迎え
衛士から返された旅札を受け取った
ボルグ・ロウザスの名が刻まれた旅札だ。それを外套のポケットに収め、手綱を握る。
荷馬車を進め、ゆっくりとイブロスの関を抜けた。
中北守護領地。
石畳の街道は真直ぐに伸び、通りの両側に宿と倉庫が並んでいる。
近北守護領地よりも人々に活気が見えるのは気のせいではない。ここは他の守護領地に比べてまだ税は軽く、抑圧もされていないのだ。
荷馬車を進める僕に、鎧に身を固めた三騎の衛士が進んできた。
彼らが迎えの衛士だろう。
先頭の壮年の男には見覚えがある。
「まさか、ローブを脱いで荷馬車とはな」
男が驚いたように言う。
「これは、ジウル軍司長。バルクス公領主様から迎えが来るとは聞いていましたが、ご無沙汰しています」
「ほう、我の名を覚えていたか」
ジウルが馬を並べた。
「もちろんです。ベルノ集落では、お世話になりました」
「世話になったのはこちらだ。それに、賢者の指示書を見て興味が湧いてな、我が迎えを買って出た」
指示書、手紙に書いた賊の拠点のことか。
「バルクス様に聞けば、地図を見ただけで拠点を記してきたとか。賢者がどういう意図でそこを示したか、バルクス様は説明していたが我には分からなかった。しかし、我にはそこに拠点があったということだけで十分だ」
「それでは、軍司長は拠点を叩かれたのですか」
「そうだ。隠蔽された小屋だったが、地下は広く誘拐した子供の収容施設になっていた」
「それは、外北との領境の近くですか」
「分かるのか」
「予測はつきます」
「なるほど、頭の出来が違うな。考えることは賢者に任せるとしよう。それで、なぜ荷馬車で来たのだ」
「荷物もありますし、目立ちたくはありません。ローブに王宮馬車では、目を引きすぎます。余計な騒ぎも起こりますので」
「目立ちたくないか。確かにそうだな。賢者は王宮からは嫌われているようだからな。しかし、それでは足が遅い。この先の宿に我の隊が控えている。そこで乗り換えよう」
僕の言葉に何かを感じ取ったように、ジウルが笑う。
勘の鋭い人だ。
「分かりました」
「それで、持ってきた荷物とは何なのだ」
「下賜頂いた甲冑になります」
「そうか、創聖皇から与えられたか。さすがに、印綬と同格だな」
「恐れ多いことです」
「畏れるのもいいが、まずはその宿までだ」
目の前に見えてきた宿に、ジウルが馬首を向けた。
荷馬車を進めるとすぐに馬夫が駆け寄り、手綱を抑える。
「こっちだ」
ジウルに案内され、荷馬車を下りると宿の中に足を向けた。
この宿は、ジウルたちが借り切っているようだ。入った一階の食堂は鎧に身を固めた衛士たちが並んでいる。
集落で治療をした何人かもおり、彼らのルクスに淀みはあるが穢れは見えない。
ジウルの選別した精鋭たちなのだろう。
「どうしたのですか、これほどの人数」
「我の指揮下の街道守備隊の一部だ。三日前から賢者を待っていた」
「皆で、ですか」
三日も前から。ここに来る前に少し寄り道をしたが、遅れたのは一日だ。それを考えてもこの守護領地が逼迫しているのが分かる。
「我と巡回衛士隊三十二人で賢者を案内する。馬は乗れるか」
「大丈夫です。それで、状況を教えて貰えますか」
「指示された拠点は全て押さえた。既に百人以上の賊を殺し、数十人を捕らえている。それでも、賊は果断なく守護領地を荒らしている」
「集団の規模はどのくらいです」
「数十人。守護領地の南寄り、この辺りに集中しているな」
この周囲か。
「分かりました」
僕は外套を脱ぎ、荷馬車に積んできた箱を開ける。
収められているのは、深紅の甲冑。それを膝当てから付けていく。
「それが、創聖皇から下賜されたものか」
「はい。正直戸惑っています」
「まるで、戦を予見しているかのようだな。しかし、賢者は甲冑を付けるのには慣れていないな。手伝おう」
腰当てを付ける僕の後ろで、ジウルが背当てを付けてくれる。さすがに軍司長だけあって手慣れたものだ。
実際、甲冑を身に付けるのは初めてなのだ。
胸当てを付け、肩当てを付ける。
思ったよりも重くはない。身体も動きやすかった。
「少しいいですか」
近くの椅子の腰を下ろし、大きく息を付くと目を閉じる。
すぐに第一門に入り、意識は広がっていった。イプロスの関を見下ろし、南に向かう。
伸びる街道に人影はなく、やがて周囲を板囲いした町が見えた。
リウザスの町での防衛戦を教訓にしたのだろう。門の内側に足場が組まれている。
その先に進むと再び町が見えた。同じように板で囲われた町だ。
そこで意識の目が止まる。
町の裏手、森の奥に五人の人影が見えた。武装した五人は、森の奥から町を窺っているようだ。
あれは、マイルという町。
目を開けると、
「どうしたのだ。疲れているのではないか」
ジウルの心配そうな顔でのぞき込んでいる。
「大丈夫です。それよりも、急ぎ公領主館に向かいますが、ついでに掃除もしていきましょう」
「掃除というのは」
「ここより北にマイルという町があります。賊はそこを襲うはずです」
「どうして、そんなことが分る」
「先遣隊らしき五人が集落を囲むように潜んでいるのが見えました」
「見えたとは」
「皆さんもやがて学ぶことになります。心に向き合い、意識の奥にある第一門に行けば、意識は広がり、遠方のものまで見ることが出来るようになります」
「そんなに、遠くのものが、か」
「はい。それに、皆さんエルグの民は、心の奥に潜む妖と対峙し、それを抑えることで妖をルクスに変えることできます。エルグの民には、他の種族にはない可能性を持っています」
話している内容の全てを理解はしていないようだが、エルグの民だけの可能性という言葉に彼らの顔が上がった。
そう、彼らは劣った種ではないのだ。自信を持たなければならない。
「賊がマイルの町を襲うのは日が暮れてからになりますが、時間がありません。急ぎましょうか」
甲冑の上からローブを羽織り、背負うように戦杖を掛けた。
「分かった。賢者の荷馬車は後で引き取りに来させよう」
すぐに彼らが動き出し、馬が引き出されてくる。
僕も用意された馬に乗った。
「それでは、マイルに急ぐ」
ジウルを先頭に馬が駆け出す。
「それで、どのように賊を討つのだ。我らよりも数は上かもしれんぞ」
ジウルが振り返った。
「着く頃には陽は落ち、賊は町の防衛足場で撃ち合っている頃でしょう。そのまま背後を突きましょう」
「なるほど、余計なことを考えずとも背後を突けば崩せる、だな」
僕は、馬をジウルの斜め後ろに付ける。
「ところで、攫われた子供はどのくらいいましたか」
「保護したのは三百人。両親を殺された子供も多い」
三百。この守護領地を摺り潰す気だ。
「ならば、容赦はいりません」
その言葉に、ジウルが不敵な笑みを見せた。
「もちろん、そのつもりだ」
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