第三章 いろいろ再会。(上)
その朝……。
綾子は馬車の中からあんぐりと口を開けて、その聳え立つ城塞を見上げていた。
巨大な石が何十段と積み上げられているその姿は、正に青天の霹靂であった。
こんな物は、かつて夢の中に居たマーガレットからも聞いていない。ということは、この巨大な城壁はここ10年の間に建設されたということになる。
と……。
ゴウン、という地響きのような音とともに、足元から地震のような振動がした。
跳ね橋が下ろされたのだ。
それを待って、列をなしていた馬車や人々が、いっせいに動き出した。
ドウェインからよこされた許可証と、冒険者ギルドの免許状を提示してその巨大な壁の中に入ると、そこはもうゾハスの街であった。
人がごった返している。
場外市が開かれていて、まるで祭りかというような賑やかさであった。
馬車を降ろされた綾子が手荷物を降ろしていると、後ろから声をかけてきた者があった。
「御者さん、荷物はこっちで良い。」「さようですか。」
?と思って振り返った綾子は、思わず笑顔になった。
「先輩!!」
「よう。」
果たしてそこにいたのは、エマ、トマス夫妻の息子にして魔法学院の2つ先輩…サイラス・ヒースであった。立派なリヤカーを押してきてくれている。
「長旅ご苦労さん。」
サイラスはそのエマ譲りの色素の薄い青い瞳を細め、「疲れてるところ悪いんだが、ドウェインさんがお待ちかねだ。すぐ来てくれるか。」
否やは無い。綾子は頷いた。
「アヤコ!待ってたぞもう!!!」
その建物に入った途端、体当たりまがいのハグを食らったアヤコは目を白黒にさせていた。
「大きくなったなぁお前…!お父さんは嬉しいよ。」
あんなに小さかった背が、ドウェインの頭一つ下辺りまで伸びていたのだ。ドウェインが嬉しそうにするのも道理というものである。
「父さんじゃないですよ師匠。」
綾子はドウェインの体をひっぺがし、しかし内心で衝撃を受けていた。
酷く痩せている。顔の皺も目立っているし何より目立っているのは、その眼の下のクマだ。というかなんか…ふらついている気がする。
「師匠。正直に答えてください。何日寝てないんですか。」
綾子、思わず詰問調になっている。
「…えっと……どんくらいだったかな。でも3日は経ってない。うん。」
ドウェインが頭をがりがりとかきむしっている。まるで昭和の名探偵だ。
「…。」
綾子はため息をついて、「今日はもう休んでください。てか寝ろ。今すぐ。」
「ほら言わんこっちゃねぇ。」
そこへ、ドウェインの首根っこを後ろからひょいと掴んだ男が居る。
「?!」
なんて怪力だ。ドウェインも大柄なはずだが、まるで猫のように小さく見える。とんでもないデカさではないか…綾子はまたもやあんぐりと口を開けてしまった。
「だって俺の可愛い弟子が」
「ハイハイ分かった。おいサイラス。」
「はいただいま!」
と、そこへサイラスが何か、くるくると回るおもちゃのような物を持って現れた。あれは…何だ?まるで赤ちゃんのベッドの上でくるくる回ってる、あのモービルみたいなやつだ。
サイラスはそれをドウェインの頭の上でくるくると回し始めた。
すると…どうだ。
ドウェインの頭がこっくりと落ちて…あっという間に寝入ってしまったではないか。
やばい。綾子まで眠くなってきた。
「アヤコ。あまり見るな。一緒に眠ってしまうぞ。」
サイラスが笑っている。
「ちょっとこいつ、仮眠室に放り込んでくるわ。」
そのゴリラ男が、ドウェインを軽々と肩にかついで言いのけたものである。
「自己紹介が遅れたな。」
ゴリラ男はその毛むくじゃらの手を差し出し、「アイザック・マクノートンだ。冒険者をやってる。」
「アヤコ・マーガレット・ブラントンです。」
綾子はその手を握り返した。
「ドウェインから聞いたぞ。Aに昇格したんだってな。まずは、おめでとう。」
「ありがとうございます。まだまだひよっこです。なんでもやりますので。ご指導いただけますと嬉しいです。」
この言に、アイザックは目を見張った。
ドウェインから聞いた話では、たしか彼女はわずか3年でAに昇格している。そんな冒険者というのは大抵、驕りが高く、他人を蹴落とし…まあとどのつまり、鼻が高く伸びきった奴が多いのだが、今の彼女からはそれが微塵も感じられない。
(この子は見かけより中身が大人なのかもしれんな…)
「分かった。よろしく頼む。」
アイザックは言いながら、そう思った。
「ここは、まるで騎士団の詰所のように思うのですが…?」
綾子は素朴な疑問を口にした。
今綾子達が居るのは、先ほどのゾハスの市場街から北へ行った、堅牢な石造りの大きな建物の中だった。
どうやら、ここは応接室らしい。窓からは中庭が見え、そこで剣術の稽古をしている騎士達の姿が見てとれた。
「そうだ。ここはゾハス領所属の騎士団の詰所…というか、本営だな。」
アイザックは頷いて、「魔獣の襲撃が多過ぎてな。今、騎士の方々と冒険者(俺たち)で混成部隊を作って、事に当たってる…俺たちは、この建物の一角を借りて、常駐させてもらってるんだ。」
「そんなに襲ってくるんですか…」
これは想像していたより酷い。綾子の顔色がサッと変わった。
「…あぁ…。多いときだと、一週間にいっぺんだ。一昨日もあったんだ。」
それはドウェインがあんな状態になるはずだ…。想像より深刻な事態に言葉が出ない。
「ひょっとして、師匠はギルドマスターとしての仕事に加えて戦闘にも出ておられますか」
「…そうだ。怪我人が多過ぎてな…。あいつも、出ざるを得なくなってる。」
綾子は沈黙した。これはランディに報告した方が良さそうだ。そして、改めて質問する。
「…いま一度伺います。現在、その魔獣による襲撃はどこからで、どのくらいの物がやってきているのか。あと、いつからコレが起きているのか、教えていただけますか。」
アイザックの語ったところによると……。
この襲撃は、例の5年前のオーウェル伯爵、及び領主失脚事件の少し前から起きていたらしい。つまり、6年前である。
襲ってくる魔獣の数、種族は、その時によって違う。ある時はオークの群れの時もあれば、体長が2mを超え、3つの目を持った狼の魔獣の時もある。一昨日は小さな蝙蝠の魔獣だったそうだ、小さ過ぎる上にすばしっこくてなかなか倒せず、その内にそいつらがかみついたところから一気に強力な毒が回り、バタバタ倒れていってしまったそうだ。
群れで襲ってくることがほとんどらしい。そして、強い…上級魔獣だ。
「その地に堕ちた精霊っていう…レギレウス、でしたっけ。それは、そんなにこの街に恨みでもあるのでしょうか。」
綾子は言った。
「それは無いだろうな。」
アイザックは首を横に振って、「アレは妄想を司っている…それだけの存在だ。人間に興味は無い。それに魔獣についても、一回創造った魔獣については、後の事は考えちゃいない。あとは、その魔獣自身の本能に従うだけだ」
「…ですよねぇ…」
アイザックの回答は、やはり学院で学んだ内容とほぼ同じだった。続けて、どんどん疑問をぶつけていく。
「襲ってくる時間帯は、決まっていますか?」
「いや、それもバラバラだ。」
聞くと、前々回…先週はまっ昼間だったという。街はパニックに陥ったそうだ。そして前回の一昨日は、皆の寝静まった真夜中。見事にバラけている。
「…。」
綾子は沈黙した。
その後……。
綾子とサイラスは、街の北西部に居た。
ここは元スラム街…マーガレットの出身地域である。
しかしここも、もう見る影も無かった。
スラム街自体も大きく縮小され、そこは、ここのところ続く魔獣共との戦闘で怪我を負った人たちを治療する治療院となっていたのだ。
そこかしこに怪我人が寝かされていて、そこを縫うように看護に当たる人たちが動き回っている…さながら、野戦病院であった。
「ここが、俺の今働いてる現場だ。」
サイラスが言った。
「回復術師の数は足りているのですか」
「ギリギリと言ったところだな…でも休みは貰えてる。今日は俺が非番なんだ。」
「あらサイラス。」
と、とこへ声をかけてきた者があった。ゆるいウェーブのかかった長い金髪をポニーテールにくくり、丸いくりっとした目にアンバーの瞳。輪郭も丸く、どこか可愛らしい印象だ。
「おうナタリー。紹介する、こいつはアヤコ。応援に来た冒険者だ」
「アヤコ・マーガレット・ブラントンといいます。A級冒険者です。」
綾子は頭を下げた。
「ナタリー・フリーマンよ。サイラスと一緒に働いてる。同じ二級術師なの」
ナタリーは握手をしながら、サイラスに「この子…凄い魔力量ね。」
「ああ。学院で歴代3位の量を叩き出したって言ってたぞ」
「あぁ、あの時の?そう。貴方がそうだったの。」
ナタリーは、学院でも大騒ぎになってたのよ、とんでもない子が入ってきたって。と笑った。
「お二人は同期でいらっしゃるんですか?」
「あぁ。」「そうよ。」
二人が、あうんの呼吸で返事をした。
長くなったため、上下に分けています。
続きは明日のこの時間に。




