ジウルの苦慮
「ジウル様、これは」
掛けられた言葉に、ジウル自身も溜息しか出てこない。
小高い丘の木々の奥、枝葉で隠すように建てられた小屋が見えたのだ。
「あの賢者の言葉通りだ」
「あの賢者というのは、印綬と同格のアムルとかいう賢者様ですか」
「そうか、トルムはベルノ集落での賢者を見なかったのだったな」
傍らの副官に目を移した。
「ルクスが安定して一、二年の若者だが、医術にも長けていてな。街道で襲われたわしらを治療してくれた賢者だ」
「その若さで、賢者様なのですか」
「芯の強そうな者だとしか思わなかったが、ここまでとはな」
正直、ルクスの強さは感じなかった。謝礼の金貨を返す姿に、背伸びをする子供だとも思った。
それが、どうだ。
リウザスの町で正規軍の寄せ手を平民の力を動員して撃退したと聞いた。
瀕死に見えた少年の妖をルクスに変えて、助けたと聞いた。
挙句には、印綬の継承者以外で初めて天籍に移り、印綬の継承者と同格の扱いを受けたという。
わしに、人を見る目がないということだ。
「それでは、これも」
「賊のアジトをバルクス様に手紙で伝えてきたらしい。この地を見て回ったわけでもないのにな」
「それでは、ここは賢者様が指摘された場所なのですか」
「そういうことだ。トルム、隊を四つに分けて建物を包囲する。正面以外は四人ずつで構わない、決して気取られるなよ」
「承知致しました。すぐに編成をします」
トルムがそっと離れて行くのを見送り、木に背中を預ける。
本当に、これが必要になるとは思いもしなかった。身に着けた甲冑の留め金に手を当てる。
バルクス様の話では、こういう拠点の指示は数十箇所もあったと聞く。子供誘拐の拠点になるそうだが、そこまでの大掛かりなものなど有り得ないと思っていた。
これは、賊のレベルではない。
裏で、何かが動いている。
そして、賢者がそれを察知し、この守護領地を護ろうとしていることになる。
同時に、しかしとも思う。
王権移譲から二日おいて警鐘雲が走った。王が変わって、こんなにも早いのは初めてだ。
今の王は、集落で見た平民の女だと聞いた。何も知らない無学の女。これでは、王の廃位は早い。
公貴も王宮官吏も甘くはないのだ。
それでは、この中北守護領地は、自分は、どう立ち回ればいいのだろうか。
「ジウル様、配置が完了しました」
トルムの声が流れてくる。
「そうか、では正面から突入する。屋内戦になるから、タガーを使え。後は同じだ、三人で一人を討てばいい。準備しろ」
身体を起こすと腰から二本のタガーを抜いた。
後ろに続くのは十七人。イスバル関の街道で手痛く叩かれた後、鍛え直した精鋭たちだ。
「一気に潰す。続け」
声と同時に地を蹴った。
丘の一部のように見える小屋に駆けると、その勢いのまま扉を蹴破る。
厚い木の破片をまき散らし、飛び込んだ部屋には六人の人影。
同時に左右を衛士が駆けて行く。
屋内にいたのは、腰に剣を下げた男たちだ。防具もなく、狭く屋根の低い建物ではその剣も振るえない。
たちまちルクスを削り、噴き上がる血が見えた。
これでは、わしの出番はない。
建物を見渡した。
壁の一部は石造りで、目立たぬようにか梁も低い。まだ、造られて間もないことを木の香が教えていた。
拠点とは言っても、これではそこまでの賊も収容できそうにない。この場所を予測したことは凄いが、賢者も見誤ったということか。
すぐ近くに見えた椅子を引き寄せ、腰を落とした。
わずかの間を置いて、闘争の音は消える。聞こえてくるのは、賊の苦しげな声だ。
ここは破壊して撤収をし、街道警備に戻るべきだな。
立ち上がり、引き寄せた椅子を動かす。
と。その床に目が留まった。
最初にこの椅子の置かれた床だけが、僅かに色が違う。何度も人が触った跡の見える床。
そこに足を進めて、床に手を当てた。微かに動く。
跳ね上げ式の隠し扉。
「トルム」
倒した賊を調べる副官を呼びながら、床を引き上げた。
現れたのは地下へと掘られた竪穴だ。梯子が掛けられ、暗い底へと続いている。
光あれ。
ルクスで光を浮かべながら、その梯子を下りた。すぐにトルムたちも続く。
降りた先で、足は止まった。
竪穴の奥に地下室が広がり、幾つもの木の檻で部屋のように仕切られている。分けられた檻だがほとんどが空いたままになっており、一番奥の檻には五人の子供が入れられている。
すぐにトルムたちが走り出す。
なんだ、この大掛かりな設備は。賊ごときが作れるものではない、その範疇を遥かに超えている。
「ジウル様、五人を保護しました。これから、事情の聞き取りを行います」
「待て」
これだけ広い牢を築きながら、小屋にいた賊は六人だけだ。
賢者はここを拠点と言った。
ならば、ここは誘拐した子供の一時的な収容施設ではないのか。ある程度の人数が集まってから、まとめて運び出す拠点。
それならば、付近にいる実行部隊はここに子供を運び入れることになる。
「すぐに、子供たちを移動させる。事情は道中で聞き取ればいい。三方に伏せさせた隊をここに駐留させ、訪れた者を引き入れて捕縛しろ。歯向かえば殺してもいい」
「承知しました。子供はどちらに移動しますか」
「イスバル関が一番近いな。それと、扉を直し、生き残った賊を取り調べろ、手段は選ばなくてもいい」
ここで見つけた子供は五人だが、これから大規模な誘拐を行っていくということなのか。
梯子を上り、小屋に戻ると再び椅子に腰を下ろす。
周囲では衛士たちが荷物を広げ、奥では傷を負った賊を打ち据えながら取り調べていた。
騒がしいが、この方が集中できる。
「ジウル様、こんなものが見つかりました」
衛士が箱を抱えてきた。
木箱の中は大量の赤札と書類の束だ。
この赤札は、親から子供を買い受けた証として首にぶら下げさせるもの。書類は。
「買受証明書だな」
その束を取った。
売主は空白だが、買主は商業ギルドの名がそれぞれに記載されている。
発行主は、この中北守護領主、近北守護領主、それに王都の政務事務所のものになり、サインまでも記入されていた。
偽造に間違いはないが、使われている書類は正式なものだ。
これを見せられれば、わしとて通行を許可するだろう。
「如何なさいますか」
「これらはすべて押収しろ。賊どももまとめてイスバル関に連行する」
これは、裏には大きな組織が動いている証だ。
そして、戦を仕掛けているのと同義だ。
「トルムはわしと公領主館に行き、バルクス様に報告する。残りの者はイスバル関で尋問を続け、こことの連絡を密にしろ」
「承知しました」
「賊が動き出すのは、日が暮れてからだ。その前にここを出るぞ」
自分の口から出る賊という言葉に、気が滅入りそうになる。
賊なわけがないことは分かっている。これには、公貴や王宮までも関わっている。戦を仕掛けられているのだ。
自らの弱気に、気が滅入る。
なにが、これからの立ち回りだ。
これは穏便に収まるようなことではない。そして、この戦に勝ち目はなかった。
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