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第八章 で、あの子何者なん?

 綾子がリハビリに入ってから、10日が経過した。

 魔獣の襲撃はあれから一度も無い。

 市民の間では、『やはりあのキマイラが他の魔獣共をけしかけてたんじゃないか』『もう大丈夫だ』という声もちらほらと聞こえるようになった。そして、あのキマイラを倒した綾子はにわかに、有名人となってしまった。

 街を歩いているとそこかしこで挨拶され、何とも言えない照れくささを綾子は感じたが…まぁ、街の雰囲気もどこか明るくなったように思うし、良しとしよう。と綾子はおもっている。


 しかし、綾子をはじめとした混成部隊の者たちは、そんな噂は端から信じていない。


 魔獣の襲撃の元凶は間違いなく、あの少女だ。


 あれこそが、魔獣たちをあやつって、この街を襲っていたのだ。






 今、綾子は騎士団の詰所に居た。

 団長、レスターから直々に呼び出しを受けたのだ。

 すこしびっこを引いたその足で部屋へと足を踏み入れると、そこはまるで会議室…というか、議場のような一間ひとまであった。人数は十数名、といったところだろうか。騎士の者もいるし、同業の者もいる。

 そこへ、綾子の姿をみとめたレスターが席を立ちこちらへとやってきた。

「具合はどうだ。」

「おかげ様にて…。先日ようやく退院いたしました。杖も取れております。治療師せんせいからは、あとは現場でレベルの低い依頼からこなして、リハビリをした方が良いと言われました。」

「そうか、そうか…。」

 レスターはその鋭い瞳を細め、「こちらへ。もうすぐ始まる。」と席までエスコートしてくれた。

 隣の席ではドウェインが、こちらも手をちょいと上げている。逆の隣にはアイザック。

(なんだか熊と狼に挟まれたみたい…)

 と綾子は思ったが、決して口には出していない。





「皆。今日来てもらったのは他でもない。」

 レスターが口火を切った。「これまで我々が行ってきた、例の少女についての調査に進展があった。今日はその報告と、今後の捜査への協力をお願いしたく、行うこととした次第だ。ではまず報告から行こうと思う。…リュウ殿。」

 呼ばれて立ち上がったのは、黒い髪をぴっちりと結い、切れ長の目に眼鏡をかけた、いかにも綾子の前世でよく見かけた顔だちの男性だった。若い。今の綾子より5つか6つくらいしか違わないように見える。

「魔法研究所のブラッドリー・リュウと申します宜しくお願いします」

 リュウは非常に手短に自己紹介をすると、早速調査結果を報告しはじめた。





 その魔獣の種族の名が彼の口から発せられると、場内にどよめきが起こった。

 無理もない。

 その種はここ二百年は、聞いたことのない種だったのだ。

「それは確かなのか」

 そこにいた、レスターの隣に座る年配の男がリュウに問うた。

「はい、間違いありません。キマイラの体内に残留していた魔素、そしてそこにいらっしゃるアヤコ・ブラントンさんの汚染された血液からの解析結果です。精度は99.997%。疑いの余地はございません。あの少女はアンデッド。通称、ゾンビです」

 リュウはきっぱりと言いのけた。

「しかしゾンビというのは…今では伝承でしか残っておりませんが確か低級魔獣のはずです。そのような低級魔獣が、自分よりはるかに階級の高い魔獣を何百体も、自在にあやつれるものでしょうか。相当な魔術ですよあれは」

 と言ったその青年は、ジョセフ・ガーランドであった。先日の戦闘の時、綾子を迎えにきていたあの青年である。

「その通りです。ただのアンデッドなら、あのようなことは不可能です。しかしレギデウス本人が、あの少女の死体をゾンビにしたのであれば話は変わってくる。」

 レギデウス。北の空に浮かぶあの『精霊の島』から追放された、嘘と妄想を司る、地に堕ちた精霊。

「確かに…。」

 ドウェインもうなって、「レギデウスが、あの少女の亡骸に命を吹き込み、ついでにそこでいくつか特殊能力を授けた、となるとつじつまが合うな…。」

「実際、アヤコさんの血液をお調べしたところ、レギデウスの痕跡がありました。その授けた能力もすでに判明しております…それが、『対象の精神、身体を乗っ取り、意のままに操作する能力』です。その対象は、レベルを問いません。人間でも、魔獣でも、それこそドラゴンでも操ることが可能です。そしてそのやり方というのが、自身の体の一部…今回髪の毛でしたが…それを、対象の体内に潜り込ませることで、それが行使できるというものだったようです。」

「…その能力でもって、魔獣を従えて操作していたと…?」

「そうです。」

 リュウははっきりと頷いて見せた。「今回獣人の方に行使していたのは髪の毛でしたが、アヤコさんにはあの黒い煙…実はあれは瘴気ではなく正確には彼女自身の腐った皮膚片だったのですが…それでもって体の内部に入り込み、アヤコさん自身の魔力を暴走させて内臓を食い破るように操作していました。そのため、アヤコさんは重篤な状態となったのです…あと数分手当が遅ければ危なかったでしょう。下手をすると、アヤコさん自身がアンデッド化し、街は壊滅的な被害を被っていた可能性があります」

「ひえっ」

 綾子は思わず悲鳴を上げた。マジか。どこぞのパニック映画ではないか。

(これは頭が上がらない。サイラス先輩達にごちそうせねば…)

 これである。

「ちょっといいか。」

 次に手を上げたのはS級冒険者のアイザック・マクノートンだった。

「どうぞ。」

「あいつは異常に鼻が利くように見えた。それも、レギデウスが与えた力なのか?」

「…?」

 リュウは首をかしげている。

「…おいレスター。あの話、この方にしてなかったのか」

「…すまん。してなかった。」

 レスターは、ばつが悪そうにしている。

「…そのお話、というのをお聞かせ願えますか」

 リュウに問われ、アイザックはもう一度例の話をして聞かせた。

 リュウの目は真剣そのものだ。

「なるほど、なるほど…。あの攻撃が獣人の方のみを狙っていたとは聞いていましたが…。においをたどっていたと…。たしかに人間わざでは無いように思えますね…。」

 リュウの頭のなかで様々な情報が飛び交っているのが見て取れた。しかし、ややあって首を横に振ると、「申し訳ございません。念のため今一度調べてはみますが、ただはっきりしているのは、レギデウスが施したのはあくまで、『あの少女の遺体をアンデッドに仕立て上げた』こと、そして『その体の一部を使って対象の精神、身体を乗っ取り、意のままに操作する能力を授けた』こと。この二つのみと思われます。他は見つかっておりません…となると、まだ一概には言いきれないのですが、その嗅覚の発達…というのは、元来人間だったころのものである可能性が高いです」

「ふむ…。」

 アイザックは二度、三度と頷くと、腕組みをして考え込んでしまった。




「ともあれ」

 レスターが沈黙を破り、「これで、あの魔獣の種がアンデッドであることが判明した。となると、我々…とくに騎士団としては、やらねばならぬことがある。ジョセフ、何か分かるか」

「はい。一つはあのアンデッドの討伐です。おそらく、あれはアイザックさんの手によって倒れてはいましたが、倒せてはいないと思います。あれが回復すれば、街はまた元通りとなってしまうでしょう。

 しかし、もう一つ、やらねばならないのがあると思います。それは…あの少女の遺体がどこから来たのか。その身元を調べる必要があると自分は考えます。」

「それは何故だ」

「現在、この国では原則火葬が義務付けられております。これはかつて土葬であったころ、遺体のほとんどがアンデッド化してしまい、さらに伝染病も媒介して国全体が大きな打撃をこうむったためであります。」

「それで?」

「それで…。現在アンデッドが出た、という報せはここ少なくとも二百年は、ありません。それが今日こんにちになって出た、となりますと、ある一つの仮説が浮上します。」

「ほう。何だ、言ってみろ。」

「…えっと、それは…『何者かがあの少女を殺して、その遺体をゾグレス川に遺棄し…その遺体をレギデウスが見つけアンデッドに仕立てた』…というものなんですが…」

 ジョセフ、急に自信を失くしたのか語尾が異常に小さくなっている。

 その場にいた騎士団の連中がクスクスと笑った。しかし悪意のある感じではない。ジョセフという青年は慕われているようだ。

「この仮説に異議のある者はいるか。…アヤコ。」

「…異議というほどではありませんが…」

 綾子は前置きをして、「事件に巻き込まれたか、はたまた事故で溺れ死んだか…いずれにしろ、彼女は適切に葬られることなく亡くなったことは確かだと思います。生身の遺体が無いと、アンデッドという魔獣は生まれませんので…。まずは、両方の可能性を視野に入れて、お調べになった方が良いのでは…。すみません出しゃばりまして…」

「いいや、いいぞ。」

 レスターは言った。ジョセフも深く二度三度と頷いている。

 そしてレスターはこう続けた。

「皆、聞いての通りだ。この度、リュウ殿をはじめとする研究員らの尽力により、あの少女がアンデッドであることが判明した。そしてアヤコが言ったようにアンデッドは生身の遺体が無ければ生まれない。

 我々はこれより、この少女の身元を探る。明日にはこの少女の絵姿をゾハスの町一帯に張り出し、情報を募る予定だ。また追って、ゾグレス川上流域の村々にも範囲を広げていく予定でいる。

 申し訳ないが、冒険者の皆さんにも、助力をお願いしたい。人手が足りぬのです。どうしても聞き込みは人海戦術に頼らざるをえません、この捜査のために夜の見回り等通常業務も手薄になってしまう可能性が出ております。何卒…」

 レスターは頭を下げた。

 ドウェインは慌てて、「顔をお上げください!」と声を上げ、

「幸い、襲撃が落ち着いた影響で現場に戻ってきた者も多く居ます。後ほど、必要な人員数をお教えください。」

 と言った。





 その議場から、人々が退室していく。

 がやがやとしていた広間が、一気に静かになった。

 しかしそこに一名だけ、席に残っていた者がいた。

 レスターである。

 彼は今、一人になって、最後にアヤコが放った一言に衝撃を受けてしまい、思考が停止した自分を見つめている。


 そうだった。


 思えばアヤコが、あの少女からの最も強烈な攻撃に一人(さら)され、一時は生死も危ぶまれていたのだ。ましてや、彼女の体内に直接少女の瘴気が入り込んだのだ、あの少女自身の心の中が覗けた、というのも充分にあり得ることだ。

 しかし…。

 あの一言は、先ほどジョセフが立てた仮説が正しいことを意味する、大きいものだとレスターは感じた。

 そして、どういうわけか…あの一言は、レスターをはじめとするあの場に居た一同の心の中に、まるでどぶ川に沈む汚泥のように、重く、沈み込んできた。




 アヤコによると、あの少女の精神こころはただただ、こう叫んでいたのだという。






 この人殺ひとごろし!





 人殺し!!






 人殺し!!!







 人殺し!!!!

ありがとうございました。


また月曜に。

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