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伝令と警鐘雲

 


 街道を荷馬車を引き連れゆっくりと進んでいた。

 陽は傾き、長い影を伸ばしている。


「ジウル様、あそこがサナクトの町になります。ですが、ここも昨日のイナムの町と同じダイムズ公領地になり、協力は得られません。西に行けば、距離も稼げますし協力も得られますのに」


 トルムの声に顔を上げた。

 街道の先に、外壁に囲まれた町が見える。

 トルムはそれが分っていながら、なぜ賢者の意図に辿り着けないのだろうか。


「賢者のすることには理由がある。それを考えてみろ。それよりも、着くなり、編入された衛士の訓練をする。準備は任せるぞ」

「それは大丈夫ですが、今日もですか。ジウル様がそこまでしなくても良いのではないですか」

「命を懸けるのに、他の者に任せるのか」

「他の軍司長も同じです。ジウル様だけ、負担が大きすぎます」

「いいか、トルム」


 不満そうな副官を見る。


「賢者は印綬の継承者と同格だが、我らの忠はバルクス様にある。賢者もそれを知った上で、我とは対等に接しておる。その賢者が我に依頼するのは、賢者の信だ。そして我も賢者に信を置いておる」

「信でございますか」

「命を懸けるうえで、最も重要なことだ。同様に我はお前を信頼しておる、故にお前に頼むのではないのか」

「し、承知致しました」

「どうしたのだ、トルム。お前は賢者に対して何か含む所があるのか」


 我の言葉に、トルムが目を伏せた。


「最初は頭の固い、融通の利かない方と思っておりました。それが、あの方の言う通りに事が進み、人の心が見えるのを知ると怖くなりました。賢者様は全てを見通し、ジウル様を駒のように使い潰すのではないかと心配しています。王国を専横するために、この地を利用するのではないかと危惧します」

「駒のようにか。それが、バルクス様の役に立つのならば、我は構わない。それに、賢者に王権を専横するような欲は見えない」

「しかし、それでは」

「この状況を見ろ、トルム。賊は跋扈し、公貴は反乱し、周辺守護領主が介入するという。このままならばこの守護領地が摺り潰される」

「周辺守護領地の介入ですか」

「その為に、今は北に急いでいる。この後では、王宮も介入すると賢者は言っていた」

「それでは、すぐにでも恭順の意思を示すべきでしょう」

「誰に対しての恭順だ。女王が即位前にこの地にいた時、平民であるにも拘らずバルクス様は礼を尽くしたと聞く、即位後も膝を付き忠誠を誓った」

「ですが、それでも王宮が介入するのでしょう。再度、恭順の使者を出すべきでは」


 まだか。

 逼迫した状況で、人の真価が見えるという。トルムは、まだその視点でしか物事が見られていない。

 まだ、成長が足りない。


「公領主が忠誠を誓うは、王に対してだ。王宮官吏にではない。王宮はここを潰そうとしている、恭順を示す時ではない。力を見せ、正当性を見せる時だ」


 後は、トルムが自分で考えるしかない。


「町の裏手に野営をするから準備をさせろ。我らは賢者と一緒に町に入り、長老に会うぞ」


 我は先に馬を進め、町のゲートを潜った。

 厩の前には賢者が馬を馬夫に預けている。横に立って青ざめた顔で話しているのは、この町の長老だろう。


「どうしたのだ、賢者」


 長老が話している内容など、分かり切っている。


「この町の裏手に、野営します。水と食料をお願いしているところです」

「ですが、賢者殿。こちらにはそれほどの備蓄がありません」


 前日に野営を張ったニシコの町と同じ対応だ。賢者を相手に愚かなことを。


「集会宿舎横の倉庫に、保管しているものを分けて下さい」


 当然のように賢者が言う。

 この賢者が何の確証もなしに野営地を決めるわけはないのだ。


「倉庫のですか、あれは非常時の備蓄でして」

「今が非常時だと分からぬか」


 賢者に並ぶように前に出た。

 下らない言い訳を延々聞かされるのは、うんざりだ。


「軍司長には、食糧徴収の権限がある。そうなれば、倉庫の物を根こそぎ持っていくことになるぞ。賢者が穏やかに話しているうちに、決めた方がいい」

「そ、それではいかほど用意いたしますか」

「小麦と野菜を三分の一、分けて下さい」


 どこかほっとしたように言いながら、賢者が目を向ける。

 不毛なやり取りに。賢者も疲れていたのだろう。


「それでは、裏手に回るか」


 我の言葉に、再び賢者が馬に乗った。


「助かりました。ジウル軍司長」

「食料の徴収か、そんなもの時間を取られても仕方がない。必要ならば、交渉は我が行くぞ」

「いえ、食糧庫を開けさせるのは少なからず恨まれますし、王宮から言い掛かりも付けられやすいものです。それらは僕が適任でしょう」


 恨みも怒りも、全てを背負い込むのか。

 していることは分かる。賢者は王宮との全面対決へ向かっているのだ。


「だが、なぜ三分の一なのだ。どうせ、ダイムズ公の反乱のための糧食だろう、全てを徴収すればいいではないか」

「それでは、ダイムズ公は反乱できません。三分の二ならば、ぎりぎり反乱できますからダイムズ公の覚悟が分ります。それに、反乱を起こせば、僕たちに分けられた小麦で、ダイムズ公が手にした糧食も把握できます」


 賢者が笑う。

 なるほど、怖いものだ。

 覚悟の出来ない相手ならば潰すのは容易で、反乱を起こせばその糧食で行動日数が分るのだ。

 一手一手の読みが深すぎる。


「しかしな、それではダイムズ公は――」


 そこまで言った時、空を切り裂くように赤い雲が走った。

 警鐘雲。

 わずかに遅れて、その警鐘雲を追うように、ゲートを駆け抜ける騎馬が見えた。

 伝令を示す白いマントを赤く染め、落ちそうになりながら馬を止める。


「水と替え馬を」


 男は馬を下りるとその場に崩れた。

 すぐさま賢者が駆け寄り、男を抱きかかえる。

 荒く息をする男は、脇をやられているようだ。胸当ての隙間から血が流れ落ちていた。


「ジウル軍司長、胸当てを外して貰えますか。手が空いている人に、傷を洗う水と飲む水を持ってきて貰ってください」


 賢者がバッグから薬を出しながら言う。

 ここでの治療だ、状態は悪いのだろう。すぐに駆け寄り、血に濡れた胸当てを外していく。

 ルクスを破られ、槍で脇を貫かれている。時間は経っているはずだが、それでも血が溢れていた。


 胸当てを外して横にする男に、賢者は服を切り取り、傷口を洗う。

 だが、どこから来た伝令で、どこに向かうのだ。

 賢者が薬を塗るがそれでも血は溢れ、手早く張る聖符も赤く染まった。


 我が見ても分かる。これは危ない。

 今走った警鐘雲と関係があるのか、伝える内容だけでも知りたいが。

 遅れてトルムの持ってきたカップの水を賢者が受け取り、飲ませた。


 何かを言おうとしているが、声は出ていない。

 賢者はその男にルクスを送り込み、男は目を閉じた。


「どうだ」


 まさか、死んだのではないだろうな。

 慌ててその横に膝を付く。


「眠らせました。傷は深く、失血も多いです。僕が診ますので野営地に運びましょう」

「分かった。運ぶための板を用意させる」

「お願いします」


 言いながら、賢者はその手を男の額に当てた。

 あれは、賊の頭にしたのと同じだ。賢者は、男の意識を見ようとしているのだ。これならば、伝令の内容も即座に分かるだろう。


 しかし、この警鐘雲。

 王が即位してから二本目の警告。あまりにも早すぎた。


読んで頂きありがとうございます。

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