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布陣

 

 森の中、茂みに隠れるようにそれはあった

 緑の枝葉で隠され、小川を跨ぐように地面が盛り上がった丘を思わすようなもの。

 その上に立ち、空を見上げる。


 大きく枝を伸ばす樹々の間から真青の空が覗き、吹き抜ける風に鳥の声が運ばれていた。穏やかで、心落ち着く風景だ。

 しかし、しばらくするとこの周囲は血に染まる戦場になる。

 その場に膝を付いて足元の枝葉を払うと、聖符が描かれた布が現れた。


 僕は大きく息を付き、それを剥ぐる。

 見えたのは丸太を組み合わせた骨組みだ。同時に噴き出す妖気と怒声が、周囲を震わせた。

 遮音と妖気隠匿の聖符を剥がしたのだ。剥き出しのそれらが光景を一変させるようだ。


 濃密な妖気と空気を震わせる唸りを無視して、僕は丸太の簡易牢獄を下りた。

 中にいるのは、目の血走った男たち。よくここまでルクスを汚したものだ。


「てめえは何だ」

「すぐに出しやがれ、ただじゃおかねぇぞ」


 口々に叫び出す彼らに足を向け、ルクスを開放した。

 風を巻き起こすほどのルクスの威圧に、彼らの口も閉じる。


「騒ぐ必要はないはずです。ここに移送される前に、聞かれたはず。一生囚われて労役を課せられるか、死地を潜り抜けて自由を得るか。あなたたちは後者を選んだはずです」

「確かにそうだな」


 僕の言葉に、奥から一人が歩み出てきた。

 白髪の額に傷跡のある男だ。


「だけどよ、おれらは死地がどういうことなのかは聞かされていねぇぞ。その二つを示されれば、自由を求めるのが普通だろうが」

「あなたたちこそ、立場を分かっていないようです。詳しく聞いていない。当たり前でしょう、伝えるわけがありません。あなたたちは多くの人を殺し、罪を犯した重犯罪人です」

「てめぇに、賢者様に意識を覗かれたんだ。おれも確かに罪は認めたさ。でもよ、そのおれらだってこんなに腐った国じゃなければ、真っ当に生きていたぞ」

「確かに、国は乱れていたかもしれません。ですが、他の人も同じ境遇にいましたよ。あなたたちだけが、自身の欲の為に罪を重ねたのです」


 僕は手にした槍を持ち直すと、石突で地を撃った。

 重い音が、周囲を震わせる。

 これ以上の話は無駄だ。理解し合えることはないのだから。


「時間もありません、自由になる条件を伝えます。もうすぐここは戦場になります。この先にあるリルト城塞都市を落とすべく、エド公の軍と王立遠征軍が進出してくるのです。あなたたちには、王立遠征軍を混乱させて貰います」

「聞き間違いじゃないのか。王立遠征軍を襲うのか。印綬と同格の賢者様なのだろ。それに、三賢老とやり合うのか」

「あなたたちの言う、腐った国を立て直すためです」

「ふん、どっちに転ぼうとどうでもいいさ。だけどよ、いくらなんでもおれたちに軍を相手にさすのは無理があるだろ」

「混乱させるだけです。王立遠征軍はこの先の丘に陣を構えるはずです。リルト城塞都市はさらにその先ですから、彼らは背を見せています」


 言いながら森の先の丘を指さした。ここからは、五百メートルほど先の丘だ。


「あなたたちは陣の端を掠めるように撃ち、そのまま真っ直ぐに駆け抜けて下さい。遅れて僕も自らの旗を掲げて陣中央に撃ち込みます。彼らは、僕に集中するはずですから、その間に城塞都市の横の森に進めばいいです」

「賢者様が敵を引き付けてくれるのか。おれたちはそこで自由になれるのだな」

「はい。そこにあなたたちの犯罪記録と路銀を置いています」

「嘘じゃねぇだろうな」

「僕の言葉は、創聖皇にも届きます。嘘はつけません」


 本当に、記録と路銀は用意してある。嘘はついてはいない。

 しかし、彼らがそこに辿り着けないことも知っている。


「分かったよ。それで、素手てというわけではないのだろ」

「遠征軍の陣が展開を始めれば、武器は用意します」

「待て、それまでここに閉じ込めておくのか」

「当然です。まだあなたたちは囚人なのです」


 言葉を残して、僕は再び牢の屋根に上がった。

 不満や文句、それに怒声が響いてくる。それを聞き流して布を被せた。遮音の聖符が働き、声はたちまち消えていく。

 その布の上に枝葉を置いて布自体を隠した。


 そこを降り、僕は足を進める。

 僅かな樹々を抜ければ、ここが森の外れになる。すぐ先に見える丘の向こうに街道が走り、右手にはリルト城塞都市が小さく見えた。

 樹の陰に腰を落とす。


 正直、彼らの妖には驚かされた。ルクスを凌駕するほどの妖気が溢れている。多分、あれが妖気の最大値なのだろう。

 あれ以上の妖気では、自我が持たないはずだ。

 同時に、それは妖気が暴走すればたやすく意識を呑み込み、自我を崩壊させることを意味する。ルクスの上に妖気が重なるのだ。それが連鎖して広がるのだ。


 彼らをこの場所以外に拡散させてはいけない。

 ジウルの一隊に接触させてはいけない。

 ジウルはその影響を切り抜けるだろうが、軍の中には影響を受ける者も出るかもしれない。


 自我を失い、敵味方の関係なく暴れられれば、どれほどの被害になるかも分からない。

 やはり、あの丘で王立遠征軍の陣で完結させるしかない。

 槍を抱えて座り直した。


 目を閉じ、息を整えて第一門まで下りていく。

 広がる意識の中で、進み来る軍勢が見えた。

 軍勢は二つ。前を行くのはエド公の四千、その後ろには王立遠征軍の三千。すぐ側まで来ている。


 それに、彼らのルクスも汚れていた。これでは、容易に感化させられる。

 意識をさらに広げていく。

 他に続く軍勢は見えない。それに、先遣隊も偵察隊も出てはいないようだ。こちらが僅か千程度の手勢だと軽く見ているのだろう。


 意識を戻し、街道に目を向ける。

 わずかに見えるのは、流れる土埃だ。

 やがて、その土埃の中から騎馬と人の姿が見え始める。


 騎士は三百ほどで、後に続くのは簡易な鎧を身に付けただけの一団。明らかに訓練もされていない様子で、領地から集められた農夫だということが分る。

 戦を数でしか考えていないのだろう。

 その後ろから距離をもって進むのは、王国旗を掲げた王立遠征軍だ。


 遠征軍と言えば、妖獣の討伐、内乱の鎮圧と先頭に立って戦うはずだ。しかし、これも練度が高そうには見えない。

 どのくらい経ったか、僕は立ち上がる。

 軍の進みは遅く、遠征軍が丘に上がっていく頃には日は傾きかけている。しかし、彼らが翌日まで待つとは思えなかった。


 日没までに大勢を決するとなると、布陣と同時に侵攻が始まるはずだ。

 思うと同時に、遠く角笛の音が響いてくる。遠征軍の布陣を待たずに、やはりエド公の軍が動き出した。

 僕は仮設牢に戻ると 今度は正面側の布だけをはぐる。

 喧騒が響き、奥から男の声が流れてきた。


「何だ。そろそろ動くのか」

「そうです。それではこれをお渡します」


 鍵を中に投げ入れる。


「奥の箱の鍵になります。そこに武器が入っていますのでそれを持って下さい」

「それで、一撃を与えてそのまま逃げればいいんだな」

「そうです。エド公の軍は布陣と同時にリルト城塞都市を襲います。遅れて王立遠征軍が布陣しますので、そこを叩きます。タイミングは再びここを開いた時になります」

「待てよ、さっきみたいに上を開けないのか。息苦しくて行けねぇぞ」

「あなた方は五月蠅すぎます。これでは襲う前に相手に気付かれます」

「仕方がねぇだろ。こんな狭い所に押し込まれているんだ」


 白髪のあの男が、再び足を進めてきた。


「それでは、敵は迎え撃つ準備が出来ます。あなた方が困りますよ」

「賢者様よ、名前は確かアムルとか言ったな」

「はい」

「戦場だ、気を付けなよ。刃がどこから来るか分からねぇぞ」


 男が睨みつけてくる。

 その瞳に走る赤いきらめきが、妖の強さを教えていた。



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