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第五章 うえぇん魔獣のおなかから女の子出てきたよう(泣)

『…、…、…。』


「……!!!」


 綾子は、その使役しているカラスノエンドウから受け取ったその知らせに、あやうく気を失いかけた。しかし言わぬわけには行かない。事は大きい。




「…師匠。団長」

「…どうした。言ってみろ」

 ドウェインが綾子の肩に手をかける。その綾子の顔に、じっとりと冷や汗が流れていた。ただ事ではない。


 綾子はその豆の巨木から受け取ったそれを、そっくりそのまま二人に伝えた。


 次の瞬間、レスターが大音声を上げた。



「総員配置につけ!!!」



 戦闘の後片付けと怪我人の運びだしに追われていた皆が、えっという顔になったがすぐに再び円陣となり、その豆の巨木の周りで武器を構えた。

 レスターも武器をすらりと抜いた。ドウェインのものとは段違いに大きい大剣である。

 そしてここまで来て、その場に居た全員がそれを目撃した。

 キマイラの死体…の腹が、もごもごとうごめいている。まるで、腐乱した死骸を中から食い破るウジ虫のように……。

 …そしてついに、それはあらわれた。

 キマイラの腹が、まるでメスを入れたようにススーッ、と切れたかと思うと、それがぱっくりと割れ、中から眼が二つ、白くきらりと光った。

 腐ったような臭いがあたりに立ち込めた。豆の木が耐えきれず、立ち枯れていく。

「もう限界です!」

 豆の木を何とか生かそうと魔力を流し込んでいた綾子が悲鳴を上げた。

「構わん!アヤコもういいぞ!!このままではお前が倒れる!!」

 レスターが大声を上げた。

 綾子が両手で構えていたレイピアを…おろした、次の瞬間。



 みしっ。ばきばきばき。ドオォン。


 最期まで力を振り絞ったその豆の木がとうとう、倒れた。そして…キマイラの腹の中からあらわれたそれに、その場に居た全員がその目を疑った。





 中からあらわれたのは、灰色グレイの髪に栗色の瞳をして、召使らしきぼろぼろのお仕着せに身を包んだ…女の子だったのである。





 しかし、全員が()()に気づいていた。


 この子、()()()()()


 おぞましいばかりの魔力であった。とても体内に保有しきれないのだろう、魔素となって体外へと漏れ出てしまっている…おかげで、彼女の周りには黒い煙のようなすすのようなモノがまとわりついているように見えた。

 そしてさらにそのおぞましいのは、その髪の毛であった。そのひざ下まで伸びたぼさぼさの髪は、まるでメデューサかと見まがうばかりに、その一本一本がうねうねと、意志をもっているように蠢いていたのだ。

 …と、その時だった。

「来るぞ!!」

 外円から叫び声がした、あの声はアイザックだ。

 少女の口元がにんまりと笑った。そしてその髪の毛を数本、ブチリと抜くと、それにふっ、と息を吹きかけた。すると。

「ッギャアアァァァ!!!!」

 身構えていた円陣の中から悲鳴が上がった

 何という事だ。その中にいた一人が突然暴れ出し、仲間を斬ろうとしているではないか。見ると、剣を振り回している若い青年は完全に白目をむいている。気を失っているのだ。

「うわあ!」「あいつを当て落せ!!」「あやつられてるぞ!!!」「結界を張れ!あの髪の毛だ!防御魔法で充分だ!!!!」「まずい!こいつもやられてる、うわあぁあ!!!」

 もう大混乱であった。

 少女はその様を、指をくるくると回しながら鼻歌交じりで鑑賞している。その瞳は赤黒い。

 しかしそこへ、とある三人の姿が目に入ると少女の顔が不快そうに歪んだ。

 その三人とは無論、綾子達三人のことである。

 しかし、当の綾子は大変な事態に陥っていた。

 見るとその顔は真っ青である。唇もチアノーゼを起こしていた。全身の血がまるで沸騰しているようだ、痛い。とにかく痛い。とても立っていられなかった。

 そう…綾子はさっきまで使役していた豆の木(カラスノエンドウ)を伝って、あのおぞましい黒い煙をもろに浴びてしまったのである。何か身体に著しい異常を起こしているのは明らかだった、ドウェインがとっさに持っていたハイポーションや魔力回復薬を飲ませるも焼け石に水である。そしてその手前ではレスターが結界を張っている。


(…。)


 まあいい。少女は急に余裕の表情になった。自分の魔力はあの女をもうすぐ食らいつくしてくれるだろう。それに、すでに良い頃合ころあいの奴を()()、人形にした。あの結界は物理的な攻撃には耐えられない。

 少女は手を、ススイ…と交差させた。すると、例の髪の毛によってあやつられていた十数人の首がぐりん!と一気に綾子たちの方を向くと、それらが一斉に襲いかかってきた。

「…!!!」

 その中にいた、ひときわ大きなその男を見てレスターは思わず舌打ちした。

(アイザック…!!)

 よりにもよって、この街の冒険者ランク筆頭…怪力のアイザックことアイザック・マクノートンも、あやつりの餌食となっていたのである。

 アイザックは完全に正気を失っていた。口からはよだれをたらし、目は白目を剥き、他のあやつられている者どもすらも蹴倒しながら、自分の身体ほどもあろうかというような巨大な斧を振りかざしこちらへ駆け向かっている。

(くそっ、こうなったら土でも隆起させて盾を…)

 ドウェインはぐったりした綾子を寝かせると、その地面に手をついて術を起こそうとした。

 その時だった。

 上から振り下ろしていたはずのアイザックの一閃が途中で急に向きを変え、身をかがめていたレスターとドウェインの真上を横切って行った。そして。


「…ゴブッ?!!!」


 少女の口から、大量の血が吐き出されてきた。

 これにはレスターもドウェインも、わが目を疑った。

 アイザックが振りかぶったそのその斧は、少女の左腕をふっ飛ばし脇腹を深々とえぐっていたのである。




「残念だったなお嬢ちゃん。俺には効いてねえんだよ」




 頼もしい声に、ドウェインは安堵で腰を抜かしそうになった。


 そしてアイザックの反撃はまだ続いた。


「おまけにもう一丁くれてやる。()()()()()()()お前には良い土産だろうよ」


 そう言うやいなや、アイザックは胸元から小さな小瓶を取り出し蓋を開けると、その少女の頭の上からその中身を…かけた。


「…ッッッ!!!っぎゃああアァア!!!!」

 少女がつんざくような悲鳴を上げた。

「うわっ、くせぇ…!」

 ドウェインは綾子を抱え、思わず後ずさった。

「あれは…!」

 ドウェインとともに綾子の身体を移動させるのを手伝っていたレスターが、アイザックを見た。

「…イタチの体液だよ。」

 言いつつアイザックも、斧を引き抜きながら口元と鼻を塞いでおえっという表情になっている。

 少女は出血の多さとこの悪臭にとうとう立っていられなくなり、その自分の血の海の中でのたうち回り始めた。

 するとやがて…、先ほどまであやつられていた者達が狐につままれたような顔で、あたりをきょろきょろと見回し始めた。解けたのだ。

 すると、気を失っていた綾子が突然嘔吐し始めた。血が混じっている。

「よし、よし…いいぞ、そのまま吐いてしまえ…」

 ドウェインが、背中をさすりかいがいしく世話を焼いている。

「ドウェイン。一旦後ろに退くぞ。あれは破れかぶれになにするか分からん」

 レスターが声をかけた。





 取り囲んでいた円陣の半径は、大きく広げられていた。

 先ほどまであやつられていた者たちは念のため、戦線を離れることになった。「…すまん大丈夫だったか」「おう。良い一撃だったわ。ゆっくり休めや」軽口を叩いている声も聞こえてくる。

 その者たちを見たレスターとドウェインは、すぐに気が付いた。

 その者たちの頭やお尻に、獣の耳や尻尾が生えている。例のあやつられていた影響なのだろう、完全に人化できなくなっているのだ。

 そう。狙われていたのは全員、()()だったのである。

「すまん。俺も無理だわ…」

 心なしか顔色の悪くなったアイザックの頭からも、ひょっこりと可愛らしい黒い耳が生えていた。あれはおそらく、熊の耳だ。

「お前はこの臭いでやられたか…。後で詳しい話を聞かせてもらうぞ。何でイタチの体液を持ってたのかも含めてな…。」

 レスターがアイザックの後ろ姿に声をかけると、アイザックはふらふらしながら、斧を持っていない方の手を振ってそれに応えた。

 そこへ、綾子を無事然るべき者へ預けてきたらしきドウェインが戻ってきた。

「状況は」

「弱っているようだな…ほとんど動いていない。アヤコの容体は?」

「今到着したサイラス達が看てる。容体は…芳しくない。あの黒い煙みたいな魔素…あれがアヤコの血管にまで入り込んだらしい。内臓を食い破っているそうだ…」

「…!!」

 重体ではないか。レスターは息を飲んだ。ドウェインの顔色も悪い。が、気丈に顔を引き締め、「…で、どうすんだアレ」

「とりあえずこのままだ。見ての通り、今俺の部下が数人がかりで封じる術をかけてる。上手くいけば…」

 近づいてコアを一突きだ、とレスターは言った。

 その部下の男女数人が放っている手元の魔法陣が、さらにギュン!と大きくなった。






 その後……。


 結論から言うと、レスター達は少女の討伐に失敗した。



 あの時。部下の男女五人がかけた術がいっそう大きくなったその直後…。

 よりにもよって第二陣となる魔獣の襲撃があったのである。

 キマイラの体当たりと火炎放射によって壊された門から堂々と入り込んできたそれは、蛾の魔獣であった。体長1mはあろうかというその羽でひらひらと舞いながら毒入りのりん粉をまき散らす。

 しかし、何十何百と飛んできたそいつらは、人間には目もくれず、その少女の身体を取り囲んだ。

 ぐったりとなった少女の身体が、その蛾の背に載せられていく。

 そして…やがて、一糸乱れず連携していたその蛾どもは、そのまま城壁の上をふわりと飛び越え、ゾグレス川の対岸へと姿を消したのである。


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