表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/61

第九章 綾子、傷心旅行に出る。(上)


傷心旅行、という名の出張。


2022/7/26 題名を(上)に致しました。次が(下)になります。

 翌日。

 綾子とアイザックは、ゾハスの西、ゾクレス川の上流にあるトゥリスへと旅立った。

 結構な距離である。歩くと丸二日は見なければならない。馬車、と言う手もあるが(現在アイザック達は一時的に、騎士団と身分を同じとしているため馬は借りられる)、この日は折り悪く馬車が全部出払ってしまっていた。

「お前、馬乗れたっけ」

 アイザックは聞いた。馬は居るのだ。

「それが乗れないんですよう…こんなことなら訓練しとけば良かった…」

 学院時代、運動神経が壊滅的だった綾子である。とても馬乗りの授業まで手が出せなかったのだ。

「だよなぁ…。よし、しょうがねぇ。」

 アイザックは立ち上がって、「ちょっと商人ギルドの方に顔を出してみるわ。」





 こうして今二人は、ちょうどトゥリスへ薬草の買い付けに向かうところだった商人の荷馬車に同乗させてもらえる事と相成った。

 聞くと、ここのところ街道沿いの魔獣の動きが活発らしい。まるでゾハスへの襲撃が無くなった途端にたがが外れたようになっている、とのことだった。

「いやぁ、助かります!こんな安いお値段でS級とA級のお方についていただけるとは…!」

 その壮年の商人の男は、終日にっこにこだった。




 トゥリスの町に到着したのは、翌朝のことだった。

 幸い旧オーウェル領の境目に村があり、そこで一泊出来たため野宿は避けられている。

 商人とはここで別れた。

「私はここで買い付けをやっております。二日ほどおりますので、もしタイミングが合いましたならば…」

 荷を上手く調整して、載せてもらえるらしい。

 二人はありがたく、甘えることにした。

 降りた綾子は、街の喧騒を見渡した。

 なるほど、これは村ではない。

 しかしゾハスとはまた違った雰囲気である。

 まず荷を担ぐ男達の持っているのが、薬草が入っているらしき大きな麻袋だったり、枝葉を縛った大きな束であったりしている。たまに重そうな壺を二人がかりで荷馬車に運び入れる姿も見える、おそらくあれは香油だろう。

 そして鼻につくのが、匂いであった。時にラベンダーのような、バラのような華やかな香りが通り過ぎたかと思うと、コーヒーの生豆のような独特な臭いがやってくることもある。

 ともかく、物凄い活気であった。

 それらをすり抜け、二人は界隈を歩いた。

 そして…やがて、それは見えてきた。

 茶色の塗り壁で統一された中に一つある、真っ白な漆喰の建物。屋根瓦も他と区別しているのか、赤い。


 ここが、レスターから紹介されたこの町の長の屋敷。公邸であった。




 そこでちょこまかと働いていた人間に話をすると、すぐに奥の応接間へと通される。

 念のため、いつもより少し正装…とまでは行かないが、ましな恰好にしておいて正解だった。

 出された茶をいただいて、10分もした頃だったろうか。

 扉が勢いよくバタンと開き、そこへいかにも精悍、という一人の男があらわれた。

「やぁやぁようこそトゥリスへ!遠いところをご苦労様です!!」

 …すごい熱気である。まるでどこぞの政治家のような雰囲気の人だ。と綾子はおもった。

 この肌の焼けた男こそが、この町の町長…ブライアン・ファーナビー男爵その人であった。




「いやぁ!申し訳ない。本当はここに子爵もお連れする予定だったのですが…。」

 開口一発、男爵は頭を下げた。

「いえ。こちらも急に参ったのです。」

 アイザックは恐縮して、「ひとまず、こちらを町中に貼り出す許可をいただきたく、この度は参りました。」

「頂戴します。ほう、この方ですか…」

 男爵は例の少女が描かれたその人相書を受け取り、「明日から早速、うちの配下の者にやらせましょう。数は50ほどでしょうか…充分ですね。」

「私たちも手伝せてもらっても?」

 綾子が言うと、

「勿論です!そうですね、ではついでに町と、奥にある村の方もご案内しましょう」

 どうやらここにはトゥリスの町とは別に村も存在するらしい。

「…男爵。ちなみにこの少女に見覚えは…」

 アイザックが聞いた。

 男爵はそのとび色をした瞳を細めその絵姿を見つめていたが、ややあってかぶりを振り、

「いいえ…会ったことはありませんね。しかし…気になる事はかなり、あります…ね。」

 と唸るような声で言った。

「…と、おっしゃいますと」

 二人、思わず身を乗り出した。

「まず、この白髪が混じった髪の色ですよね。そして丸い顔をした女の子…おまけに嗅覚の鋭さがある…」

 男爵は唇をかむような仕草をして少し考え入っていたが、やがて覚悟を決めたような表情になって二人を見ると、こう問うた。



「お二人は、トゥリス族をご存知ですか?」



 二人、揃ってかぶりを振ったのは言うまでもない。






 その後、男爵の語ったところによると……。

 この辺りにはトゥリス族、という部族がはるか昔から住み暮らしているらしい。

 彼らは少なくとも千年以上前からこの地で、薬草を育て、収穫し、質の高い香油を造ったりしてこの地を守ってきたのだという。

「今でこそ外からの流入も増え、その血も混じって薄くなっていますが…。それでもここに昔から住んでる方のほとんどはトゥリス族の血が入っているのですよ。かくいう僕も、出身がここなのでその血は入ってまして」

 男爵は言って、「私達トゥリス族には、一致した身体的特徴があります。」

「と、おっしゃいますと」

「若い頃から、白髪が混じるのです。僕も、そうでしょう?…そっくりじゃないですか。この人相書きの少女と」

 綾子、これには思わずアイザックと顔を見合わせた。

「あと何より気になるのが、『少女(10代後半と思われる)』という文言です。」

 言った男爵の顔が少し険しくなり、「私達トゥリス族というのは、小柄な者が多いのです。僕は5尺強(約170cm)ありますがこれでもトゥリス族にしては大柄だ、と言われますし、女性はもっとでして。5尺無い(140cm~150cm)方も多いのです。女性の場合は特に、10歳くらいで成長が、その顔…人相ですよね…も含め、止まります。なのでよく、子どもと間違われるのです。」

 一般にこの世界…というか、この大陸の男性の平均身長は6尺(180cm)前後と言われる。日本にいた綾子からしてみたらむしろトゥリス族の方が普通…と思ってしまうのだが、まあこちらではそうは行かないだろう。

「…つまり、男爵は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と…?」

「もしトゥリス族であるならば…ですが。たまたま身体的特徴が一致しているだけでトゥリス族ではない、という可能性もありますしね」

 と男爵は言ったが、またかぶりを振って、「いや、でもなぁ……。それに、まだあるんです。」

「…それは?」

「ここにある、『嗅覚が鋭く、敏感』。これです。」

「…!」

 アイザックは息を飲んだ。

「先ほどお話しした通り、私達トゥリス族は代々ここで薬草…まぁハーブですよね…これを育て、採取して生活の糧としてきました。なので、鼻を鍛えることはこの地で生活する上で必須なのです。鍛えておかないと、命に関わりますからね…。」

 どういうことかと問うと…、こうらしい。

 これは何もこの地に限ったことではないのだが、この世界の薬草には非常に厄介な特徴があった…全く同じ品種の薬草を育てていても、なぜかその中に時折、毒の入ったものが発育するのだ。しかも、見た目は全く同じなので目での判断が非常に難しい。

 そこでトゥリス族は一計を案じた。

 他の薬草の産地に住む民が鑑定魔法を鍛える方向に行ったのをしり目に、自分たちはとにかく嗅覚を鍛え、その鼻でもって毒性のあるなしを識別し、鑑定魔法は最後のチェック時にのみ使用するようにしたのである。

 鑑定魔法保持者は回復術師と同じで、いわゆる特殊技能に該当する。この魔法の習得にはゼルグ公国の取り決めた、それは厳しい試験をパスしなければならない…冒険者ギルド嬢になる門戸が狭いワケは、ここにあったりする。

 話がそれたが…、ともかく、最終チェックの時のみ鑑定魔法が使える者を呼んでこれを行使してもらうことで、大幅な効率アップを狙った、というわけだ。

 これの効果は意外にも、高かった。

「ここ数年で鑑定魔法に引っかかったのは、一回のみです。私達がどれだけ小さいころから鼻の鍛錬をしたか、ここからもお分かりいただけるかと。」

 男爵はちょっと鼻高々になって、「僕も子供の頃、よく遊んだものです。ゲームがありましてね、毒の入った香油と、入ってない香油、品種は全く同じものですね…これを鼻だけで、当てるんです。当てると飴がもらえたりね…。すみません、話がそれました。」

「いえ、興味深いお話でした。」

 アイザックは言って、「つまり男爵の見立てでは、この少女はトゥリス族の女性ではないかと。そういう事ですね。」

「ええ。その通りです。」

「先ほど、ここトゥリスには町の他に村もあると伺いました。村の方にも、これを貼りださせていただくことは可能でしょうか」

「勿論です。」

 男爵は即答して、「ついでに、村もご案内しましょう…と、どうした?うん」

 そこへ、ノックと共に執事らしき男性が入ってきて、男爵へ耳打ちをした。

「アイザック殿。子爵の使用人が今ここへ参っておるようです。」

 男爵は言って、「子爵が、『明日の夜であれば空いている。宜しければお二人と話がしたい』と仰っているそうです。会われますか?」

 どうやら先ほどからちらちらと出てきている『子爵』とやらは、このトゥリスの辺りを治めている領地の長らしい。

 否やは無い。二人はご厚意に甘えることにした。

今日もありがとうございました。


没ったシーンというか、情報をば失礼します。。



本章で書いた「毒性のある薬草が発育する」。

その最も出やすい品種が、ミント類とカモミールです。

いずれも鎮痛薬、特にカモミールはポーションの主要原料です。


毒が混じってしまったら、一大事。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ