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第三章 いろいろ再会。(下)

 その後二人と別れた綾子は、ドウェインが手配してくれた部屋で荷ほどきを始めた。

 魔術書やら道具やら、色々と持ってきたので結構な量である。

 綾子はひとまず服と、いつ戦闘に出ても大丈夫なように相棒の剣を出して状態を確認した。

 細身の剣である。すこし力を込めると、ブウン…と音を立てて青白く光った…よし、問題無さそうだ。

 改めて、部屋を見渡す。

 良い部屋だ。と率直に綾子は思った。扉から入ると窓が一つ。日当たりも良い。壁は漆喰だろうか、真っ白なので結構昼間は明るい印象だ。洗濯物とかは共用だろうか、あとで下に住んでいる大家の老夫婦に聞いてみよう。

 観音開きの窓を開ける。

 そこは二階だった。右側にはさっきアイザック達と会っていた、騎士団の詰所が見える。かなり大きな建物だ。

 そして眼下では人々がひっきりなしに行き来している。荷物を肩に担いでいる男性。おもちゃを持たせて子どもあやす母親。

 そして、そこから目を上げると…そこには真っ黒な山脈が累々と聳えていた。

 あそこが、魔獣の巣窟。マグログル山だ。




 その晩。

 綾子の姿は、街の南側にある、とある酒場にあった。

 ドウェインも一緒である。

 総木目張りの店内は、かなり広い。店内はほぼ満員だった。

「俺、ここ初めて来るわ…」

「そうなんですね。実はここ、知り合いが働いてるんです。あとで紹介しますね。」

 という綾子にドウェインはちょっとびっくりしていた。まさか今のこの街に知り合いがいるとは思わなかったのだろう。

「あと、先輩サイラスと、ナタリーさんも合流するみたいです。」

 綾子は言って、エールの入った木製のカップを掲げると、「乾杯!」

「おう、乾杯。A級昇格おめでとう!」

 あれから無事にたんまり寝られたらしいドウェインは無精ひげもしっかり剃って、にっかり笑った。その顔には十年前にはなかった皺が刻まれている。

「…ぷはっ。美味しいです!」

 綾子は思わず言った。

「お前、お酒も飲めるようになったんだな…。」

 ドウェインがしみじみと言う。

「おかげさまで…。イブライムの先輩方には随分と鍛えられました。」

「あぁ…あいつら酒強ぇからな…。」

「宜しくと仰ってました。」

 綾子は餞別せんべつにと飲ませてくれた、ランディや先輩たちの顔を思い出していた。「何かあったら人を遣るからって。こっちは落ち着いてるから、遠慮はするなと。」

「…そうか…。」

 ドウェインは考え込む顔になって、「分かった。ちょっと連絡してみるわ。」

「…やはり、ここのところの襲撃で怪我人が…」

 綾子は、お昼に見たあの野戦病院さながらの光景を思い出していた。

「あぁ。この前のでギルドの冒険者が5名。騎士の方々はもっとだな…毒でやられて動けなくなってる。それでなくてもこの頻度だからな…正直人手は足りていない。」

 怪我人というのはやっかいだ。治ってもその後リハビリをしなければ現場には戻れない。すぐに使えるわけではないのだ。

 と、そこへサイラスとナタリーが合流してきた。

「私、おじゃましても大丈夫だったかしら。」

「あっ。おつかれさまです。」

 全然大丈夫です!と綾子が頭を下げる。

 ほどなくして、二人分のエールと、料理が運ばれてきた。

 すると、その運んできたガタイのいい男が声をかけてきた。

「姐さん!」

 綾子はおどろいてその男を見…表情が張り付いたようになった。そして、その目にみるみる涙を盛り上げた。

「ジョー…ジョージ!」


 このずんぐりした灰青色の瞳のこの男こそが…その昔マーガレットがゾハスで子どもたちを引き連れリーダーまがいのことをやっていたその子分…の、一人であった。




 いつか、夢の中でマーガレットが語っていたところによると……。

 ジョージ、という少年はスラム街で、母親と住んでいたらしい。みんなからはジョー、ジョーと呼ばれ、大人しい子だったが、利発な子でもあったそうだ。大人に喧嘩いたずらを仕掛けるときは大概、彼が参謀だった…あの事件の時も、他の子どもたちを上手く誘導して、見事人買い集団から逃げおおせたものだ。


 あの後……。

 ジョージ達は、凍てつく冷たさのゾグレス川の水から、なんとか這い上がった。

 すると、そこに灯りが見えた。町だ!彼らはお互いを励ましながら必死にそこへ向かい、夜を守っていた騎士たちに助けを求めた。そしてその後の騎士達のはたらきにより、マーガレット以外の無事が確認されたのである。

 しかしジョージは、あきらめなかった。

 絶対姐さんは生きている。これであった。

 そしてその執念は、数日後に実を結ぶこととなった。

 騎士の男がジョージに、マーガレットと思わしき女の子が、隣のポルタ村で見つかったこと、しかし本人はアヤコと名乗っており、姿かたちも変わってしまっていて、記憶も失くしているようだと教えてくれたのである。

 ゾハスに帰るその日。ジョージは会いに行った。

 そして愕然とした。

 マーガレットだったはずの姐さんは村の者に『姫さま』と呼ばれ、その身に膨大な魔力があることを示す燃えるような赤い髪をたくわえ、精霊の祝福を意味すると言われる緑色の瞳を持ち、農家の人たちと談笑していたのである。

 不意に、彼女がこっちを向いた。そしてその目がみるみる見開かれ、よろけながら走り寄ってくると…涙をぼろぼろとこぼしながらジョージの肩にすがり、こう言った。


「よく…よく生きて…」





 綾子は悩んだが、結局彼には本当のことを話すことに決めた。

 おそらくマーガレットは、あの時溺れて死んでしまったのではないか、ということ。

 そして、そこに綾子わたしの魂がそっくりと、入ってしまったのではないか、ということ。

 夢の中でたまに、マーガレットと話をしたり、ゾハスにいた頃のことを聞いていること。でも、もうそれもあと少しで、居なくなると言っている、ということも。


 そう、マーガレットの魂もまた、次の転生の輪に入ったようなのだ。


「アヤコ姐さん。俺、頑張って文字おぼえて、手紙書きます。」

 別れ際、彼はこう言った。

 綾子はえっ、という顔になって、「でも紙は貴重なものです、そんな…」

「なんとかします。俺が、やりたいんです。」

 ジョージは笑った。





 こうして、文通での交流が始まった。

 例のチートにより文字は読めるものの、全く書けなかった綾子はエマとトマスから教えてもらい、苦労しいしい返事を書いたものだった。

 しかしジョージはそれ以上に、苦労を強いられた。

 何せ彼もマーガレットと同じ、スラム街の出である。病で寝たきりの母が一人。それを幼い彼が、一人で養わなければならなかった…当然、まっとうな教育など受けられるはずがない。



 しかし、運は彼に味方した。



 ある日、母の友人を名乗る男が突然そのあばら家にやってきた。そしてこう言ったのだ。


「えぇ。昔、カミラさん(母の名である)は私の主人の奥様の元で、奥向きのメイドをされておられたのですよ。ご結婚されて貴方が生まれるので引っ越しをされたい、ということでお辞めになられたのですが、時に触れ奥様が手紙を出されたり、近くまで行かれた際はお会いしたりしておりましてね…。一度だけ、貴方とも私は会っておるのですよ…まだ赤ん坊でした…。

ところが、ある日を境にその文が宛先不明で戻って来るようになりましてね。調べてみたら行方不明になっているというではないですか。…探しておったのですよ。」

 こう言うと、その男…名はエドモンと言った…は、すぐに馬車を手配した。

 そして寝たきりで骨と皮ばかりになったカミラを抱き上げると、ジョージとともに身の周りのものを一気に運び出し、この街をあとにしたのである。

 あっという間の出来事であった。

 そしてこの日を境に、ジョージとその母カミラを取り巻く環境は一気に、好に転じたのである。






 ゾハスを出た親子とエドモンは、その後オーウェル領も抜け、そのさらに西にある小さな町、トゥリスへと移った。

 トゥリスは一応、村という形を取ってはいるが、その人口は百をゆうに越えている。

 そしてここの名産は何といっても、薬草であった。

 その質も去ることながら種類も凄まじい。北側はゾグレス川の支流が流れている(当然、その北は魔獣がうようよ居る)が、その南側にある畑は全て、薬草であった。

 エドモンの主人は、ここの薬草を扱う商会のあるじであった。規模も大きく、国外へ輸出もしているためその功績を称えられ、子爵の位を国から賜っていた。

 その妻はカミラの変わり果てた姿をみるなり、その身体に取りすがり取り乱し、号泣した。

 そしてようやく何とかその涙を止めると、エドモンに素早く指示した。

「…すぐに適切な治療を受けさせて頂戴。おそらく気管支がやられているわ。」

「かしこまりました。」

 否やはない。


 そして次にその妻は、カミラが治療院へと運ばれていくのをぼーっとみていたジョージの元へやってくると、しゃがみこんで視線をしっかり合わせ、こう言った。

「ジョージ。本来子どもというのはこの時期がとっても大事なの…しっかり学ばないといけないのよ。貴方はカミラによく似てかしこい子だわ…今すぐ学校へ行きなさい。お母さんのことは、もう大丈夫。私が引き受けるわ。」

 これにはジョージも、首を垂れずにはおれなかったという。





 その後、ジョージは学校に通わせてもらいながら、この主人と妻が経営する商会で下働きとして働いた。

 そして、いつしか料理の道へと進みたいと望み、そちらに進路を定め…数年前に例の事件で治安が良くなったのを機に、母をトゥリスに残して一人、ゾハスへと戻ってきた。

 今、彼は母に仕送りをしながらここで料理人として働いている。充実していた。





「そうだったの……。」

 ナタリーも、言葉を失っていた。

「アヤコの姐さんにはかないませんが、俺もなかなか…大変でしたね。」

 ジョージは笑って、持ってきていた賄い飯をかっこんでいる。

「元気で良かった。それに、こんなに大きくなって。」

 綾子はなんだか、弟を見るような目になっている。

「…身長、追い越しちまいましたね。」

 ジョージは綾子の顔を覗き込んだ。

 その距離感にサイラスとドウェインが思わず、どきっとしたが、すぐにその顔は離れる。

「じゃ、ごゆっくり。」

「またね。」

 ジョージは立ち上がると、空になった皿を手にしてそのテーブルをあとにした。










 その魔獣からの襲撃を知らせるミノタ貝の音が街に響き渡ったのは、この夜から5日が経った、晩のことであった。

次章、いよいよ戦闘となります。


また、来週月曜日に。


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