反乱討伐
街道の奥から現れた集団は土埃をなびかせて止まった。
メルナス城塞都市の手前。
風になびく旗は白地に赤の三本線、バルクス公領主様と同じエルドナ家の紋章だ。
「バルミス公ですね」
トルムの声が流れた。
賢者の口にした通り、数は二千ほどだろうか。それぞれが甲冑に身を固めている。
しかし。
「数は多いが、統制は取れていないな」
公領主の弟、有力公貴と言っても地方公貴に過ぎない。常備している衛士は百人ほどだ。
残りの者は領地からの徴用とかき集めた賊からでもなっているのだろう。
「それに、勢いもない」
「迷っているのです。この反乱は天逆になるのではないかと」
賢者の言葉に、
「そして、それはこちらも同じか」
慌てたように混乱する警吏たちを見る。
大義はあっても士気は低い。警吏と名の付く仕事だが、していることは賊と変わらないのだ。
領地の為に、民の為に、自らの命を懸けて戦う者などいないのだろう。
賢者の言っていた通りに進んでいく。全てが彼の手の上で踊っているようだ。
賢者が手を上げ、光球を出した。
ただの光球ではない、青く輝く光球。
それが空に放たれ、青い天蓋のように四散し広がる。
「それは」
「左右に展開した軍司への合図です」
合図。この先の道筋まで、いや、当然だろう。この賢者ならば、その先まで読み切っていても不思議ではない。
しかし、左右に振った衛士が大半で、この高台に残るのは我ら百人ほどしかいない。柵も前面に張られてはいるだけだ。
正面から来られれば支え切れず、我らは瓦解するしかなかった。
いや、考えても仕方がない。ここは賢者に任せるしかないだろう。
赤く三本の線が刻まれた旗が動き出した。
城塞都市の外壁の上に並ぶ自警団と対峙するように一部を残し、残りはゆっくりと進んでくる。
わずかに遅れて、それに押されるように警吏たちが土塁を放棄して街道へと逃れだした。
数人が逃げ出すと堰を切ったように他の警吏たちも走り出す。街道に出てそのまま離れるように南へと逃げていく。
同時に敵はそれを追うように動き出した。
違う。向かってくるのはここだ。
途切れた土塁をよけ、真直ぐに高台に進んでくる。
全員に緊張が走った。
無理もない、これは妖獣の討伐でも賊の討伐でもない。仮にも武装した衛士同士の命のやり取りだ。
賢者を信じて守り抜くしかない。
腰の剣に手を掛ける。
向ってきた敵は手前で大きく左右に分かれた。正面の柵を避けて解放されている左右からここに向かって来る。
次の瞬間、麓の左右で喊声が上がった。
合図はこれだったのか。
高台を駆け下りた味方の衛士が、敵の中段に襲い掛かる。
その時になって、初めて築いた土塁の意味も分かった。
あれは、迫る衛士が見えないようにした目隠しだった。
駆け上がってきた敵の足が止まり、迎え撃つために引いていく。
「では、こちらも動きましょう」
賢者は静かな声で言いながら、前の柵を押した。
それだけで柵が倒れる。
正面の柵は、ただ立て掛けておいただけのダミ―。しかし、それを理解するよりも早く、足は動いた。
声を張り上げ、背を向けた敵を追う。
背後を左右から奇襲されて迎え撃つはずの敵は、我らに後ろを取られ混乱が広がっていくのが分った。
高台の坂道は踏み止まるのを阻害し、広がる混乱は敗走へと導いているようだ。
柵を迂回するように広がった敵も足を止める。
そこに見えるのは戸惑いと怯え。賢者が狙っていたのはこの状況か。
賢者が再び光球を放つ。碧の光が空に広がり、向かう先で声が上がる。
見ることは出来ないが、理解は出来た。城塞都市の自警団が討って出たのだ。
これで混乱は広がるばかりだろう。
柵を迂回していた敵もこちらには向かわずに逃げ出し、前を行く敵は潰走に変わった。
坂道に足を取られ、倒れていく。
追いつく敵に剣を振るった。ルクスを瞬かせ、そのルクスを削る。敵はそのまま倒れ込みながら逃げていく。
これが、勢いのないという事。檄文の効果。
賢者は左右に戦杖を振り、敵を地に伏せさせ、道を開いていた。
たちまち丘を駆け下り、真直ぐに掲げられた旗に向かう。
木が裂けるように、石が割れるように、道が出来ていくようだ。
我は再び声を張り上げた。
胸にこみ上げてくるものを抑え切れず、声を張り上げる。
続くトルムたちも同じだ。
これが、勢いがあるということ。この世界で怖いものなどないと思え、我らが最も強い存在だと信じるほどだ。
先を駆ける賢者が走る向きを変えた。
その意図することは即座に理解できた。
敵の退路を断つ。
正面は左右から押し出してきた味方が粉砕する。後方は自警団が抑えにかかる。
逃げるとすれば左右しかないが、左翼の味方が突出しているから右に向きを変えたのだ。
この広い視野と瞬時の判断。この賢者は信用できる。命を任せられる。
トルムに目をやった。
周囲を確認しながら敵を追っている。周りの状況を見られているようだ。
彼にも理解できただろうか。この賢者の凄さが分かっただろうか。
逃げ惑う敵を制圧しながら、賢者はまだ掲げられている旗へと再び向きを変えた。
それを追う我の眼前を剣が掠める。
この撃ち込みの鋭さはバルザス公直隷の衛士だ。公の逃げる道を拓くのだろう。
剣を持ち直し、撃ち込む。
ルクスが瞬き、相手の剣が火花を上げた。敵のルクスは削られている。これならば鍛え上げられた衛士も容易に打ち倒せる
撃ち込んだ剣を滑らせながら、手甲に剣を叩きつけた。
衝撃に敵の手から剣が落ちる。それを蹴り飛ばし、次の敵に剣を突き込む。
その傍らで、賢者が敵の旗を奪った。同時にそれが火を上げる。
燃える旗を手にした賢者の周りには、うずくまる衛士たち。その足元に腰を落とし、震えているのはバルミス公だ。
我が敵に集中し目を逸らした一瞬に、賢者はこれほどの衛士を制圧したのか。
燃え上がる旗に、わずかに遅れて歓喜の声が弾ける。
それは周囲を震わせ、抵抗していた敵も逃げ出そうしていた敵にも膝を付かせた。
会敵してまだ時間は立っていないはずだ。それが半分にも満たない数で敵を討ち取った。目の前のこの光景が信じられない。
広がった歓喜の声は歓声となる。
「賢者、これは」
「これが勢いというものです。それよりも、すぐに処理に掛かります。反乱衛士の武装解除をお願いします」
「わ、分かった」
この勝利に酔うことない静かな声だ。
トルムを呼び、すぐに全員で敵の衛士を集めに走らせた。
「だが、彼らはどうするのだ。メルナスが城塞都市といってもこれほどの反乱衛士を収容する牢はない」
「集めた反乱軍は三つに分けます。反乱の首謀者、ルクスの汚れが酷い者、強制徴用をされただけで、僕たちに協力できる者です」
「この反乱衛士は、我が見るだけでも犯罪者の集まりだ。三つに分けてもやはり牢は足りないだろう」
我の言葉に、賢者が笑みを見せた。
「この側に、賊のアジトがあったはずですよ」
そうか、誘拐した子供を収容する檻を使うのか。
「なるほど、あいつらにとっては自業自得だな。だが、その監視はどうする」
「逃げずに踏みとどまった警吏もいます。その気概を持つ者ならば、大丈夫でしょう」
「そうだな」
我はそこまでしか言えなかった。
なんて奴だ。
そこまで考えてのこの布陣か。
意図を理解しようと思うが思考が深すぎる。
これは我の手では負えない
「すぐに手配をしよう」
我に出来るのはその補助のみか。
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