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現状

 

 街道を駆け、真円の月が空に上がった頃、ケルミの城塞都市が見えてきた。

 門は閉められている時間のはずだが、大きく開かれて数人の人影が見える。

 先駆けした騎士が連絡を入れたのだ。


 僕たちが門を抜けるとすぐに門衛たちが手綱を抑えた。

 馬の息も荒く、僕も身体中が強張ったように痛い。二日間、ほぼ休みなしで駆け抜けてきたのだ。ジルムたちと並んで身体を伸ばす。


「賢者様。公領主様がお待ちです」


 その僕たちに走り寄ってきたのは、紺色の地方官吏政務服を着たリベルだ。

 彼女は嬉しそうに笑う。

 その笑顔は僕も嬉しい。疲れも消えていくようだ。


「元気そうですね」

「はい、これも賢者様のおかげです」

「いえ、リベルさんの頑張りですよ」

「ありがとうございます。皆様お疲れでしょうが、公領主様がお待ちです。こちらにどうぞ」


 リベルに案内されて、通りを進んだ。

 両側に並ぶ外灯と建物の明かりに周囲は照らされ、光球を出す必要もない。


「ところで、賢者様。フレア女王様は大丈夫ですか。警鐘雲がすぐに走りました」


 しばらく進むと、リベルが小声で尋ねてきた。

 空を割るように走った警鐘雲だ。彼女も心配している。


「女王は、これから舵取りを学ぶところです。才は十分にありますから、学ぶきっかけさえあれば大丈夫です」

「学ぶきっかけ。でも、国の舵取りでしたらそのきっかけはどういうものなのですか。切羽詰まるとしたら、警鐘雲だと思うのですけど」

「女王はまだ左右すら分からない玉座に居ます。警鐘雲も出さされたというべきでしょう。ですが、それでも大丈夫です。きっかけは僕が作りますから」


 通りを抜けて、公領主館の門を潜った足はそこで止まった。

 広場に立っているのはバルクス公領主。


「よく来てくれました、賢者様」


 バルクスが手を広げる。

 この夜中にわざわざ表に出て待ってくれていたようだ。


「遅くなり申し訳ございません」


 胸に手を当て、礼をした。


「とんでもない、手紙での指示は助かりました。疲れているところ悪いですが、手紙だけでは分からないこともあります。これからでも、打合せをお願いしたい」


 バルクスの言葉に、

「それは、我も参加させて貰いたい」

ジウルが先に反応する。


「内容は知らないほうがいいです」


 僕はジウルに目を向けた。

 その僕の目をジウルが真直ぐに受ける。

 これは、覚悟をしている者の目だ。


「戦だろ。賢者も戦場に出るなら単騎ではどうしようもないだろう。我らを使え」

「軍司長の覚悟は分かりましたが、部下の方はどうなのでしょうか」

「賢者も存外、気を使うのだな。構わぬ、死ねと言われれば死に行く者たちだ」


 口元は笑みを見せるが、その目は笑っていない。

 不穏な話に、アベルが後退る。


「いいだろう。ジウルも来るといい」


 答えたのはバルクスだ。


 同時に、

「トルム、皆を宿に案内してやれ」

その背を追いながらジウルは振り向きもせずに声を張った。


 彼らは腹を括っている。

 それは、自らの領民を護るための覚悟だ。

 しかし、僕の覚悟は女王を導くため。この守護領地を血に染めて、彼らを贄にして、女王を導かなければならない。


 館の廊下を抜けて、広間に入った。

 領主館自体は小さなものだが、広間は他の守護領地にも負けないほどの広さを持っている。


「まずは、これを渡したい」


 バルクスが出したのは、小さな箱だ。

 開けなくても何が入っているかは分かる。遠隔書式の水晶が埋め込まれたペンだ。


「これからは、連絡を密にしたい」


 その言葉に箱を受け取る。

 遠隔書式のペンは、数シリングもする高価なもの。それだけ、バルクスも追い詰められている。

 いや、それはバルクスだけではない。フレア女王も、この国も追い詰められている、


「早速ですが」


 バルクスが壁に掛けられた地図の前に立った。


「ジウルにも現況を知ってほしい。賢者様、説明をお願いできますか」


 その言葉に、僕は頷いた。


「この誘拐事案は、バルクス公領主の失脚と奴隷売買による利益が目的です。それをする為にも大規模な誘拐が必要になり、拠点を用意しました」

「賊の頭を覗いて見たという、地方公貴のバルミス公だな」


 ジウルの言葉に、バルクスの顔色が変わる。


「覗いて見たというのは」

「人は、心も意識もルクスに満たされています。その意識にルクスを打ち込めば、満たされていたルクスは攪拌され、蓄積された記憶は舞い上がります。特に、隠したい記憶や良心に反した記憶ほど浮き上がってくるのです。それを見ることで、自らの心に影響なく他人の記憶を見ることが出来ます」

「その賊の記憶に、バルミスのことがあったのですか」

「はい。その賊を唆したのは、頬の痣の上に傷のある公貴でした」

「そうですか。バルミスは、弟です」


 バルクスの肩が落ちた。


「それでは、バルクス公の失脚というのは、バルミス公の責任を取らせてのことか」


 ジウルの声も重い。


「いえ、彼らの目的は誘拐した子供の一部を救出することでしょう。そうすることで、子供の買受証を問題にし、自らの正当性を示せます」

「バルクス様の名が記された、偽造の証明書か」

「はい。そうなれば王宮も関与し、バルクス公の罪を確定するのに時間も必要ありません」

「だが、それは賢者の助言により阻止されたな。それでは、次はどう動くと見ているのだ」

「討伐した賊の一部を自らの無垢の民だと言い張り、内乱を起こすか。跋扈する賊の鎮圧を理由に内乱を起こすか」

「しかし、その程度の数ではすぐに鎮圧される。そこで、後ろにいる者が動くのだな」


 ジウルが楽しそうに言う。


「おそらくは、近隣の守護領地から公貴の応援でしょう。動くのは、公貴大司長のハリオス公」

「その要請をするのは、バルミスか」


 バルクスの重い声が響いた。


「兄の専横と強権を憂い、領民の救済のために立ち上がった弟として旗頭になるでしょう」

「この地の内乱は避けられないか」


 続く重い声に、僕は口を閉じた。

 止める手段はある。先に旗を潰せばいい。

 賊との繋がりを示せば、容易に鎮圧できるだろう。しかし、それでは女王が覚醒するきっかけにはならない。王宮の腐敗を取り除けない。


「動員できる総数は、どれほどおられますか」

「軍務司で六千です」

「警務司も動員し、自警団も使います」

「自警団はいいですが、警務司はだめですね。腐敗が酷く、手を焼いています」

「構いません。この機会に全ての膿を出し切りましょう。警務司はどのくらいの数です」

「四千だな。そのうちに使えるのは千にも満たない」


 答えたのはジウルだ。


「分かりました。それでは檄文を全ての軍務司、警務司、城塞都市から集落に至るまで送ります」

「檄文、そんなものが役に立つのか」

「こちらの大義を明確にし、民に印象付けます。そして、これは周辺守護領地に対しても喧伝になり、公貴に対しては牽制にもなります」


 僕の言葉にジウルが大きく手を叩いた。


「なるほど、先手を打つわけか。地方公貴が反乱を起こす大義を先に摘み取り、如何に公貴が騒ごうとも民の心は離れて行く」

「その署名は、僕が行います。これは、僕からの警告ですから」

「それは、公貴の後ろにいる者への警告か。それで、警告が無視された時、この内乱の落し所はどこなのだ」


 ジウルの声も重くなった

 本当に聞きたかったことは、そこなのだろう。

 ジウルは経験から、この内乱が拡大することを知っている。そして、そこに勝ち目などないことを知っている。


 どこを落し所にするのか。派手に内乱を広げ、王宮が関与をした所で僕と印綬の継承者、それに女王を交えての鎮圧。そこを考えているのだろう。

 しかし、それでもきっかけにはならない。


「その説明の為にも、明日からの配置をお伝えします」


 僕は壁に掛けられた地図に足を進めた。


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