アムルの反乱
「明日のマデリの会は、昼からだったね」
ぼくの言葉に、フレデリカが笑い出す。
「そうですよ、女王陛下。ですが、これで七回目です」
そう、そんなに聞いたのかな。
「でも、よくダクトたちが納得したわね」
「さすがに侍従長には、その権限はございません。今まで公貴の方々の成人祝賀、陛下付きの方々の顔合わせの会はしておりましたので、中止する理由がございません」
「そうだけど」
あの頑ななダクトが、それで頷いたのだろうか。
「話を詰めたのはブランカ様です。話であの方に勝てるのは、賢者様しかおられません」
「ですが、その人は平民というではありませんか。私は女王陛下のお付きには、反対しております。王宮の品位が落ちます」
奥に控えるマリーが声を上げた。
「何を言っている。ぼくも平民だ。人は全て平等のはずだ」
ぼくの言葉に、マリーは青ざめて口を閉じる。
これが、命令する声。強い意志を持って発する声。
ぼくには、それが出来る。ぼくは、この国の王だ。
そう思った瞬間、表が慌ただしくなり、扉が大きく開かれた。
飛び込んできたのは内務大司長シムザと軍務大司長のオムルだ。
「陛下、警鐘雲の正体が判明いたしました。反乱です」
言いながら僕の机の前に進む。
「賢者アムルの反乱です」
反乱。アムルが。何を言っている、アムルは開学、学院の開設に向けて国中を歩いているはずだ。
「中北守護領地で改革を求める内乱が起こったとの事で、周辺守護領地が仲介に動きました。ですが賢者殿はその仲介の使節を殲滅。真偽を確かめるために王宮から派遣された王宮の軍務監察隊も討たれました」
アムルが反乱。
足元が崩れ落ちるような感覚だ。
「近南守護領の衛士と王宮遠征隊の一部が住民の保護に動きましたが、これも殲滅させられたとのことです」
「それを、アムルがやったの」
「間違いございません。極星の旗を掲げ、容赦のない攻撃だったと聞いています。小職も心苦しいのですが、これは天逆。討伐の軍を送ります。こちらにご署名をお願い致します」
差し出してきたのは、勅命を表す羊皮紙だ。
これは、アムルを殺す命令書。
「軍の編成等につきましては、オラム軍務大司長よりご説明差し上げます。小職はこれより。関係各位の調整に動きます。それでは、失礼致します」
声はどこか遠くで聞こえるようだ。
あのアムルが反乱。
中北守護領地と言えば、リウザスの町だ。バルクス公領主の守護領地だ。セリとマデリの故郷で、セラがいる場所だ。
「それでは、女王陛下。ご説明いたします」
どこか遠くで聞こえる声は、反響するようで頭には入ってこなかった。
どのくらいしたか、騒ぎの音がかすかに聞こえて扉が大きく開かれた。
立っているのは、ブランカとアメリア。
その後ろではガイアスとジュラが衛士たちを打ち倒している。
状況がよく分からない。
「いい加減にしないか」
ブランカの鋭い声が響いた。
同時に、ぼくも周囲の声が聞こえだす。
「わっしは、賢者殿のようにルクスを撃ち込むなど、器用な真似は出来んぞ。死ぬ覚悟で来いよ」
「ジュラ殿言う通りだな。確かに、俺も出来ないな」
廊下から、ジュラとガイアスの声が流れてきた。
どうしたのだ。
なぜ、彼らが近衛衛士と争っている。
「こ、これは、反乱か」
叫ぶのはオラムだ。
「ふざけるでない。玉座を踏みつけ、女王に剣を向けているのはどっちだ」
「な、なんのことです」
「守護領地の反乱に、なぜ周辺守護地と王立軍が関与する」
「バルクス公の圧政で、賊が暴れ、治安が崩壊したと弟君のバルミス公より陳情が届いたからです」
「それは、おまえたちの職務か。国内の反乱は、全て印綬の我らが裁定するはずだ」
「これは、この国の慣習です」
「慣習という言葉で逃げるな。もういい、おまえはここから出ろ。我らは女王に話がある」
ブランカが足を進め、オラムを押しのけた。
「女王陛下の意見を曲げさす気ですか。あのアムルに何か言われたのですか」
「お前たちと一緒にするな。賢者が伝えたのは、如何なる命でも女王に従って下さいだ。お前たちのような腐り切った者の考えで、賢者を語るな」
「それに、あなたたちが賢者殿を名前で呼び捨てにするのは、不遜よ。次は私が許しませんわ」
アメリアの声が冷たい。
「それは、王宮政務官への軽視ではないですか。私たち政務官をないがしろにするのですね。私たちにも考えがありますよ」
マリーの高い声が響く
それを一瞥し、
「止めておけ、それは侍女の口にする言葉ではない。女王の言動を監視するために、侍女の振りをしていることがばれるぞ」
ブランカが興味もなさそうに言う。
どういうこと。マリーは私を監視するためにいるの。
誰が、監視をさせているの。
「フレア女王陛下。私たち印綬を継承する者、陛下に現況のご説明に上がりました」
アメリアとブランカが膝を付いた。
「現況を把握した上で、ご決断をお願い致します」
現況。アムルの反乱のこと。
「開学の調査に訪れていた中北守護領地で、大規模な誘拐が起こることを察知した賢者は、それを阻止すべく自らの手で千の衛士を集め、これを阻止しました」
「千もの衛士をどうやって」
「ベルノ集落で知り合っていたジウル軍司長という方に、協力を仰いだとのことです」
ベルノ集落、セラを助けたあの集落だ。ジウル軍司長と言えば、アムルに礼金をくれた人。あの人たちに、アムルは会ったのだ。
「賢者殿が反乱を撃退したのは、警鐘雲が出る二日前。そして警鐘雲が出たのは、外北守護領地が侵入をしてきた日に重なりますわ。この警鐘雲は周辺公貴が侵略をしたこと、すなわち反乱を起こしたことに対する警鐘雲です」
でも、外北守護地は公領主が入れ替わったはず。侵略などするはずがない。
周辺守護領地は内乱の確認と仲裁に動いていたと言っていた。
アメリアは嘘をついているの。
「でも、王宮の軍務監察官も討たれと聞いた」
「それが、この反乱の後ろにいる者の計画です。軍務監察官が紛れ込んで討たれれば、それを口実に遠慮なく王宮遠征軍を動かせます」
ブランカが当然のように言う。
「後ろにいる者とは、何だ」
「この反乱が、地方公貴や守護公領主だけで行えると思いますか。それに、軍務監察官を派遣するにもフレア女王の認可が必要です。署名されましたか」
署名。いや、そんなものはしていない。最初に先王を討つ書類にサインして以来、書類には細かく目を通すようにしている。
「さらには、近北守護領地の軍には、王宮遠征隊の一部も参戦していていたとのこと。認可しましたか」
そんなサインなどするわけがない。
でも、アムルがそれらを討ったことも事実。
どんなに正当な行為だと言っても、やっていることは反乱ではないの。
不穏なことがあれば、王宮に連絡を入れればいい。
皆に相談すればいい。
反乱を見逃すことは出来ない
でも、でも、でも。
「わしらが提示できる現況は、ここまでです。これ以上はわしらの私見が入り、フレア女王の判断を鈍らせる。ただ、最後に女王に謁見をしたいという者を連れてきている」
ブランカの言葉に、部屋に入っていたのはセリとマデリだ。
二人の部屋の入り口で足を止める。
それ以上は入ってこない。これが二人のぼくに対して置いた距離。
セリの顔が上がった。
「おいらは、この腐った国で生まれた。ここではいろんな王様がいたけど、おいら今まではこんな愚王を見たことがない。おいらは王宮をお暇します、先師の所に帰ります」
燃える目で睨みつけてくる。
「うちも、フレア女王付きの政務官にと言われましたが、先師の元に帰ります。女王陛下はこの国で一番偉いはずです。なぜ、セラが攫われなければいけないのですか、なぜレビさんたちが殺されなければいけないんですか。うちは、納得できません」
二人がそのまま背を向けるのに、ぼくはただ見送るしか出来なかった。
セラが攫われた。
レビが殺された。
どういうこと。
そんなことは、知らない。ぼくは知らない。
「警鐘雲は、イスバル関を殲滅させられて走った。この反乱に何も手を打たぬ王に、創聖皇は怒っておられる」
ブランカは立ち上がると紙の束を机に置いた。
「これは、セリが軍務司の詰め所に通いつめ、記したものです。各部隊の実質の命系統を細かく書いてあります。動いた軍の指揮系統とは別にこれを見れば、その裏にいたのが誰かは分るはずです」
「私からもいい。陛下は私が賢者殿の師事した時、賢者殿は行く末を見ていると言われましたわ。私たちには行く末が見えていないとも。陛下自身も賢者殿から行く末を聞いたのではないのですか。今、賢者殿はそれをされようとしています」
言葉を残してブランカとアメリが出て行く。
ちょっと待って。どういうことなの。
ぼくには、何も考えられない。
アムル。
そう、アムルからは確かに聞いた。
でも、それはアメリアたちが王様になった場合じゃないの。ぼくが王様になっても一緒なの。
そうか。最後にアムルがこの部屋に来たのは、別れの挨拶だった。
ぼくとアムルの約束を果たしに来たのだ。
黙ってぼくの前の前からいなくなるのは駄目だと言った、約束。
その約束すら、ぼくは忘れていた。
椅子に深く身体を預けたまま、窓から二本並ぶ警鐘雲を見た。
何をどうすればいいのか、分からなかった。
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