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殲滅

 

 王国旗を掲げた軍の動きは、その練度を表すように緩慢で、統制が取れていない。戦いの緊張感はなく、覇気もなかった。

 これでは、ジュラも苦労する。

 丘の上の衛士たち全員が集まるのを見ると、僕は仮設牢の布を開いた。


 今度は喧騒は聞こえない。彼らも今の立場を分かっているのだ。

 僕は何も言わずに、ただ丘の方向を指で示した。

 同時に彼らが駆け出す。


 遅れて僕も足を進めた。

 森を出た一団は丘の端を本当に掠めるように駆けて行く。しかし、その中で僕には見えた。

 彼らの赤黒く汚れたルクスに、幾つもの赤い瞬きが走っていくのを。

 わずかに遅れて、一団の数人が獣のような咆哮を上げた。


 密集しているにも拘らず、手にした剣を大きく振り回しながら王立軍の陣の中心へと足を向ける。すぐに咆哮は一団を呑み込み、全員がバラバラに突っ込んでいく。

 妖に意識が呑み込まれたのだ。

 自我を失ったのだ。


 その証拠に敵陣に撃ち込んだ一団は、周囲の者を狩りつくすように剣と拳を振り回す。そこに剣技はなく、あるのは暴力だけだ。

 そして、その彼らの妖は王立軍の妖をも起こし、広がっていく。

 確かに、こうなることは推測した。

 こうなることは計画した。


 しかし、ここまでの状態になるとは、ここまでの混乱になるとは、思いも寄らなかった。

 膨れ上がった妖気はルクスを呑み込み、天を焼く焔のように立ち昇る。丘の全てを焼き尽くし、人のものとは思えない唸りと咆哮に満ちていく。

 まるで、妖獣の群れだ。


 槍を持ち直し、僕も全力で駆ける。

 一刻も早く、ここを鎮圧しなければならない。やはり、彼らをこの丘から出してはならない。この焔に巻き込まれれば、ジウルとて妖気に呑み込まれてしまう。

 僕は手を上げ、赤い光を空に放った。


 打ち合わせはしていないが、この赤い光の意味をジウルならば理解する。

 この丘には、決して近ずくなという僕の警告を理解する。

 その目の隅に、エド公の一部の衛士が動き出すのが見えた。王立遠征軍、いわばエド公の後ろ盾になり大義名分になる。援軍を送るのは分かるが、状況の判断くらいはすべきだろう。、


 これ以上混乱が広がる前に、この戦いは終結させなければならなかった。

 槍に付けた旗が風になびき、五芒星が翻った。

 そのまま丘を駆け上がる。


 陣に撃ち込む僕の周囲に、ルクスの光が散った。

 妖に乗っ取られた彼らの一撃が、僕のルクスを撃ってくる。力任せの一撃だが、タガが外れた彼らの一撃だ。

 ルクスが削られていくのを感じながら、僕も槍を振るった。


 手加減などしない、ルクスを乗せた槍だ。たちまち周囲で血が噴き上がり、急所を貫かれた彼らが倒れていく。

 咆哮、悲鳴、怒号。一つになって湧き上がる唸りは大気を震わせ、意識に直接入ってくるようだ。

 四方から撃ち込まれる剣を槍で受ける。


 幾つもの火花が散り、ルクスが破られたことを教えた。

 通常ならば破られることのないルクスだ。彼らのルクスでは、弾かれるしかないはずの僕のルクスだ。

 それが、妖気に呑み込まれ、集団で膨れ上がったルクスに支えきれないのだ。互いのルクスは相殺されたように、機能をしていないようにも思われた。


 槍を撃ち込み、僕は剣を抜いた。

 敵味方のない混戦の中、槍ではこの接近戦を凌げない。ルクスの優位性が失われ、消耗戦になるなら、相手の力を利用できる剣で闘うしかなかった。

 身体ごと撃ち込まれる剣を切っ先だけで逸らし、飛び込んできた相手の首の急所を斬り飛ばす。


 そのまま身体を入れ替えるように踏みこんで、後ろの衛士の足の動脈を断ち切った。

 ザインに教えて貰った剣技を僕の身体は覚えている。

 身のこなしと撃ち込みに来る殺気を心が覚えている。


 足を踏み変え、腰の回転に合わせて刃を横に倒した。身体を捻りながら横の衛士の首筋を斬り、さらに踏みこんで、身体を落とした。

 頭上を剣が掠め、同時に身体を起こしながらその心臓を貫く。

 余計な力を使わず疲労を防ぎ、武器を失わないように刃を折ることなく、足を止めて狙われることがないように。


 人を殺すためだけの剣技ではない。自分が生き残るための剣技だ。

 それでも肩口に火花が散った。

 肩当てを撃たれたのだ。


 身体を引いて背後の衛士に身体をぶつけ、その首筋に刃を送る。

 たちまち周囲の衛士を斬り伏せるが、僅かに空いた空間も入り乱れた衛士に埋め尽くされていた。

 この狭い空間の中でも足を止めることは出来ない。


 動き続けていても甲冑のいたる所が火花を上げているのだ。

 正直、ここまでの激しい戦いは初めてだ。ここまで、身の危険を感じたことはない。

 しかし、僕はここで倒れるわけにはいかない。この戦場を生き抜き、国を正さなければならない。僕が倒れる場所は、ここではなかった。


 突き込まれる剣を首を倒して躱し、その喉を斬り飛ばした。

 いつの間にか陽は大きく傾き、ようやく自由に身体が動かせるほどの空間が出来る。

 あれだけ渦巻いていた妖気も勢いが落ちた。


 足元は屍に埋め尽くされ、僅かな足の踏み場も血に濡れている。

 未だに暴れているのも目で追えるほどになっていた。

 峠を越えたのだ。


 僕は大きく息を付くと足を進めた。

 残っている者にはすでに自我はない。

 ここで、他のエルグの民に接触すれば、その者の妖を覚醒させてしまうだけだ。


 ここからは身を護るためではなく、民を護るために彼らを排除しなければならない。

 でも、僕は幾つの命を奪ったのだろうか。

 幾つの魂を砕いてしまったのだろうか。


 僕には、彼らを救う術はない。僕にはすでに傷つき、ひび割れた魂を修復する力はない。

 出来るのは、一人残らず殺すだけだ。

 足を進めながら、エド公の布陣した草原を見る。


 いつの間に落としたのか、そこに見えるのは五芒星の旗。

 ジウルたちだ。

 やはり、彼に任せてよかった。


 思いながら、撃ち合う衛士たちを切り伏せていく。ここに、連れてきた囚人たちで生きている者はいない。

 自我を失い、死ぬまで暴れ切ったのだ。

 僕は最後の一人を切り伏せ、光球を出す。


 高く上がったその光球に、こちらに馬を向けるジウルが見えた。

 座り込みたいほどに疲れているが、迎えるように僕は丘を下りる。

 丘を降りると、馬を進めてきたジウルが下馬して、驚いたように僕を見ている。足を止めさせるほどに、僕も疲弊しているようだ。


「賢者殿」

「ここは終わりました。ジウル殿もエド公を討ってくれたようですね」

「あ、あぁ。しかし、賢者殿は大丈夫か」

「はい。大丈夫です」


 確かに、着ていたローブのいたる所が斬られ、下賜された甲冑にも傷が付いているのだ。彼が驚くのも無理はない。

 僕は返り血に濡れたローブを脱いだ。


「エド公は、どうされました」

「捉えています。賢者殿の思惑通り、遠征軍の陣が混乱してエドの軍がここの救援に向かったタイミング突撃すれば、一気に瓦解した。エドも逃げる間もなく捕らえた」

「そうですか。やはり、ジウル殿に任せてよかった」

「いや、それよりもその有様はどうした」

「妖に呑み込まれ姿をリウザスの集落が襲われた時に見ました。前回の戦いで、妖気の凄さを感じました。それを元に計画をしましたが、今回はその比ではありませんでした。僕の読み間違いです」

「賢者殿が読み違えたのか」


 足を進めたジウルが、僕の肩を支えてくれる。


「はい。ここまで妖気が膨れ上がるとは思いませんでした。集団になるとここまで強化されるとは思いませんでした」


 創聖皇がエルグの民を別大陸に移した理由がやっと分かった。

 エルグの民は世界の新たな可能性であると同時に、世界をすり潰す元凶にもなり得る両刃の刃だ。

 その為に、海を隔てた新たな大陸に二つの国を作ったのだ。


「僕は、二度とこのような愚は犯しません。妖を覚醒させてぶつけるようなことはしません」


 支えられて馬へと進む僕に、

「そうか。それよりも、賢者殿に伝えることがある。エドがわしらに吐き捨てた言葉がある」

ジウルの声が掛けられた。


「イスバルの関が落とされた」


 その短い言葉に、手にした剣が落ちる。

 イスバルの関。セラがいる場所だ。セラは。


「すぐに早馬を出し、状況確認に向かっている」


 ジウルの声は、どこか遠くに聞こえた。


読んで頂きありがとうございます。

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