第二章 魔法学院から冒険者へ、そしてゾハスへ(上)
説明回です。魔法学院でどんなことしたんぞや?的な感じです。
また、作中において「二十歳以下の者が飲酒可能」というような表現がありますが、これはあくまでこの世界の中でのお話であり、フィクションです。
お酒、たばこは二十歳になってから。
今から遡ること十数年前……。
村の皆や若くなったお婆様(!)に見送られ、荷馬車に揺られること数日…。綾子は首都、イブライムへと入った。
ここからはいよいよ、一人だ。
村の若者達と別れを惜しんだ綾子は、彼らにそっと背中を押され、学院の教師陣の元へと送り出された。そしてそのまま、適性検査と例の論文提出、そして編入の手続きと物凄いストレスのかかる日々がはじまったのである。
しかし綾子は、名前の欄に書かれた自分の名前を見て、自分は一人ではないと心を強く持った。そして、その教室へと足を踏み入れたのである。
「皆さん。今日から新しく、仲間が加わりました。共にこの国の、この世界の魔獣どもと闘う、彼女は我々の同志となります。紹介します…」
そして髪を後ろにギュッとひっつめたその講師はその名を告げた。
「アヤコ=マーガレット・ブラントン!」
こうして、綾子の怒涛の学院生活は幕を開けたのである。
入ってみて、綾子は驚いた。
思ったよりはるかに、この学院は実践を主としていたのである。
実習初日にいきなり山の中で、そこに生えてる木や倒木だけで山小屋を作らされたのには本当にびっくりした。そしてそのまま夜を明かし、魔獣を仕留めたりしたものである。
さらに、今までなかなか得ることのできなかったこの世界であるとか、この国の歴史、社会のおおまかな構造、そして国同士の情勢についても、座学で学ぶことが出来た。
元々綾子は、日本では大学院の修士課程まで進んだ人間である。この辺りは非常に、興味深かった。
それに対して、苦手だったのはやはり体育…こちらでは、武術の授業であった。
この学院は先ほども言ったように、実践を主としている。それは、創立された際の理念が、『対魔獣の戦闘、及び討伐に秀でた魔法・魔術の遣い手を育成する』ことに起因する。
つまり、まぁそうなると…魔法だけ上達・成熟しているんじゃ駄目ですよ、ということになるわけだ。
適性検査で早々に運動神経が壊滅的であることがバレた綾子は、それはもうしごきにしごかれた。何せ講師がこの大陸でも随一の武人大国とうたわれる、ダエロニア帝国の元軍人である。幸い暴力や体罰というものとは無縁で済んだが、それでも『今の出来なかったからグラウンド十周』レベルの事は容赦無く…当然その際は魔法を封印する道具を付けさせられて…やらされた。
そんな日は、寮に帰ったらもう泥のような眠気とおともだちである。
こうして、瞬く間に学院生活は過ぎていった。
そんな生活に変化が訪れたのは、学院に入って三年…中等部の二年に入ったころだった。
いわゆる、進路である。
この学院は、それに関するバックアップも充実していた。理念は理念で確固たるものが存在していたが、最後はあくまで学生本人の希望を尊重する形を取っていたのである。
なので、本人が希望すれば卒業後文官を志す者もいたし、実家の家業を継ぐため故郷に戻る者もいた。
一方学校の理念に近い職となるとやはり冒険者…次に、魔法が諜報や治安維持にも応用が効くので、騎士団…こちらは騎士の養成学校が別にあるので、ある程度の成績を修めればそちらへの編入、という道もある。
またこの学院には高等部…こちらで言う大学・大学院…もある。ここまで行くとあとは研究の道まっしぐらだ。ちなみに、この道に進むとなると中等部(こちらで言う、中学と高校)の卒業時に上位の成績を修める必要があり、さらに入学試験もある。狭き門であった。
正直綾子は悩んだ。
そして…冒険者となることを選んだ。
てっきり研究の道へ進むものと思っていた講師陣は、それは驚いた。
しかしそんな彼らに向かい、綾子はこう言ったものである。
「先日、生活費の足しになればと思い冒険者ギルドに登録をし、初めて依頼を受けてまいりました。
そこで目にしたのは、魔獣の被害に遭い壊滅した村と、生き残った方々の嘆き悲しむ姿でした。
この国の、この大陸の魔獣は強い。そして私は過大評価と言われるかもしれませんが、それらを屠る力は持っているものと信じております。
私は出来ることなら、この力は現場で活かしたい。そのためにはやはり現場での経験が必要です。今の自分に足りないものです。」
説得の声が止んだのは、無理からぬことであった。
こうして、公立魔法学院中等部を中の上くらいの成績で卒業した綾子は、そのまま冒険者となった。
この国の成人は15歳である。この歳になればお酒も(薄いものだが…)飲めるようになるし、冒険者ギルドへの登録も可能となる…なので綾子は卒業時点ですでに、冒険者としては三年ほどのキャリアがあった。
ここまでも、色んなことがあった。学院でも歴代三位という膨大な魔力量をその身体に内包しているのだ、当然やっかみも買った。しかしどうにもならぬことであった…こちらとて、持ちたくて持ったわけでも無いのである。
そういう輩にはその晩、日本時代によく流行っていたホラー映画を夢にして、一晩中見せてやったら怖がって近寄らなくなった。ついでにそいつは井戸が物凄い苦手になった。
そうこうして数々の依頼をこなし、ようやく生活も軌道に乗ってきた矢先…綾子はイブライム支部のギルドマスター、ランディ・ペリーに呼び出されたのである。
「え。私がゾハス支部へ異動、ですか」
綾子の眉間にしわが寄った。
「まぁそう嫌そうな顔するなよアヤコ。」
ランディが苦笑いになって、「他ならぬ、お前の師匠からの頼みなんだ。」
綾子はその手紙を受け取った。
確かにドウェイン・タッカーの筆致である。見ると、こうあった。
『頼むアヤコをこっちによこしてくれ、親分。マジこいつら鬼強ェ』
…まるでどこぞのチャラ男のような文面だ…綾子の顔が呆れている。
「…確か師匠は今、ゾハスでギルドマスターになられたのでしたか。」
綾子がランディのスキンヘッドに目をやった。今日も見事なテカリである。
「あぁ。半年ほど前だな。」
ランディは立ち上がって、窓の外へ目をやった。綾子より頭一つ分、背が高い。
「確か前のギルドマスターは何か、不祥事を起こしたとか。」
綾子は言った。
「あぁ。お前も知ってると思うが、あそこは元々オーウェル伯の領地だった。例の事件が5年前にあって、伯爵も領主も入れ替わったとはいえその下の人間まで入れ替わったワケじゃあない。不正の横行は簡単には収まらねぇでな…。それでも今の領主はずい分、クリーンなヤツらしい。ここ5年の間に、かなりの粛清をやったそうだ。で、その中に前のギルドマスターも入ってたってワケだ」
「一体何が…。」
「登録されてた冒険者のランクの不正操作、及び女性冒険者への性強要。女の冒険者にばかりわざと弱くランクをつけて、体の関係を迫ってたそうだ。」
「クズですね。」
「あぁその通りだ。」
ランディも吐き捨てるように言って、「すでに性的被害に遭ってた冒険者が居たらしい。彼女らが、匿名で領主に告発して、それで発覚した。ギルド本部はもうてんやわんやだ、釈明に追われてたよ」
それはそうだろう。
「俺もこの国の首都を預かってるギルドの責任者だからな。この調べに参加した。それでそいつは捕えて然るべく処分したんだが、まぁそうしていざギルドの中身見てみたらランク判定はぐちゃぐちゃだわ適任は居ねえわ…。それでやむを得ず、うちからはドウェインを出すことにした、ってワケだ」
ぐちゃぐちゃ、というのはギルドの所属している冒険者のランクがとにかく正しい評価になっておらず、デタラメも良いところだったということらしい。本来Bランクのはずの者がE、というのもあったし、逆もあった…つまり、本来Cランクのはずの者が、その前ギルドマスターに金を掴ませてAにする、というやつである。
こうなると当然、前ギルドマスター一人の所業ではない。職員も全員グルである。
本部はこれに対し、厳しい裁定を下した。
前ギルドマスターはすでに国の裁きを受けているため、それはそれとして、その配下に居た職員は全員解雇。さらに、例の贈賄をやった冒険者数名を除名処分としたのである。
当然の措置と言えたが、そうなると問題となったのが人手である。
本部から指示を受けたランディはギルドマスターとしてドウェインを、さらに魔法学院の講師たちにも掛け合って人を集め、ゾハスへと送った。
ずいぶんと、このランディという男は動いたらしい。
「それで…何故私なのです。」
綾子は当然の疑問を口にした。
綾子は数日前にようやく、A級へと昇格した。三年のキャリアがあるとはいえ、これまでは学生をやりながらっだのだ。卒業して、独り立ちしてからはまだ半年しか経ってない。ひよっこも良いところである。
「一つはドウェインとの約束があってな。お前がAに昇格した暁には、自分の所へ呼び寄せて欲しいって言われてたんだ…弟子の成長具合が見たいんだろう。」
それはちょっと嬉しい。頑張らねば。
「もう一つは、最近のイブライム支部の依頼事情だ。」
「あぁ…なるほど。」
綾子には思い当たるふしがあった。「A級より上のランクの依頼が、最近ほとんどありませんね。」
「あぁそうだ。ここのところ、イスル側からの魔獣被害が少ない。こっちは落ち着いてるんだ…このままここに居たらお前、経験値がろくすっぽ積めないまま歳を食っちまうぞ。ここからの十年間が正直勝負なんだ、この稼業は。」
「…なるほど。」
それは道理かもしれない。と綾子は思った。
こうして数日後。
綾子はイブライムを出て、単身ゾハスへと移ることを決断したのである。




