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王の声

 

 やっぱり良くなっている。少しずつだけど、改善している。

 ぼくはもう一度、手紙を開いた。

 マデリが、ぼく付きの政務官になる。


 以前に朝議の席で、アメリアたちはぼくとの面談時間が欲しいと言ってくれた。

 その時は、まだ戴冠式前で、ぼくが覚えることがあり過ぎるのから、時間が取られないと言われた。

 だけど、嬉しかった。


 皆がぼくを見ようとしている。ぼくに向きつつある。

 やはり、アムルが王宮を離れたことで、アメリアたちも冷静に物事が見られるようになったのだ。

 良かった。


 アムルも国を見て、ぼくの思いに気が付くはずだ。

 椅子に深く身体を預けた。

 窓が目に入る。


 途端に、ぼくは顔を逸らした。

 空を分断するような二本目の警鐘雲。

 なぜ、あんなものが空に走ったのか分からない。ぼくは何もしていないのだ。


 シムザたちが原因を探している。ここは彼らに任せるしかない。

 今は、楽しいことを考えよう。

 マデリの成人の祝いとぼく付き政務官との顔合わせならば、その会場に来るのはアメリアたち印綬の継承者とマデリにセリだけのはずだ。


 侍従たちは同席するが他には誰もいない。

 そうだ、ドレスはあれを着よう。ぼくが自分で縫ったあのドレスを着よう。肩に純白のケープを掛けるんだ。


「赤いドレスを用意して」


 顔を上げた。


「赤いドレス、どうされるのです」


 マリーが怪訝な目を向ける。

 何を言っているのだ。


「マデリの成人の祝いに着るの」

「マデリの成人の祝い、何のことですか」

「何のことではないよ。今朝、回されてきた書類の中にあった、これよ」


 ぼくは開いた手紙を叩く。


「何のことですか」


 マリーが手紙のぞき込んだ。


「何ですか、これは」

「書類箱の中にあったの。ぼくのドレスを出して」

「この手紙は知りません。それにあのドレスは廃棄しました。あのような下賤なドレスは、陛下のお召しになるものではありません」


 マリーは机を離れると、

「侍従長様、こちらに宜しいですか」

声を張った。


 何、何を言っているの。

 捨てた、ぼくのドレスを捨てたの。ぼくが一生命に作ったドレスは、下賤なの。

 アムルがぼくのドレスに似合うからと買ってくれた、純白のケープを捨てたの。


 どういうこと。

 あれは、ぼくのものじゃないの。

 あふれる涙が抑えられない。


 ぼく自身を踏みつけられたような思いだ。全てを否定された思いだ。

 呆然とするぼくの横で、すぐにやって来た侍従長に、マリーが手紙のことを話し出す。

 何を言っているの、この書類箱を持ってきたのは、侍従長じゃないか。

 いや、駆け寄って来たダクト侍従長の顔が青ざめている。


「このような手紙は知りません。どこから紛れ込んだのか」

「何をする」


 ぼくは手紙に伸ばしてくる手を思わず払った。


「おやめください、女王陛下。この手紙は手違いです。何に紛れたのかを調べますが、これは女王陛下が見るものではございません」

「何を言っているの。これはアメリアたちからぼくに送られたものだ」

「陛下、自分のことは私たちとお呼びください」


 マリーが金切り声を上げる。


「少し、落ち着きなさい」


 穏やかな声で割って入ったのは、フレデリカだ。


「その手紙は、印綬の方々からフレア上陛下に宛てられたものですよね。それを侍従が取るのは、おかしなことです」

「フレデリカ。これは国体に関係することだ。印綬の方々であっても、女王陛下への手紙は検閲が必要だ」


 叱るように、声を荒げたのはダクトだ。


「侍従長。国体に関することでしたら、尚のこと私たち侍従は関与できません。それに、国体の中枢は、女王陛下と印綬の方々のはずです」

「黙りなさい。国体とは王宮じゃ。王宮の意向が伴わない国体はあり得ない」


 鋭い声で言いながら、手紙に手を伸ばす。

 ぼくのものに手を出すな。これ以上、ぼくから奪うな。

 ぼくを怒らせるな。


「下がれ」


 叫んだ。


「この手紙には手を出すな」


 張り上げた声と同時に全身を熱いものが駆け上がり、噴き上がるルクスに目の前の机が軋む。


「陛下」


 押されるように、ダクトが下がった。


「二人共、ここから出ていけ」


 ぼくの言葉に、ダクトとマリーが下がっていく。

 こんなにも素直にぼくの言うことを聞くのは、初めてだ。


「と、とにかくこのことは、内務大司長たちと協議致します」


 ダクトが言葉を残して部屋を出た。

 文句らしい文句を言わずに、二人が揃って部屋を出た。

 ぼくは、そのまま椅子に座り込む。


 簡単にあの二人は引き下がった。でも、喜びに晴れ渡っていた心は、暗い雲に覆われてしまったように重い。

 ぼくの目指していた王とは、これなのか。ただ、皆で国をより良くしたいだけだ。


「フレア女王様」


 掛けられた声に顔を上げた。

 フレデリカの嬉しそうな笑みが見える。


「王のお言葉でした。抗うことを許さない、命令をするお声でした」


 声。王様の声があるの。


「はい。王様だけの命を下すお声です」


 それで、あんなにも簡単に退室したのか。


「普段の声とはどう違うの」

「意志の強さです。確固たる決意のお声です」


 追い出すのに、決意と言われても。

 同時に、アムルの顔が思い浮かんだ。決断、覚悟。最後の講義だと言ってぼくを責めた言葉だ。

 だめだ、今は考えるのをよそう。


「それよりも、フレア女王様」


 フレデリカが顔を寄せてくる。


「女王の縫製されたドレスは、隠しております」

「あるの。あのドレスがまだあるの」


 曇った心に光が差したようだ。


「はい、ございます。捨てられるのを見付け、後から取っておきました。私が預かっています」

「ありがとう、本当にありがとう」


 思わず、フレデリカの手を掴んだ。

 途端にその手が、弾かれた。ぼくのルクスが弾いたのだ。

 高ぶった感情にルクスが解放された。

 その強さに、みるみるフレデリカの手が赤くなる。


「ごめん、そんなつもりはなかった」

「構いません。お気になさらないでください」


 赤くなった手を僕に見せないように後ろに隠しながら、フレデリカが下がった。

 どうしてこうなるのだろう。

 紅玉宮に来てから、僕の思わない方向にばかり進んでいくようだ。


「陛下、お顔を上げて下さい」


 優しく掛けられた言葉に、フレデリカを見る。


「女王陛下は、この国です。国体の要は、王宮ではなく女王陛下です。そのことをくれぐれもお忘れなきように、お願い致します」


 優しく、微笑むような顔だ。

 でも、どうしたのだろう。

 いつもの優しいフレデリカだが、どこか毅然としたものを感じる。

 揺るぎない強さを感じる。


「分かった」


 ぼくはそれも嬉しく、強く頷いた。


読んで頂きありがとうございます。

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