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導きし光


「切り札は、フレデリカ侍女頭だったんだな」


 ガイアの言葉に、

「フレデリカは侍従長よ」 

フレア女王が、奥に座る彼女を誇るように手で示す。


「フレデリカは、吾のことを本当によく見てくれているのよ」

「それは、そうでしょうけど。俺たちだって見ていますよ。第一、廃位になる時は一緒ですからね」


 その言葉に、ジュラとブランカも強く頷いた。

 以前には想像も出来なかった光景だ。

 いや、昔に返ったようだ。

 フレア女王から、定期的に皆で話そうと言われ、自然に賢者殿の部屋に集まった。まだ二回目だが、簡単に互いの垣根はなくなったように思う。


「それより、早速始めますか」


 当然のようにガイアが大きな葡萄酒の樽を机の上に置き、ケイズ達がカップと食べ物の入ったバスケットを並べていく。

 この隣の政務室では、王宮官吏たちが働いているがお構いなしだ。

 きっとマデリが見れば、蒼白になっているだろう。現にフレデリカも困ったように笑っていた。


「だけど、衛士を前にした女王はカッコよかったよな」

「印綬の剣で床を打ち、反乱した王宮の軍を討つと言った時、わっしも鳥肌が収まらなかった」


 会うたびに出る話だが、これが会の始まりの合図だ。


「アムルが杖で床を打ったのを真似したのよ。カッコよかったから真似したの」


 女王が顔を逸らせる。


「だったら。賢者にも見せてやりたかったな」

「本当だよ。ジウルという軍司長に聞いたけど、賢者殿は単騎駆けで討たれるつもりだったらしいからな」

「でも、私も聞いたけどそれまでの戦いは、驚嘆の一言よね」


 ジウルに聞いたそれまでの三度の戦いが、信じられない。

 千の手勢で、二倍、四倍、六倍の相手を一時間もかからずに殲滅だ。さすがとしか言えない。


「以前に、賢者がケイズ達に話した三つの適性のことを覚えているか」


 ため息のようにブランカが口を開く。

 それは覚えている。確か、ないものを新しく創る、あるものをより良くする、あるものをあるようにする、だった。


「創造、改修、維持の適性だな。だが、賢者は最後に言葉を呑み込んだ。あれはな、破壊の才を伝えなかったのだ。破壊の才は文字通り壊す才能、戦の才だ。必要ないと思って言わなかったのだろう。だが、賢者は全ての才を持っているが、最後の才が飛び抜けているのかもしれん」


 戦の才。軍略というものか。


「そういえば、ジウル軍司長も賢者殿を褒めていたな。敵の行動、心理を読み切り、全てが賢者殿の手の上にあるように進んだと」

「でも、賢者はそれだけはないの」


 ジュラの呆れた声が天井に響く。


「聞けば、手を当てれば相手の記憶や思考まで見ていたというではないか。賢者は人の域を越えているぞ」


 わたしも聞いたわ。でも、もう驚かないわよ。

 とっくに私たちの域を超えているのだから、火を吹いたって驚かないわよ。


「そうだな。その賢者が理想とする世界か。女王、賢者の国体の本を見させてはくれないのですか」


 ブランカが葡萄酒を空けるとその目を向けた。


「あれは、吾がアムルから貰ったの」


 フレア女王が横を向く。


「でも、国体は皆で考えるべきだと、わっしも思います」


 ジュラの言葉に、私も強く頷く。 

 以前に覚醒について話した時、それを私に話してもいいのかと賢者殿に聞いた。答えは、国体が切り札ですと笑っていた。

 その切り札を私も見てみたい。


「駄目よ。あれは吾のものだから。皆もアムルから貰ったでしょう」


 その言葉に、ため息が漏れた。


「アメリア殿はまだいい。わっしは軍の再編に街道整備、農地の区割り、事細かな意見書じゃ。読むだけでも大変な思いをする」

「ジュラ殿は何を言っているの、国中の開学、学院の整備に教育内容の意見まで書かれているのよ。それに、覚醒の為の施設なんて眩暈しかしないわ」

「いや、アメリア殿にはケイズ達がいるではないか。賢者からの細かな指示もあれば、仕事も早かろう」


 ブランカの言葉に、ケイズ達が困った顔をする。

 分かる、分かるわ。あんな膨大な仕事を簡単に出来ると思われる辛さは分かる。優秀だからと私も仕事を押し付けていたんだから。

 今の私なら、分かるわ。あなた達の大変さが。


「それは、皆で開明司の仕事を私に押し付けるからよ。彼らは開明司の官吏だから、当然でしょう。ブランカ殿にも官吏がいるじゃない」

「でも、ケイズ達は仕事が早いし、こちらの意図を汲み取るんだ。どうしてそんなことが出来るんだ」


 ガイアの言葉に、ケイズがカップを置いた。


「小職たちは、賢者様に教えられました。仕事の流れとそれに必要な資料の見方、それを実際に賢者様がしながら先の流れを読むように指導されました」

「な、アムルは凄いだろ。吾も教えて貰いながら、考え方を学んだわ」


 言い終わると、不意に下を向く。

 思い出したのだ、それを学んだ自分がどうしたのか。

 学んでそれかと、皆に言われるのが分かったのだろう。

 うん、可愛い。フレア女王のそういうところが可愛い。


「賢者に教えられたのか」


 察したように、ブランカが咳払いをし続ける。


「ですが、あの時が一番大変でした」


 答えたペアルの声が重い。


「賢者様の仕事の速さは異常でした。五人がかりでも追いつかずに、あの速さについていくのは、セリくんとマデリさんくらいです」


 セリにマデリちゃんか。確かに、あの子たちの賢さも異常よね。


「そういえば、俺も賢者に言われたな。向かう道が遠回りでも正しいと思う道を行きなさいと。仕事も同じだと俺も分かった。シウルは有能と言われていたけど、それは近道をしただけだと分かった」

「確かに、三賢老の疑惑は次々に出てくるな。アメリア殿はその仕事も大変だろう」


 その言葉に、私も葡萄酒を飲むしかない。


「捜査をするはずの警吏も酷いものよ。本当に半分以上が不正を犯しているわよ。おかげで捜査も進まずに、嫌疑のある者は蟄居にするしかないわよ」

「なあ、不毛な会話やめようぜ。官吏は三分の一がいなくなったんだ。仕事が回らくなるのも分かるけどさ」


 そう言うと、ガイアが立ち上がった。


「それよりも俺から提案がある。俺たちの呼び方を改めないか。殿の敬称はいらないだろ、俺たちは対等だからな」

「そうだな。わっしは別にいいぞ」

「さすがに女王はまずいからそのままにして、賢者はどう呼ぶ」

「吾も別に名前でいい、フレアでいい。それにアムルはアムルだ」

「いや、女王に名前を呼び捨てというわけにいかない。賢者はアムルか」

「まあ、賢者はたくさんいるからな。現にブランカもわっしも賢者だ」

「だけど、賢者殿は違うんだよな。並みの賢者じゃないんだ。それに、アムルっていうのは呼び辛いしな」 


 ガイアの言葉に、ブランカが笑う。


「だったら、賢者で良いだろ。ここで、賢者と言えばアムルのことだからな」


 そうだ。ブランカとジュラ、二人ともローブを脱いだ。

 国の中枢に、賢者は一人でいいと言った。


「そうね。では殿は外して、賢者と呼ぶわ」

「吾は、アムルと呼ぶ」


 女王は横を向いたまま言う。


「女王は、好きに呼んでもいいわよ」


 私の言葉に、なぜか女王の顔が赤くなったようだ。


「だけど、賢者たちはそろそろウラノスの王都に着く頃ね」

「賢者の生まれた国か。セリとマデリはエルグだけど、大丈夫かな」

「種の格式を気にする国よね、でも賢者が連れて行ったのだから、大丈夫よ」

「それよりだ」


 フレア女王がカップを置いた。


「アムルたちは、いつ帰って来るんだ」


 ああ、また始まるわ。フレア女王の長い、長い不満と愚痴が始まるわ。


「吾を置いていくことはないだろ。アムルは吾を導くと言ったのだから」

「陛下。前にも言いましたように、賢者様は陛下の代わりに称賛されるのを避けたのですよ」


 フレデリカが優しく言いながら、カップに葡萄酒を注ぐ。


「そうだぞ、賢者は民の称賛を女王に向け、自らは表に出ないようにしたのだ。ここはその意気を称え、飲むべきだ」


 ジュラが自らカップを開け、つられたようにフレア女王もカップに口を付けた。


「でも、吾は称賛はいらない。今回のことは、全てアムルが起こしたことだ。吾は何もしてない」

「いや、そんなことはない。女王が賢者の上を行ったのだ、誇ればいい」


 ブランカは大きく頷くと、フレア女王のカップに葡萄集を注ぎ、手にした自らのカップを合わせる。


「そうか」


 フレア女王が再びそのカップを口に運んだ。


「そうだな。聞けば、賢者は参ったと言ったらしい。フレア女王は本当の女王になったと言ったらしいからな」


 ジュラがすかさずに言いながら、空いたカップに葡萄酒を注ぐ。

 そういうことか、私も気が付いた。

 賢者の話になるとフレア女王の話は長い。恨み節が延々と続くのだ。

 ブランカたちは、酒を飲ませて女王を寝さそうとでもしているのだ。


「それに、賢者は常にフレア女王のことを気にかけていましたわ。心配していましたわ。今度はフレア女王が賢者たちの行く末を見守ってあげるのはどうですか」


 私も続くとカップを合わせる。


「吾が、見守ってやるのか。それもいいな」


 フレア女王は、笑みを浮かべてカップを開けた。

 よし。とにかく、このままフレア女王にはご退出願おう。


「そうだよな」


 ガイアも続く。


「あの朝議も、定例会も、賢者の思いやりだよな。賢者は確かに皆を導く光だよな」


 続く言葉に、私の力は抜けた。いや、私だけではない、ここにいる皆も一緒だ。


「いや。あれは、酷いぞ。アムルのあの態度は無かろう」


 フレア女王が手にしたカップをテーブルに打ち付けるように置く。

 ガイアよ。それは消えかけた焚火に枯葉を乗せていくようなものだ。振ってはいけない話題だ。


「アムルは、今まで吾にあんな言い方をしたことがなかった。それを言えば、皆がそうだ」


 後は、ガイアよ。責任を持ってこの火を消しなさいよ。

 私は窓から青く晴れ渡った空を見る。


 赤い警鐘雲が一本、空を分断するように伸びていた。



読んで頂きありがとうございます。

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