討伐
夜空に揚げた光球は,町を浮かび上がらせていた
周囲から響いてくるのは、鋼の撃ち合う音と怒号。
その中を僕とジウルはゆっくりと足を進めた。
既に大勢は決している。町のゲートで小競り合いをしていた賊は背後を強襲され、混乱するしかなかった。
町の平民を襲う賊は、ろくに防具も付けていないのだ。完全武装の衛士を相手に、ルクスは削られ、血を噴き上げて倒れていく。
ゲートの先にある柵を開けて貰い、僕とジウルは町の中に入った。
「それではここで休み、明日の早朝に出立だな」
闘争は既に終わったように、ジウルが言う。
「そうですね。先を急ぎたいのですが、馬が持ちそうにありません」
その言葉に頷き、通りの奥へ足を進めた。
町の造りはリウザスと同じだ。通りを真っ直ぐに進むと、しばらくすると見えてきたのは、広場と集会宿舎。
建物の前にいるのが、この町の長老だろう。まだ若い男だ。
「軍司長様ですか。この町の長老を務めております、ナルハと申します」
光球に照らされたジウルに、長老が駆け寄る。
「賊はもう片付く。我らにこの宿舎を利用させてもらいたい」
「もちろんです。本当にありがとうございます」
「礼は我にではない。この賢者にするといい。賢者がここが襲われることを察知して、イプロスから駆け付けた」
「こちらの賢者殿がですが」
異種族の者が、鎧の上にローブを纏っているのだ。不審な目を向けるのも無理はない。
その目を真っ直ぐに受けながら、
「怪我人がいればこちらに。治療をします」
僕は足を進めた。
「いえ、軍司長様がすぐに助けに来てくださったお陰で、怪我人はおりません」
長老が僕から目を逸らし、ジウルに言う。
「長老。賢者は創聖皇から唯一、印綬の継承者と同格と認められた方だ。安心しろ」
背後からジウルの声が聞こえた。
「そ、そうなのですか。唯一、印綬の方以外で天籍に入られたというお方ですか」
慌てたように、ナルハが片膝を付く。
「噂では聞いておりましたが、お目に掛かれるとは思ってもみませんでした」
「挨拶はいいです。それよりも、賊の討伐も終わります。急ぎましょう」
頭を下げるナルハを起こした。
それを待っていたように、
「賊の掃討は完了しました。逃げようとした頭は取り押さえています」
男が走り込んでくる。
「頭か、どうせ口を割らんだろう。殺してしまえ」
即答するジウルに、僕は手を上げて止めた。
「僕に会わせて下さい」
「それはいいが、賊は喋らないぞ」
「構いません。少し試したいことがあります」
「そうか、いいだろう。トルム、その者を広場に連れてこい」
「分かりました。後の始末は如何しますか」
「そうだな。長老、後の始末は町の自警団に任せてもいいな」
なるほど、軍司長だけあって判断も的確で早い。
「大丈夫です。すぐに、動かせます」
その言葉に長老が頷き、集会寄宿舎の扉を開ける。
ジウルに続き、僕も建物に入った。中の造りもリウザスのものと同じようだ。
「それでは、ジウル様。頭を引き立てますが、衛士たちは裏手の井戸で身体を洗わせ、先に休ませてもよろしいですか」
「トルム、おまえに任せる」
「分かりました」
その背を見送り、ジウルは僕に目を移す。
「しかし、本当に襲ってきたのだな」
「はい」
「それで、頭からは何を聞き出したいのだ」
「全てです」
「全てか、その尋問に付き合わせて貰ってもいいか。賢者のやり方を知りたいのでな」
「構いません」
僕は集会所の広間に荷物を置くと、入ってきた扉に足を戻した。
広場に戻るとトルムたちに取り押さえられた男が見えた。
革の簡易な鎧を身に付けた怯えた様子の男。
「この者が、頭なのか」
ジウルが戸惑ったように言う。
確かに、この男の様子を見れば何かの間違いだと思うだろう。しかし、その様子とは裏腹に、男のルクスは輝きも見えないほどに汚れている。
赤と黒の靄に覆い尽くされているようだ。
僕は目線が合うようにその男の前で腰を屈めた。
「な、なんですか。あなた方は」
震える声で聞いてくる
「止めましょう、そういうのは。僕には通じませんから」
「何のことを言っているので、おれはただ一味に誘われただけです」
「あなたと話をする気はありません」
男の額に手を伸ばす。
引き寄せながら男のルクスに潜り込み、意識の中にルクスを撃ち込んだ。
瞬間、掻き回された意識の奥から記憶の断片が舞い上がってくる。
悲鳴を上げて逃げる女に剣を叩きつける記憶、老人を殴りつけ金を奪う記憶、泣き叫ぶ子供を引っ張っていく記憶。
そして――囁いてくる公貴の記憶。
カルマス帝が僕を探る時に使ったルクスの技法だ。
意識の中に自らが入っていないために、その時の感情などは流れ込んではこない。その記憶に心が流されることはないが、それでも気分は悪くなった。
これ以上は見ていられない。
僕は手を離した。
男は崩れながらもその目を向けてきた。
怯えの仮面は既にない。あるのは憎悪の顔だ。
「てめぇ、おれの意識を覗きやがったな」
意識が掻き回され、様々な記憶が浮かび上がったことで、僕の目的を察したのだろう。
しかし、それに対して僕自身に後ろめたさはない。
これらのことは話さないだろうし、それ以前にこの男に蹂躙された者たちが、浮かばれない。
「あなたは、やり過ぎました」
「何だと」
「あなたの記憶には全てに妖の紅い爪痕があります。それは、意識はおろか魂にまで刻まれた妖の傷です」
「だから何だってんだ」
「死を迎えても楽にはなれません。その魂はルクスの河に焼かれます」
僕は立ち上がった。
まだ何かを叫ぶ男を衛士が引っ張っていく。
「どういうことですか、何をしたのです」
慌てたように尋ねてきたのはトルムと呼ばれた男だ。
「あの男の思考と記憶を見ました」
「そんなことが、出来るのですか」
「僕も初めてです」
答える僕に、
「賢者。この者は我の副官を任せてあるトルム軍司だ。トルム、こちらが以前に話した賢者になる」
ジウルが紹介する。
「アムル賢者様、噂は聞き及んでおります」
トルムが深く一礼した。
「それよりも、軍司長。左頬の痣の上に傷のある、エルミの血の入った四十代くらいの公貴を知りませんか」
「知っているとも、北部の公貴、バルミスだ。あの傷はな、民を私するその横暴さに、バルクス様が怒って打ち付けた傷だ」
ジウルが吐き捨てるように言う。
「恨みがあるのですね」
「逆恨みだ」
「公領主館に急がないといけません。明日の夜明けにはここを出ます」
「何かあるのか」
「先ほど見たあの者の記憶に、その公貴がいました。賊を焚きつけたのはそのバルミス公です」
「だが、あいつは小物だ。この守護領地をどうにかできる器量はないぞ」
「その公貴も駒なのでしょう。その後ろに隠れている者がいます」
「それが誰か分かったのか」
「まだ、分かりませんが炙り出します。それよりも、次の動きがあるようです」
「次の動きか。やはり、戦だな」
ジウルが笑う。
やはり、この軍司長は察しが早い。
勘がいいだけではない。理屈でなく、経験に裏打ちされた感覚でこの状況を理解していた。
「よし、先駆けを出そう。どんなに急いでも公領主館に着くのは明後日の夜中だ。門が閉められている時間になる」
ジウルが指示する声を聴きながら、僕は鎧を外した。
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