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最後の講義

 

 マデリが立ち上がるとぼくの前に厚い資料を置いた。

 懐かしいマデリの顔だが、今のぼくにはその顔を見る余裕はない。

 ぼくは置かれた厚い資料を避けて、手元の書類に目を落とした。

 シムザが書いたこの会議用の想定問答集だ。


「妖獣からの護衛に危険手当、国土はまだ不安定でお金は掛かる。通常の予算と比べられても合うわけがない」


 それを読むぼくの言葉に、侍従のダクトが頷く。


「よいか。国土は荒れている。妖獣の跋扈する中での資材運びには衛士の護衛が必要であり、作業中も護衛は欠かせない。その中で作業をする石工にも余計にお金はかかるものだ」

「では、その衛士はどこから湧いてきたのです。ジュラ様、軍衛士の説明をお願いします」


 アムルの言葉に、ジュラが立った。


「ここに各衛士の割り当てがある。商業ギルドの護衛はあっても石材運搬護衛はない。しかし、経費には護衛任務の手当てが記載されておる」


 今度はセリが資料を持ってきた。

 こんなことは聞いていない。ジムザの書類にも書いてはいない。


「商業ギルドから購入した石材もある」


 代わりにダクトが答えてくれた。


「それはおかしい。サナト山にて石材切り出し、加工と記載されその予算も載っている」


 口を開いたのはブランカだ。


「それは、不足するものも出てくるであろう」

「不足するものを他国から購入して運ぶ。もう少しましな言い訳を考えればどうだ」

「それは状況にもよる」


 ブランカとダクトが言葉を荒げた。


 シムザの書類を見ながら、

「とにかく、それは後で確認する」

やっとそれだけを言う。


「駄目です」


 即座に言うのは、アムルだ。


「街道計画の責任者を今、ここにお呼びください。これは、国の根幹になる税制の確認です。先延ばしには出来ません」

「責任者は、街道視察に行っておる。ここには参加できない」


 ダクトの言うその文言は、ぼくも書類に書かれているのを見た。ダクトが先に応えてくれたのだ。


「この会は、月に一度の大事な定例会です。全ての担当責任者が控えていることが国体の基本のはずです。それをないがしろにする責任者ならば、罷免です」

「この国でもない者が、エルグでもない者が、公貴の王宮官吏を罷免だと。図に乗るな」


 ダクトが叫ぶや、アメリアが机を叩いた。


「ここでは個人の意見はないわよ。それは侍従の総意と取っていいのね。創聖皇が特別にお認めになった印綬と同格の賢者。それを認めずに罵倒するのは、天逆よ」


 鋭い声に、ダクトの肩が落ちる。


「い、いえ。これは本意ではありません。少し感情が高ぶりました」

「分かりました、今回に限り認めましょう。明日までに、回答を書式で提出して下さい。改めて担当者には諮問します。次に外務司の視察の件ですが、ガイアス様お願いします」


 今度はガイアスが立ち上がった。


「外務視察として大陸に総勢十六人の視察団を派遣とある。先月のことだが、その視察後の報告書が紙切れ一枚の簡易なものでしかない。二十日間にも及ぶ視察がこの紙一枚で事足りるのですか」

「この件につきましては先王の時のために、小職がお答えします。外務視察は先王の指示で大陸の街道の状況などの視察でした。内容につきましては、報告書が先王に上がっているはずです」

「先王の時か。しかしな、先月にこの国から出航した船はないんだ」

「それでしたら、隣国のエスラ王国を経由したかもしれません。なにせ、こちらには海棲妖獣が多いものですから」

「それもな、エスラとの関を越えた官吏がいないんだ」

「そうですか。しかし、それは先王の時の話で、分かりかねます」

「話にならないわね。控えの間にいる担当官吏をここに呼んで下さらない」


 アメリアまでも畳みかけるように言う。

 どうしたのだ、皆。なんでそこまで責めるの。ぼくの回りの政務官たちは頑張っているんだ。

 ぼくは女王だ。

 なぜ、ぼくの頭ごしにぼくの部下を責める。


「政務官は控えておりません。慣習で政務官は参加しないことになっております」


 途端に鋭い音が響いた。

 立ち上がったアムルの杖が、床を打ったのだ。

 あの杖だ。

 あの杖を使っているのだ。


「慣例、習わしはすべて破棄して下さい。これからの定例会は共通儀典に基づいて行います。全ての担当官吏は控え、出席できない時は代理を認めます。しかし、質問に答えられるように、準備をして下さい」

「慣例をそう簡単には、変えられない」

「それを判断するのは、侍従であるあなたの職務ではありません」


 鋭い声に、ダクトの顔が血の気が引いて白く変わる。怒りだ。

 ぼくはその袖を引いた。


「シムザたちに言うが、この国にはこの国の決まりがある」


 続けるぼくの言葉にダクトが頷き、

「そう言われるが」

声を張る。


 しかし、その声は再びアムルの杖を打つ音に遮られた。

 アムルの目がぼくを見る。射貫くような、貫くような目だ。


「フレア女王、自らの言葉で伝えなさい。女王の言われることは、創聖皇も聞かれます。約束したことは創聖皇とも結ばれます。決断し、覚悟を持って、自らの言葉で伝えなさい」


 強い口調だ。ぼくが修士の時にもこんなに強く言われたことはない。

 どうして、そんな言い方をする。

 なぜ、ぼくを苛める。


  朝議に出ないように言った為か。でも、あれはアムルだって悪い。

  この国に続く慣習を無視する進め方をしたのだ。王宮政務官たちが怒るのも理解できる。

  それに、このままでは政務官たちのアムルに対する誤解が深まるばかりだったのだ。


 だから、代わりにぼくは政務官たちとも相談して、開明司という新たな役職を用意したのじゃないか。

 いや、そうか。

 警鐘雲だ。王権移譲をされた翌日に警鐘雲が出たことに、怒っているんだ。

 怒るなら、ぼくを怒ればいい。

 こんな陰湿なことをする必要はないじゃないか。


「この国の会計はおかしなところが多い。これを持って、税率を決め、国家百年の計とは笑うしかありません」


 アムルは机に積まれた資料を崩すように広げた。


「財務の見直しをします。不正な横領、蓄財はこれを許しません。不正を働いた者は資産の没収と罷免になります。直ちに布告し、直ちに行います」

「何をもって、不正となすのか」


 ダクトが叫んだ。その息は荒く、目は血走っている。


「今は女王と話をしています。侍従が政務に口を出すことは許しません。侍従は侍従らしく、扉の横に立っていなさい」

「この私を愚弄するか」


 ダクトが机を蹴った。

 意識の奥の妖が頭をもたげたのだ。こうなると、抑えるのは難しい。

 アムルはわざとダクトを煽ったのだのだ。意識の奥の妖を起こし、暴れさせるようにしたのだ。


 どうしてそのようなことをする。

 ぼくは横に置いてある呼び鈴を押した。

 すぐに扉が開かれ、衛士が入ってくる。


 ダクトが抑えられるのを見ながら、ぼくは立ち上がった。

 これ以上の会議なんて無理だ。第一意味がない。


 背中を向けるぼくに、

「フレア女王」

アムルの声が掛けられる。


「女王という称号に固執するのはやめなさい。自分の正直に生きなさい。女王の称号は後からついてきます」


 なんだ、何を言っている。ぼくは女王だ。固執などするわけがない。

 ぼくは扉に足を進める。


「聞きなさい。先師を下りた僕の最後の講義です」


 いやだ。これ以上、アムルの声は聞きたくない。


「王が座るべき場所、玉座の位置はそこではありません。僕たちの並び、部屋の北側中央です。左右に印綬の継承者を並べた中央です」


 座るところなんかどこでもいい。


「女王を支えるために印綬の継承者はいます。僕はいます」


 支えてなどいないではないか。責めているではないか。


「あらゆる話を聞きなさい。考えなさい、悩みなさい。しかし、その時間はわずかしかありません。即断しなさい。判断基準は民です」


 何だそれは、考えて、悩んで、わずかな時間では無理ではないか。

 無理なことをわざと言っているのだ。

 何が最後の講義だよ。

 扉を開ける。


「水は、高き所から引く気所に流れる。忘れてはいけません」


 執務室出るぼくの背中をアムルの声が叩いた。


読んで頂きありがとうございます。

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