュ…ジョシュ・グレゴリー・デル・イェールダーと言いまして…。」

 こうして青年…ジョシュはようやく、語り始めた。






 ジョシュ・グレゴリー・デル・イェールダー。

 ジョシュがファーストネーム。グレゴリーは旧姓…ということは後ろの2つが今の姓で、これは養子に入ったことを意味しているのだそうだ。

 トゥリス族は、代々この地で薬草と共に生きてきた、そして低い背丈と子どもっぽい顔様をしている、そしてその毒性を見極めるために嗅覚を鍛えていて、そのような者が多いということは前にも述べたが、その中でもイェールダー家は少し特殊だった。

 それが、『虫を魔法で使役して、その香油の採取を手伝わせる』というものであった。

 それによって出来上がった香油の質は、それはもう高いものであった。他のトゥリス族の人々ではとてもかなわない。しかも虫を使役できる…ということは蜂を使役できる、ということでもあった…養蜂だ。養蜂が出来る、ということは、あの美容に大変な効果のある物質も産出できることを意味する…当然、ゼルグ公国のみならず、宗主国のシゲルダや、はては大陸を跨いだ先の国の王室や貴族たちがこぞって愛用し、御用達と相成った。

 大変な人気である。

 ジョシュは、そんなイェールダー家の隣で、カモミールを育てる農園の次男坊であった。

 一方イェールダー家には、サラという女の子がいて、ジョシュとの二つ上と歳が近い。

 自然、仲良くなった。

 そして十数年もすると、二人は手を取り合うようになり…やがて、『ジョシュ。お前、うちに来るか。』とイェールダー家の当主…サラの父親に言われるようになり、ジョシュの両親も否やは無く…暗黙の了解というか、そのような雰囲気で、将来は夫婦に…ということになった。

 サラは一人っ子であった。彼女が、イェールダー家の次期当主である。

 当然、周りからの期待やプレッシャーは相当なものだった。

 しかし、彼女は大変ながんばり屋だった。蟻や蜂との会話もこなし、薬草の本も熟読し、嗅覚の鍛錬も怠らない。ほとんど外部の人間と関わらず、没頭している様は両親が心配になるほどであった。

 やがて、その努力は実を結ぶこととなる。

 彼女のかわいがっていた蜂の一群が、父パトリックのそれに匹敵するほどの芳醇な香りを放つ香油を採ってきたのである。

『サラ!!でかしたぞ!!これは行けるかもしれん。』と父は目を輝かせ、『よくがんばったわサラ。自慢の娘よ…!』と母は涙しながらサラを抱きしめたものだった。

 そして、早速これを明日、ウォルター(※当時ジェームス・ウォルターは爵位を持っていなかった)の下へ持って行き指示を仰ごう、ということになった。

 折よく、もうすぐシゲルダ王国で香油の品評会が開かれる。パトリックとしては、是非ともこれを出して、ついでにサラの顔を貴族の方々に見せて、覚えてもらいたかった。何せサラは村どころかこの養虫場からもほとんど出ていない。


 ともあれ……。


 この晩一家は浮き足立っていた。


 そのために、全く気が付かなかったのだ。


 浮き足立つ、そのささやかな一軒家の、その扉。


 よく見ると、うすく開いている。



 そこからその様子を食い入るように睨みつける、二つの眼があったことを。






 翌日。

 三人は意気揚々と、しかし緊張した面持ちで、その家で一等上等な服に身を包みその馬車へと乗り込んだ。

 トゥリスの村から町までは馬で数分かかる。歩いても全く問題ない距離だったのだが、大事な香油と抱えていたためわざわざ馬を呼んだのだ。


 馬車は発った。


 そしてその数分後……。


 その馬車は突然、ぬかるみに足を取られ崖下へ転落した。


 サラは運よく助かったが、両親と御者は助からなかった。






 この一件は事故として処理された。

 そしてこの日から、サラの身に異変が起き始める。

 突如鼻が全く効かなくなり、あれだけなついていた虫たちが、サラに全く見向きもしなくなってしまったのだ。

 もしこの時、この地に優秀な魔法の遣い手…冒険者でも、魔道具師でも良い、ともかくそのような者…が居れば、未来は変わったやもしれぬ。

 しかしそんな者は居やしなかった。

 サラも、そして彼女をずっと隣で支え見守ってきたジョシュも、あれが事故だと疑いもしなかったし、鼻や虫の件も『あのような痛ましい事故があったのだから、精神的なショックでこうなったのだろう…じきに治る』と軽く考えていた。

 しかし、一ヶ月、二か月…と経ってもそれは、いっこうに良くならなかった。

 当時二十歳を迎えていたサラの生活は、徐々に荒れ始めた。家に引きこもり、酒に走り、時に香油の瓶をジョシュやヨハン(彼女の父方の叔父、養蜂をやっていたが急遽当主に座らされている)に投げつけ、当たり散らす。


 そしてついに、そんなサラにひどい仕打ちがおみまいされた。


 かねてからイェールダー家と敵対していた調香師の一族の若い当主が、突如とある香油を品評会に出して、一躍時の人となったのである。


 もう限界であった。






 ある日のことであった。

 ここのところ急に酒を絶っていたサラが突然、一人の男を伴ってジョシュとヨハンの元へとやってきて、こう言ったのである。

「ジョシュ、ヨハンおじさん。私、調香の道をあきらめることにしました。紹介します、ジェイミーさんです。」

 いきなり身なりの良い、この村では滅多に見ない長身細身の男が片眼鏡をしてあらわれたものだから、二人は呆然とその男を見上げるしかない。

「ジェイミー・パラディールと申します。」

 焦げた茶色い髪をぴっちりと撫でつけたその男は慇懃いんぎんに挨拶し、「ここから東にございます、ゾハスの街でホテルの副支配人を務めております。この度、サラ・イェールダーさんから私共の元で働きたい、とのよし。厳正な選考の結果、採用させていただくことといたしました…今日はお迎えに上がった次第です。」

 寝耳に水である。サラはいつの間に、連絡を取っていたのか。

 ジョシュはヨハンと共に、あわてて必死に説得した。しかしサラもこうなると頑固である。しまいには、「もうジョシュの顔を見たくないの。見たくないからこの村を出て働くことにしたのよ、あんたなんか大嫌い!!!」

 ショックも良いところであった。

 イェールダー家のために、また自身の調香師になる夢へと向かってひたむきに頑張っていた…時にジョシュに恥じらった笑顔を見せていたサラはもう、どこにも居なかった。

 ジョシュはこの時、すでにサラに代わってヨハンを助け、養蜂の仕事を手伝ったり調香の方の鍛錬も始めていて、イェールダー家の中に深く深く入り込んでいた。

 こうなるともう、売り言葉に買い言葉である。幼馴染という間柄もあり、大喧嘩となってしまった。

 ヨハンが、慌てて止めに入った。


 翌日。

 (いや、やはり冷静に説得をするんだ。あの子は本当に頑張っていた、もう少し療養すれば戻ってくれるはず…)と思い立ったジョシュは、その重い足を引きずりサラの住む離れへとやってきた。


 やってきて…腰を抜かした。


 その部屋は、もぬけの殻だったのである。


 サラはあのわずか一夜の間に支度をし、あのジェイミーという男(…と、彼が雇った数人の人足)とともに、この村を発ってしまっていたのだ。






 アイザックはかける言葉が見つからない。

「…それが、サラとの最期でした。」

 ジョシュは、ぽつりと言った。

「…話しづらいと思いますが…。」

「ええ…大丈夫です。」

 ジョシュは顔を上げ…その無表情に、アイザックの心がまたえぐれた…、「その後…慌てて叔父…今は義父なのですが…と、ゾハスまで行きましたよ。でも門前払いでした。『本人はそんな者は知らない、気持ちが悪いから追い返してくれと言っている』と言われました。その後はもう…。屈強な男数人に取り囲まれ、大変な目に…」

 アイザックは心から、同情した。

 10年前当時といえば、ゾハスはまだオーウェル伯爵の息ががっつりかかっており、大麻や人身売買が横行していた時代である。正直言って治安はかなり、悪かった。

「それで…ここまで来て、俺たちは大事なことをすっかり忘れていたことに気が付いたのです。」

 ジョシュは言って、「ここまでの出来事。ウォルターさんに全く話していませんで…」

 当時、ジェームス・ウォルターは平民ではあったが、トゥリスの薬草を扱う商社の経営がようやく軌道に乗っていたところだった。イェールダー家とも当然、並々ならぬ付き合いがある。

 あの村の(当時の)村長は、正直あてにならなかった。それにひきかえ、ジェームスは誰にでも気さくで、相談に乗ってくれる。よっぽど頼りになった。

「…よし。ジョシュ、すぐ戻ろう。ここはあぶない。それでウォルターさんに報告するんだ。あの人ならなんとかしてくれる」

 叔父、ヨハンは頬にできた痛々しい青アザをもろともせず言った。




「それで一旦、うのていで帰って、町の商会へ駆け込んだのですが、折り悪くウォルターさんはイブライム(首都)に出ておられました。それでも商社の方が私たちの話を聞くと血相を変えて、ウォルターさんに文を出してくださったんです。そうしたら、すぐ戻る、しかし数日かかると。

 これでもう大丈夫と思いました。でも…駄目でした。」

「…。」

「ウォルターさんが戻ってきたその日…」

 言いさして、ジョシュはボロボロと大粒の涙をこぼし…そしてその後、絞り出すようにしてこう言った。






「サラは遺体になって帰ってきたんです…!!!」


ありがとうございます。


ちょっとストックが無さ過ぎて自転車操業状態なので、来週おやすみするやもしれません。


また活動報告にて。

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