決断と覚悟
セラ。
セラが攫われた。
セルダ長老はウラノス王国に奴隷として売られ、過酷な扱いを受けたと話していた。
ぼくたちが助け、笑顔を見せていたセラが、イスビルの関にいた子供が全て攫われ、大人は皆が殺された。
セラたちが奴隷として売られてしまう。
どうしてそんなことをする。同じ国の民のはずじゃないか。
ぼくは、この国の王様だ。ぼくに何が出来る。
外北守護地の新しい公領主がそれをしたならば、すぐに止めさせ、子供の解放をしなければいけない。
でも、本当にそうなのだろうか。
アムルが起こした反乱に、民を救いに行っただけではないのか。
誰が嘘をついている。
誰を信じればいい。
そのぼくの前に、湯気を上げるカップが置かれた。
フレデリカだ。
「少し一人になりたい。フレデリカも出て行ってくれない」
気持ちは嬉しいけど、頭を冷やして考えたい。
ぼくの言葉に、
「そういうわけには、まいりません」
いつもはすぐに頷いてくれるフレデリカが、首を振った。
「心配なさらなくても、私は今日を最後にお暇いたします。最後の御奉公だけは、させて下さい」
お暇、辞めるっていう事なの。
顔を上げる。なんで、ぼくの周りからみんな消えてしまうの。
「陛下に、ブランカ様たちからの手紙を渡したのが、侍従長たちにばれてしまいました。私は明日付けで解雇になります」
「あの手紙は、フレデリカがくれたものなの」
「はい。私がお預かりいたしました。もう一つ、お預かりした物がございます」
フレデリカは机から離れる。
なぜ、ぼくにブランカたちからの手紙を渡せばクビになるの。それは、おかしい。強固な石の上に立っていたはずが、塵となって足元が崩れてしまうのように感じる。
ぼくは、どこに進めばいい。
しばらくすると、フレデリカは厚い本を持って戻ってきた。
「これは、賢者様からお預かりした物です」
「アムルから、アムルを知っているの」
「はい。以前に賢者様を問い詰めに参りました」
楽しそうに笑う。
「なぜ、陛下に会いに来ないのかと責めに行きました。会いに行かないのではなく、会わせくれないと逆に責められました。侍女頭が王宮のガードを下げさせなさいと言われました」
どうして、そんなに楽しそうに話すのだろう。クビになってしまうのに。
「その時に、私は賢者様と色々なお話をさせて頂きました」
フレデリカの笑みが消え、真剣なものに変わる。
「私にはまだ小さな子供がいます。養子ですが、お腹痛めて生んだ我が子のように思っております。その子が、王都で妖獣に襲われ、大けがをしてしまいました」
「大丈夫なの」
「王宮医術師に診て貰いましたが、傷はよくならずに治療費ばかり嵩んでしまいました。家も窮乏するほどで、王宮から借り入れもしました。その時の条件が、陛下の言動を報告するようにとのことでした」
「ぼくの言動を」
「王になられた陛下を王宮にお迎えする時、街道駅での休憩の度に報告をしていました」
ああ、あの暖かいお茶を用意してきてくれていた時だ。
「賢者様の名前を陛下から聞き、王宮に知らせたのも私です」
フレデリカが、アムルの名を教えたのか。
「ですが、賢者様は気にしないで下さいと笑っておられました。そして、賢者様は王宮を離れた時、私の家を訪ねて下さいました」
「アムルが、フレデリカの家に行ったの」
「はい。私も家に帰って聞きました。賢者様は子供の傷を診て下さり、薬とそれは緻密な聖符を下さいました。おかげで、子供の傷はみるみる良くなり、傷跡も分からないくらいです」
「そう、そうなんだ。アムルは凄いんだ。傷なんかすぐに治してしまうんだ」
ぼくも頷く。
「それだけではありません。私の借り入れをした金額を調べ、そのお金をお見舞いとして置いて行かれました。十一シリングもの大金です」
アムルらしい。アムルはそういう人だ。
「その時に一緒に置かれていたのが、この本です。賢者様が命を落とした時に、陛下にお渡ししてほしいとのことでした。まだ賢者様はご健在ですが、私が王宮には上がれなくなりますので、今、お渡し致します」
言うと、分厚い本を机に置いた。
なに、この厚い本は。開いてみる。
びっしりと細かく書かれているのは、国体だ。
そういえば、エスラ王国に行って国体に関わるようなことを言っていた。
これを、アムルが命を落とした時にぼくに渡してほしいと伝えた。
そうか、やっとぼくにも分かった。
こんなにも、ぼくは鈍かったのか。
アムルが見た国の行く末は、反乱を起こすことで王宮の膿を引きずり出すのだ。
水は高き所から低き所に流れる。ぼくはアムルに問われた時に、壊して作り直せばいいと言った。
アムルは、壊すために反乱を起こしたのだ。
そして、天逆としてぼくに討たれるつもりだ。
当然、討ったぼくは原因を含めて詳細の調査をしなければならない。
そうなれば、だれが嘘をつき、暗躍していたのかが明白になる。そのために、アムルは死ぬつもりだ。
引きずり出した膿を処理して、作り直せというのだろ。その為のこの本なのだろ、アムル。
ぼくは、ぼくを泥沼から引き上げて天の高みに昇らせてくれた翼竜を振り払い、その翼竜を殺す。
だったらぼくは泥沼に落ちるしかないじゃないかと言えば、アムルはすでに翼を持っておいでですと笑って答えるだろうな。
何だよ。字が霞んで読めなくなっているじゃないか。
何だよ、アムル。なんで、そんなに優しいんだよ。
「陛下」
フレデリカがハンカチを出してくれた。
それで目を拭いながら、
「フレデリカ、ぼくはアムルに何も返していない。こんなにもぼくのことを考えて、支えてくれたことに気が付かず、ぼくは駄々をこねる子供のように振り払い、何も返せないでいる」
顔を上げた。
「差し出がましいことでしたが、王宮を出るマデリさんに賢者様にお渡しくださいと託しました。陛下がご用意をされた杖をお渡ししました」
「杖を、でもあれは貧相な安い杖だ」
「そんなことは御座いません。心のこもった杖です。賢者様がそのことに気が付かないとお思いですか」
そんなことはない。アムルはきっと分かってくれる。喜んでくれる。
言いたいけど、声にならないや。
「フレデリカ、ぼくはどうしたらいい」
そのぼくに、フレデリカが優しく手を添えてくれた。
この手の感覚は、暖かくアムルの手と同じだ。
「考え、お悩みなさい。しかし、時間はありません。決断して覚悟を決めなさい。賢者様に言われたのではないですか」
確かにそうだ。
あの時は、そんなにすぐに決断など出来るわけがないと思った。ただの嫌がらせだと思った。
違う。この間にも多くの人が死ぬかもしれない。遅れれば、それだけ多くの人が死んでしまうかもしれない。
ぼくが、決断しないといけないんだ。
「私は、賢者様とは少し話しただけです。ですが、あの方の器の大きさと広い知識、それに深い考えに圧倒されました」
そう、アムルは凄いんだ。本当に、本当に凄いんだ。
「その賢者様が、陛下の先師となって導かれたのです。既に答えは示されているのではないでしょうか」
「答えは、アムルを殺すことだよ」
ぼくの重い声に、フレデリカが笑った。
「いいえ、陛下。なぜ、ブランカ様たちが王宮衛士と正面から争ってまで、ここに来られたのでしょう。なぜ、王宮と正面から対立する道を選ばれたのでしょう」
そうだ。ブランカたちはこれ以上は波風を起こさないように、王宮官吏たちとはやり合わなかった。
ぼくは、ただ単にアムルがいなくなり、その呪縛が解けたと思い込んでいた。
違う。彼らはただ力を溜めていたのだ。
でも、なぜこのタイミングなの。アムルの行く末を知っているならば、それは反乱鎮圧後の詳細調査の時のはずだ。
「アムルの上を行こうとしている」
ぼくの呟いた言葉に、
「はい。私もそう思います」
即座にフレデリカが頷いた。
「ブランカ様たちは、全ての知りえる事実を開示されました。そこにはお言葉通り私見は入っていないのでしょう。そして、王宮政務官からの報告もあります。その全てを考慮すれば如何でしょう」
そうだ、決断する材料は揃っていた。
ぼくは大きく息を付いた。
教えられてばかりだ。
何が、王になりたいだよ。王になる覚悟が足りないじゃないか。
「フレデリカ。考慮するのはそれだけではない。セリの報告書とこの本を読まないといけない。今日の夕刻、朝議の間に全員を招集するように伝えて。吾はその間にこの本を読まないといけない」
感傷に呑まれる時間はない。今はすべきことをする時だ。
「かしこまりました。ですが陛下、自身のことを吾と呼ばれるのですね」
「私たちと言わないけど、怒らないの」
「賢者様に言われました。陛下は王宮内のしきたり、礼節などには縛られない大きなお方だと。変に縛るのはやめなさいと。賢者様の自慢の修士だったと言われました」
なんだよアムル。吾のことをずっと支えていたのか。
「ぼくは、アムルに憧れて真似をしたんだ。でも、憧れでは上に行けない。吾は吾でしかない、それが今、分かったんだ」
もう一度、息を付く。
「ぼくは、アムルが好きだ」
「存じ上げております」
フレデリカが笑みを見せた。
「それでも必要ならば、この国を立て直すことに欠かせないことなら、ぼくは女王フレアとしてアムルを討つ」
アムル。覚悟はできたよ、後は決断だけだ。
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