力技
「ジウル様。なんですか、これは」
トルムの言葉に、我も言葉なく頷くしかなかった。
リルト城塞都市の前に防壁を築くと聞いていたが、これが防壁なのか。
門の前にはに大きな壁が建ち、それは中心が道に突き出るように三角形を成している。その上部には回廊もなく、とても防御戦を想定した防壁には見えない。
我らはそこを大きく迂回し、城塞都市の裏側にある小さな門に回った。
荷馬車がやっと潜れる小さな門だ。
すでにそこには、城塞都市の自警団が迎えに出ている。
簡易な甲冑を身に着けた彼らの顔は強張り、不安に満ちていた。
無理もない。こんな状況で落ち着く方が無理だ。
賢者は。
賢者は馬を下りると城壁の階段に向かっている。
我も馬を下り、すぐにその後を追った。
粗い石組の階段を上り、
「賢者よ、防壁を築くとは聞いたが、あれがそうなのか」
その背に問いかける。
賢者は答えることなく城壁を上り、狭間から防壁を見下ろした。
我も駆け寄り、それを見下ろす。
城門を塞ぐように建つ防壁は、木を組み合わせ鉄で補強されていた。門と防壁を結ぶように渡されている木は、防壁を護るルクスを送るためのものなのだろう。
「はい。バルクス公は、良く造ってくれました。これが防御線の要、防壁になります」
「これが、か」
「賢者様」
我の声をかき消すように、重い声が響いて来た。
衛士に守られるように駆け寄ってきたのは、青ざめた壮年の男だ。
この城塞都市の長老、レンダ公だ。
「この先に近北守護領地、エド公の衛士が押し寄せてきています。数は四千を下らまいと聞きました。さらには、三千の王立遠征軍も動いているとか」
縋り付くような目を見せている。
仮にも城塞都市を束ねる公貴だろう、少しは腹を括ってみろってんだ。
「南の町や集落は、壊滅したと聞きました。開城した方がいいのではないでしょうか」
「他の町や集落は開門をしなかったと思いますか。彼らは奪い尽くし、殺し尽くしています。開城をしても、それを止めることは出来ません」
「殺し尽くすのですか。仮にも王立軍までいるのです」
「この守護領地が、従わぬ公貴が、そして僕が目障りなのです。そして、これは他の公貴たちへの見せしめにもなります。従わねばこうなるという」
「ですが、賢者様は印綬の方々と同格ですよね。止められますよね」
「同格ですが、僕は印綬の継承者ではありません。止めることは出来ません」
言葉を切ると、賢者は顔を上げた。
「ですが、潰すことは出来ます。まずは、エド公と王立遠征軍を粉砕しましょう」
怖いことを顔色一つ変えずに言う。
七千を超える衛士を相手に、千程度の数で粉砕など出来るのか。いや、賢者が言うのならば、そうなるのだろう。
「粉砕ですか」
「はい。この城塞都市には触れることもさせません。長老は民を安心させてください」
賢者は言い切るとその目を防壁に戻した。
まだ何かを言いたそうなレンダは、それでも何も言えずにその場を後にする。
賢者の噴き上がったルクスに威圧されてしまったのだ。
正直。我でさえ足が竦みそうになる威圧感だ。
「いいのか、あれだけ怯えていては、勝手に門を開きかねないぞ」
「それを出来なくする防壁です」
賢者の声が重い。
「その防壁がよく分からん。上には兵を詰める回廊もないではないか」
「あれは、時間稼ぎのためのただの壁ですよ」
呟くように言う。
「時間稼ぎ、どういうことだ。応援でも来るのか」
「そうですね。敵は、あの防壁を崩すのに、攻城槌を使います。しかし、三角形をしたあの防壁には意味がありません。攻城槌を使うには垂直にぶつける必要がありますから、その前に周囲の木々を取り払わなければいけないのです」
そうだ。確かに正面から攻城槌をぶつけても先端が逸れて破壊は出来ない。
「確かに、周囲の木々を切り倒さなければ、攻城槌を垂直にはぶつけられないな」
「その為に、敵はここに衛士を集中します。また、時間も必要でしょう」
「それをどう迎え撃つのだ」
「ここは戦場ではありません」
賢者の言葉に重なるように、重い唸りが聞こえた。
「何だ。何の唸り声だ」
顔を上げて周囲を見る。
「唸りですか。僕には噴き上がる赤黒いルクスの振動のようにも思えます」
「ルクスは見ることは出来ないが、森の中に何かいるのか」
「反乱衛士です。その中でも特にルクスの汚れの酷い者を集めています。魂まで妖に蝕まれた者たちです」
これも、反乱衛士を分類した結果か。
「どうするのだ。そのような者を」
「最後に、国の為に尽くして頂きます」
賢者の声は昏く、重い。
「敵が、エド公が陣を置くのは、この城塞都市の前に広がる平原でしょう。そして、王立遠征軍はその向こうの丘に陣を敷くはずです。その丘に百の彼らが撃ち込みます」
「百でか」
何を言っているのだ。この門に敵が殺到をしてもそれはエド公の衛士。四千のうちの半分が動くとして陣にいるのは二千だ。
そこに撃ち込むのならばまだ分かるが、王立遠征軍は三千が温存されている。それも、正規の衛士だぞ。
「その百は、死地に向かうことで妖の力を強めます」
「妖に心を乗っ取られるのだな」
確かに、そうなった者の力は強い。敵味方見境なく振るわれる力は、こちらのルクスを削り取ってしまう。
「それをぶつけるのか」
賢者らしくもない、軍略とも言えない力技の手段だ。
いや、それも仕方がないのか。
二十倍の敵を相手にしなければならないのだ。
「しかし、奴らが素直に従うのか。途中で逃げ出すのではないのか」
「彼らには、一度の参戦で罪を不問にし、一人十リプルの報酬を約束しています」
なるほど、それでは取りあえずは打ち合うことはするだろう――そういうことか。
妖に魂まで蝕まれているのだ。そうなれば、敵に近ずくだけで心は妖に染められてしまう。狂気に支配され、逃げることなど考えもしないだろう。
そして、その狂気は他の妖に伝播する。
「敵、味方のない殺戮の場になるな。誰がその一団を敵の本陣まで誘導するのだ。その者も妖に心を支配されかねないぞ」
「もちろん、僕ですよ」
賢者が透き通るような笑みを見せた。
「待て。賢者とて無傷では済まないかもしれぬぞ。杖では、戦いきれぬ」
「そうですね。では、ジウル殿の槍を貸してください」
その言葉に、身体が震えた。
これが、賢者の覚悟だ。
戦場でも敵を殺そうとしなかった賢者が、自らの手を血で汚す。そこに至る思いは、我には理解出来た。
エルミ種である賢者が、エルグ種のエルグ種たる所以、妖を利用するのだ。
魂までも蝕まれ、消えていくしかない者を死に追いやるのだ。そして、それを伝播させて多くの者を死に向かわせるのだ。
賢者は自らの手を血に汚し、その罪を受け入れる覚悟をしている。
「それで、ジウル軍司長には、もう一隊でエド公の軍を討つ指揮をお願いしたいのです。僕が王立遠征軍を討つことで、エド公の軍も引きつけます。手薄になるエド公の本陣を突いて下さい」
もう一隊の騎馬突撃。タイミングが重要な一撃だ。
賢者から合図はあろうが、敵の動きを見て時間差で突入しなければならない。
この為か。
この為に我に指示をせずに、賢者の思考と進め方をフラットな状態で見てほしいと言ったのか。我にその指揮を任せられるように。
そして、それは当初からこの戦を想定していたことになる。
一体どこまで先を読んでいる。
「分かった。その期待に応えよう。、槍も用意する」
言いながら、重い息が漏れた。
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