王旗を掲げよ
「そろそろ行くかの」
わしの言葉に、全員が立ち上がった。
正直、心は重い。
勅令を出して全員を集めた理由は分かる。王の勅命が出るのだ。
大方、侍従長辺りがしゃしゃり出て、勅命を読み上げるのだろう。
「仕方がないわね。賢者殿の依頼は、女王の命には絶対の服従ですもの」
「だけどよ。おれは対峙しても賢者殿は討たないよ」
「わっしも出来ないの。それは、女王に任せるがよいさ」
「いや、女王は戦場には出ないだろう。朝の様子では呆然としていた。覚悟は出来ていない」
わしの言葉に、皆のため息が漏れる。
やはり、知恵比べでは勝てないか。
階段を下りて、朝議の間に向かった。
すでに政務官たちは集まっているが、空席も見える。
女王勅令の非常招集だ。それに参加しない政務官がいることが、この国の現状を表している。
「賢者殿が居れば、杖で床を打ち付けるだろうな」
ガイアスの言葉に、わしも力なく笑った。
これは、いよいよ廃位が近いかもしれん。賢者よ、こうなったらはっきりと道を示せよ。
贄で終われば、ただの無駄死にだ。
奥の階段を上がり、席に付く。
不意に政務官たちが立ち上がりだしたのは、その時だ。
入って来たのは、純白のマントに真紅の鎧を身に纏ったフレア女王。
戦支度、戦場に出るのか。いよいよ賢者を討つか。
侍従長の声も姿もなく、付き従っているのは厚い本を両手で抱えた侍女頭のフレデリカだけだ。
いや、それよりも驚くべきは、女王の威圧感。
ルクスの強さは分かっていたつもりだが、ここまでとは思わなかった。
フレア女王は静かに進んでくる。
なぜ、誰も何も言わぬのだ。
わしは立ち上がり、
「女王陛下のおなりである。礼を示せ」
声を張った。
フレア女王はそのわしの横を目を向けることなく進み、玉座に腰を下ろす。
やはり、侍従長はいないようだ。どうかしたのか。
仕方がない。
「席に着きなさい。これよりフレア女王陛下の非常招集の会を始める」
再び、声を張った。
わずかに遅れて、女王が立った。
「この非常召集は、文字通り国の非常時に法に基いて召集されるもの。参加していない者は、非常時に対応が出来ない者としてその名を記し、追って処断する」
広い部屋に響き渡る、澄んだ声だ。
どうした、女王に何があった。
しばらくの間を置いて、
「女王陛下、軍務司の中には反乱鎮圧に向かっている者もおります。これこそが、非常時ではございませんか」
立ち上がったのは、オムル軍務大司長だ。
女王はそれを一瞥すると、
「ジュラ」
ジュラに声を掛けた。
「は、はい」
突然の呼びかけに、慌てたようにジュラが立つ。
「軍の移動は女王である吾の認可が必要のはず。軍務を管理するジュラが独断したのか」
「い、いえ。わっしは何の指示も出しておりません」
「それでは、ジュラ。その鎮圧は誰の指示で行われたのだ」
「こ、これは、この国の慣例でございます。反乱の非常時には、慣例で陛下の認可なしで軍を動かせます」
今度は叫ぶようにオラムが言った。
「ブランカ」
不意に我に声が向けられ、立ち上がった。
「慣例とは、法か」
「いえ、法とは異なります。法はあくまでも軍の移動には陛下の認可必要となっております」
「それでは、重ねて聞きたい。法と慣例、尊重すべきはどちらだ」
「法でございます。慣例というのは、法を破るための抜け道でございましょう」
「ち、違います」
再びオムルが声高に叫ぶ。
「陛下が不在のおり、あるいは陛下に危険が迫っているとき、認可が間に合わない場合もございます」
「ガイアス」
対する女王の声は、冷たいままだ。
「はい」
今度はガイアスが立ち上がる。
「ガイアス、吾は不在か。それとも危険が迫っているのか」
「いえ、陛下は玉座にいらっしゃいます。危険もございません。慣例という名を借りて、陛下の軍を私したのでしょう」
そうか。フレア女王は官吏とは必要でない限り直接話さず、印綬の我らを通じて話しているのだ。
しかし、どうしたのだ。
今朝の朝議と一転したこの進行と緊張感は。
鳥肌が収まらない。
「アメリア」
「はい」
「警務司の管理は、仁の印綬の役。オムル軍務大司長を拘束し、軍を私した真意を正せ」
「承知いたしました。警務大司長、今の陛下のお言葉を聞いたのであれば、直ちに実行しなさい」
警務司が動き出す中、
「これより、王宮内の組織を変更する。王国、王宮の統括責任者は吾である。吾の下に印綬の継承者たちからなる最高諮問会を設置する。内務、外務、工務、警務、軍務、各司はその下に置き、全ての人事権、立法権を吾に集約する」
「お、お待ちください。女王陛下」
立ち上がったのは、シムザ大司長。
やっと、頭を出したか。
「実務を知るのは、小職たちでございます。それぞれの人となり、ルクスを把握しているのも小職たちでございます。人員の振り分けが出来なくては、職務の遂行も難しくなります。ご一考くださるようにお願い致します」
「ブランカ、人員の振り分けは意見を聞くだけでいいと思うが、どうなのだ」
「はい。もちろんそれで十分です。我らの元に人事局を設置し、各司から都度に意見書を提出させ、参考程度に目を通せばよいかと存じます」
わしの声に重なるように、
「それでは、政務官たちの熱意を削いでしまいます。辞職をする者も出ますれば、国の運営に支障をきたします」
シムザが叫ぶ。
何を言ってやがる。人事権を手放したくなくて、遠回しに脅してやがる。
「ブランカ。それで熱意が削がれるならば、初めから役には立たないと思うがどうだ。それに、政務官は広く才のある者を公貴に囚われず、採用をするのではどうだ」
「まさに、その通りです」
立ち上がったわしは、フレア女王を見た。
あれだけ頼りにしていたはずのシムザ大司長には、目を向けただけだ。シムザもその態度に戸惑ったように目を見開く。
どうしたのだ、これは。まさに、その通りだ。身体に震えが走った。
「ただ今を持って、それを施行する。書記官は議事録に明記し、布告しなさい。詳細は順次布告していく。次に、中北守護領地の反乱についてだ」
さあ、賢者のことになるか。
「アメリア。内乱の詳細を報告しなさい」
「はい。最初は陛下が王権移譲される前になります。中北守護領地の主権を取るべく、中央公貴セルトゲ公が王立軍を動かしたことが発端です」
アメリが説明を始めた。
そういうことか。その為に、オムル軍務大司長には退席を願ったのだ。
そうなれば、これに反論する者たちが関与した者になる。
しかし、本当にフレア女王に何があった。
あの国体の知識は何だ。
目を向けた先に、侍女頭のフレデリカが見える。その横にある本。
そういう事か、賢者よ。
あれは、賢者が記した国体だな。自分を贄に道を示すと言っていた道が、これか。
もし、これで賢者が居れば、この国が千年王国になるのも夢ではない。
あとは、フレア女王の決断と覚悟だけだ。
様々に声が上がるが、全てを無視してアメリアの説明が続く。
いや、無視ではない。
フレデリカが、反論を口にした者を記している。
フレア女王は、説明を聞くふりをしてその渡される紙と書類を見比べていた。あの書類は、セリが記したものだ。
アメリアの一通りの説明が終わるや、不意にフレア女王が立ち上がった。
膨れ上がるルクスに、マントが広がっていく。
その手に、印綬の剣を持った。
剣が床を叩き
「これより、勅命を下す」
広間に声が響き渡る。
これは、王の声だ。
「これより、吾は自ら反乱討伐を行う」
王が動く。
女王自らが動くのだ、
最後の決断をしたのだ。
「女王陛下の御親征である。王旗を掲げよ」
わしは精一杯の声を張り上げた。
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