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掃討

 

「伏せて下さい」


 賢者の声に、我は地面に伏せた。

 周囲の衛士も同じだ。

 草を身体に纏っているために、遠目では草原に溶け込んでいるはずだ。


 しかし、周囲の衛士は寄せ集めの百二十人。農夫だけあって体力はあるが、練度は低い。

 千人に及ぶ正規の衛士は、遠くで馬に跨ったままだろう。

 目の前の賢者を信じているが、どのように戦うのかが見えない。


 賢者に言われたのは、突撃すれば当初は進めるが、すぐに圧は強くなる。進めなくなる前に陣を防御に切り替え、味方の騎馬突撃まで耐えるようにとのことだ。

 しかし、この見通しのきく平原だ。

 我らが突撃をした所ですぐに跳ね返され、騎馬突撃も迎え撃たれるしかない。


 近くに見える町らしいものは街道駅しかない。商業ギルドが管理する街道駅には中立を守らせ、戦に巻き込まないと籠城もしなかった。

 この状況に、勝ち目は見えない。

 我ならば、どう戦う。


 いや、戦わない。この場所では戦わず、どこかの城塞都市で籠城するしかない。

 これだけの逼迫をした状況に、最後に言われたのは敵の軍務大司長は殺さずに捕らえるという指示だった。

 賢者には勝機が見えている。


 我は、それを信じるしかなかった。

 地に伏せた耳に、重い地響きのような音が流れてきた。

 四千を越える衛士。外北守護領地の軍務大司長が指揮を執る正規軍だ。


 地響きは大きくなってくる。

 顔を上げ、草の間から覗いた。黒い影が進んでくる。多くは騎士で、あれだけの数で騎馬突撃をされればこちらは砕け散ってしまう。

 緊張と怯えが広がってくるように感じる。

 錬度の低い農夫たちが、ここで逃げ出さないのを褒めたいくらいだ。


「では、そろそろ行きますか」


 散歩にでも行くかのように、賢者の自然な声が流れた。

 行くと言っても、どうする。

 今のこの衛士に、士気はない。浮足立っているくらいだ。


 思う我の横で、賢者が立ち上がった。

 こうなったら仕方がない。我も立ち上がった。

 思ったよりも敵は近い。不意に立ち上がった我らに、向こうも驚いている様子だ。


「騎士は邪魔なので、馬から降りて貰いましょう」


 賢者が戦杖を振り上げる。

 同時に湧き上がってくるルクスに、草原の草が舞った。

 わずかに遅れて、黒い影のように広がる敵を囲むように、光が浮かび上がる。


 何かと思う前に、光は爆炎のとなって周囲を呑み込み、炸裂音が耳を貫いた。

 なんだ。聖符を介さず爆発を起こしたのか。何もない空間を爆発させたのか。

 こんなものは見たことがない。


 だが、ルクスに守られた身体にその爆炎は意味がない。

 爆炎は立て続けに起こり、すぐ側での爆発に馬は暴れ、騎士を振り落としていた。

 狙いはこれか。


 馬から降りて貰うというのは、馬を驚かせて振り落とさせることだ。

 再び賢者が杖を振るや、巻き起こった煙が敵を覆うように吸い込まれていく。

 我にも分かる。

 あの爆炎に周囲の空気が拡散され、薄くなった空気が周りの空気を吸い込んでいるのだ。白煙はその空気の流れに乗って、敵の周りだけを隔していく。


 目を見張るしかない我の耳に、

「これより、天逆を討ちます。皆は創聖皇の意思を具現する者、天の軍です。恐れるものはありません、天逆を討ちましょう」

賢者の声が響き渡った。


 同時に我も立ち上がる。


「旗を掲げろ。突っ込むぞ」


 叫びながら、地を蹴った。

 白地に五芒星の描かれた旗が上がる。

 創聖皇のおられる中つ国を示す星、極星を表す五芒星だ。今の賢者の声に呼応するような旗印に、付き従う衛士からの熱気も感じた。


 敵を混乱させる状況の変化。

 それに重なる、賢者の言葉。

 敵は馬から振り落とされ、周囲は煙幕に包まれたのだ。混乱するしかない。


 賢者を先頭に煙幕に駆けていく。

 その背を湧き上がる喊声が押した。

 馬上でふんぞり返っていた騎士が、暴れる馬に動揺して落ちていくのを見たのだ。


 圧倒的な数を誇る敵の姿が白煙に見えなくなったのだ。

 賢者の天逆を討つというのを聞いたのだ。

 極星を表す旗が掲げられたのだ。


 農夫上がりといえど、男たちの闘争心に火が付いた。

 ここに、緊張も怯えもない。

 これが、士気の高揚か。我も声を張りながら白煙に飛び込んだ。


 目の前の相手を賢者が次々と倒していく。

 我も盾を撃ち付け、剣を縦横に振るった。周囲を、眼前を、ルクスの瞬きが重なっていく。

 どのくらい進んだか、被さる圧力に足が鈍った。

 ここだ。昨日、敵の圧力が強まれば円形の防御陣を組むように賢者に言われ、訓練した。耐えて見せろ。


「円形陣、盾を立てろ」


 声を張り上げる。

 衛士たちが盾を掲げ、槍を突き出したまま腰を落とした。

 賢者がルクスで打倒した敵も押し寄せる圧力に倒れることも許されず、肉の壁になっていた。


 ルクスの瞬きはさらに激しくなり、盾も火花を上げる。こちらのルクスが削られている。

 周囲から湧く敵の喊声が覆いかぶさり、それに呼応するように頭の奥から意識の焼けるような熱いものが込み上がってくる。

 これが、妖。賢者の言っていていた心の奥に巣くう妖。

 意識を呑み込まれれば駄目だ。


「踏ん張れよ、おまえら。生きて故郷に帰るんだろう」


 声を限りに叫ぶ。

 しかし、さすがに正規の衛士だ。一撃一撃が苛烈で、容赦がない。

 それに、それに敵の中には妖に呑み込まれ、敵味方関係なく剣を振り回す者まで出てきている。

 あの一撃は危ない。


 理性をなくした衛士の一撃は、こちらのルクスを削り取ってしまう。

 ここから、どうするのだ。

 これでは、増援が来る前に摺り潰される。


 盾を握る手に力を込めた瞬間、重く鈍い音が貫いた。

 突き出した剣に、敵の身体食い込む。

 やっと来た。


 味方の騎馬突撃だ。

 一際増した圧力は、敵が逃げようと後退していることを意味する。


「円形陣を解け、一気に押し砕くぞ」


 再び声を荒げ、剣を振るった。

 先ほどまでの圧力が嘘のように引いていく。それを待っていたように、白煙も引いた。

 いや、賢者だ。賢者が風を起こして煙幕を払ったのだ。


 敵は視界の利かない中で我らを押し包み、勝利を確信したであろう瞬間だ。

 自らの上げる喊声に騎馬の音もかき消され、突然、千もの騎馬突撃にあったのだ。

 防御体制もとれない背後を突かれれば、瓦解するしかない。妖に呑み込まれた仲間もいる中、混乱は混乱を呼び、一瞬のうちに鍛えられた衛士を四散させた。


 その証拠に目の前に見えるのは、黒字に白いバツ印の描かれた外北守護領地の旗。

 賢者が衛士を打ち倒し、その旗を奪い取った。

 次の瞬間、旗は焔を巻き上げる。


 同じだ、

 バルミスを討ち破った時と同じように、その足元には一際壮麗な甲冑を身に纏った男が崩れている。

 あの男が、外北守護領地の軍務大司長だ。

 草原には打ち据えられた衛士と屍が累々と転がり、残りの衛士は逃げ出している。


「天逆です。掃討して下さい」


 賢者が戦杖を振り上げ、冷たい声で言いながら敗走する衛士の背を指し示した。

 人の守護領地に踏み込んできたのだ。

 無垢の民を手に掛けたのだ。してはいけない事をしたのだ。


 報いは受けなければならない。

 味方の騎馬が一斉に駆け始める。

 この苛烈な一戦にデリツ街道駅のゲートは固く閉じられ、敵の逃げ込むことを許していない。


 いや、分かっているのだ。

 街道駅の商業ギルドも、敵を匿えば賢者の苛烈な攻撃を受けることを理解しているのだ。当然だ。この戦に介入すれば、中立などとの綺麗ごとは許さない。我も押し込もう。


「け、賢者様」


 付き従っていた農夫たちが駆け寄る。


「わしらは、この地を護れたのですね」

「はい。皆さんはこの地を、民を護ったのですよ」


 一変した穏やかな優しい声で答える。


「おれたちでも、やれたのですよね」

「そうです。それに、よく心の奥の妖を抑え耐えしのぎました。誇って下さい、皆さんの勝利です」


 賢者の言葉に、彼らの高揚した勝鬨の叫びが草原に沸き起こった。


「賢者様、わしは付いて行きます。連れて行ってください」

「おれも行きます」」


 次々に叫ばれる声に周囲は呑み込まれる。

 この状況で、四倍の敵を一瞬だ。どう考えても勝てる見込みがないと思っていたものを、簡単にひっくり返してしまったのだ。

 これだけの戦いで、こちらの被害は皆無に等しいとなれば、彼らが熱狂するのも分かる。

 我も感化されたように身体が熱くなるの感じた。


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