定例会
部屋は広いはずだった。
壁際に新たに増えた五人の政務官が机を並べても、余裕はかなりあった。
マデリはふらつく身体を抑えるように、壁に手を掛けた。
印綬の方々がソファーを占拠し、その周囲には彼らの官吏が書類を持って走っている。
皆の仕事はそれぞれ重複するからというのは分かる。それは、うちにだって分かる。しかし、それがなぜこの部屋なのかは分からない。
「マーデ、中央街道の計画資料はあるか」
ブランカ様の声が響いた。
「はい」
すぐ横の棚から、厚い資料出す。なぜ、ブランカ様がうちのことをマーデと呼ぶのかも分からない。
「そこの中北守護地の資料を出してくれ」
「各守護領地ごとに分類してあります」
「さすがだな、マーデ。賢者、法令の抜粋はここに置いておく。街道資料はしばらく待て」
「分かりました」
「賢者様、各守護領地の人口調査表はこちらです。ですが、記録は五年も前のものになります」
ケイズが資料を抱えて走って来る。
「取り合えずはこれで構いません。手の空いている人を集めて、王国籍を当たれますか。後で精査しましょう」
「ここに、手を空いている人はいません」
「何を言っているの。ここではなく隣の政務室よ。私アメリアの名前で人を集めなさい。どうせ向こうは暇を持て余しているわ」
「先師、ジュラ様から遠征軍の人員配置と編成表です」
「分かりました。セリくん、それを四方向の配置順に並び直して貰えますか」
「すでに分けています」
「では、こちらをジュラ様に渡してください」
先師が紙の束をセリくんに渡す。
それにしても。
マデリは息を付くしかなかった。
先師の処理の速さは異常だ。並行して幾つものことをしながら、それぞれに指示をしている。
ブランカ様の元で初めて仕事というものをしたけれど、ブランカ様でさえ一つづ片付けていた。先師との仕事がこんなにも大変だとは思わなかった。
「もう時間がありませんよ」
サキさんの声に、ガイアス様の苦鳴にも似た声が重なる。
でも後少しだ。もうすぐ、女王陛下との初めての会合が始まるのだ。
うちも参加してもいいと言われた。フレア様に会うのは久しぶりだ。
「マデリさん。それぞれの資料を集めていってもらえませんか。ケイズさんたちは、集められた資料を女王の執務室に運んでください」
「あと五分で、こちらは終わります。遅れている方はおられますか」
先師の声にガイアス様の手が上がる。
「終わった方は順次ガイアス様の手伝いに回って下さい」
それを聞きながらうちは印綬の方々を回り、資料を取るとそれをテーブルに運んだ。
積まれた資料をケイズさんたちが抱えていく。
後は、ガイアス様の資料だけだ。
先師の官吏たちが運び出すのを見ながら、うちも持てる資料を手にした。
皆が時間に追われて働いているのだ。うちだけじっとしているわけにはいかない。
「マデリさん、ここは大丈夫ですよ」
資料を抱えて声を掛けてきたのは、ペルナさんだ。
確か、ケイズさんの上司だった方で昨日赴任したばかりの女性だ。
「これぐらいは手伝えます。他に仕事もなくなりましたから、大丈夫です」
「そう、ありがとう。助かるわ」
すぐ近くで女性の政務服を見る。
銀糸の刺繍が入った腰までの短い上着に膝までのスカート、大人の女性を象徴するようでかっこいいと思う。
うちもその政務服を着たいけど、ペルナさんが綺麗な方だから似合うのかもしれない。
その後ろ姿を見ながら階段を上がると、フレア女王の執務室に入る。
先師の部屋の何倍もある広い部屋だ。
皆もここで仕事すればいいのにと思うは、不敬なことなのだろうか。
大きなテーブルに資料を置き、うちは腰に手を当てて身体を伸ばした。
うちらの後を追いかけてきたように、先師たちも入ってくる。あの間にガイアス様の仕事も手伝い終えたようだ。
やっぱり、先師は仕事が早い。
「それじゃあ、私たちは下に戻るわね」
ペルナがそっと言う。
「構いません。皆さんも一緒に参加しましょう」
彼女を止めたのは、先師の声だ。
「これだけ広いのです。少し人が増えたくらい問題はありません」
「ですが、私たちは下級政務官ですので、女王陛下にお目通りは叶いません」
「今は、僕の政務官です。会議中何かあれば、補助をお願いするのですから構いませんよ」
先師が笑う。
先師に補助がいるとは到底思えない。ペルナさんたちにも会議を見せたいという思いなのだ。
「私たちが参加しても大丈夫なのですか」
「もちろんです。では、皆さんは壁際に椅子を並べて下さい」
「良かったな。御前会議など、見られるものではない。それに、賢者が参加しろということは、聞くべき内容があるということだからな」
ブランカ様の言葉に、うちの方がはっとなった。
そうだ、先師は意味のないことしない。この会議の参加も何かの意味があることなのだ。
しっかりしないとだめだ。
それぞれが席に着く中、うちはブランカ様の後ろに椅子を置いて座る。
セリくんはジュラ様の後ろに、五人の政務官は先師の後ろに腰を下ろす。
女王陛下を交えて印綬の継承様達との御前会議。
天井の高い白亜の部屋に、王宮の正面が見下ろせる大きな窓。
分厚い大きなテーブルには精緻な彫刻が刻まれ、並んだ椅子の背もたれには王国の紋章が施されている。
ここに同席できることが夢のようだ。
いや、先師に出会えてから、全てが夢のようだ。
出会えなければ、今頃は畑仕事していたのだ。
「フレア女王陛下、入室されます」
大きな扉が開かれ、侍従の声が響く。
同時に全員が席を立った。
深く礼をする中、入ってきたのは煌びやかなドレスを身に纏ったフレア様だ。
真紅の髪に、真紅の瞳。頬の痣も赤い炎のようで、以前よりも一段と奇麗だ。
フレア女王はそのまま奥の玉座に腰を下ろすと、遅れてうちたちも椅子に座った。
その目にこちらを見る女王と目が合った。
嬉しそうな笑みが見えたのは気のせいだったか。
「これより、定例会を始める」
ダクト侍従長の声に視線は外された。
「まずは、アムルより議題に上がりし統制、税率について。アムル、意見を述べることを許す」
ダクトの高い声が窓を震わせるようだ。
「女王陛下、現状の税率はおかしい。これでは民の生活が成り立たちません。税率の改正を求めます」
先師が立ち上がり、通る声で言う。
フレア女王は–―ダクトに何かを耳打ちしていた。
「国土は荒れ、人心は乱れ、妖獣は跋扈している。国を立て直すにおいて財源必要であり税率は変えられない。これは、国家百年の計である」
「全てを同時にする必要はありません。すべきことに優先順位をつけ、的確な予算配分を行えば税率は下げられます」
フレア女王はやはりダクトに耳打ちをする。
「全ては繋がり、連動している。一つを修復しても他の荒廃により無駄になってしまう。街道を整備し、警吏を派遣して治安を取り戻し、衛士を派遣して妖獣を駆逐する。全ては同時である」
「歳入が限られている中、歳出を抑えるは必定です。ブランカ様、まずは街道整備の計画と予算についてご説明を願えますか」
「分かった。まずは街道の計画書と予算計画です」
ブランカ様が立ち上がり、資料を広げた。
「これを見ると計画の三分の一しか進んでおらず、用した予算は半分を越えている。一エルクの街道整備に一シリングが掛かっている計算です。いいですか、街道の補修事業です。街道の新設工事ではない。五分の一の予算で出来ることです」
ブランカ様は呆れたように手にした資料を叩いた。
読んで頂きありがとうございます。
面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。
これからの励みにもしますので、ブックマーク、感想なども下さればと願います。