出仕に及ばず
「どうしました。浮かない顔のようですね、賢者殿」
「王権移譲の証として、ぼくにも創聖皇から下賜されましたが」
言いながら、部屋の隅に置かれた箱に目を落とす。
「創聖皇から下賜されるのは、鎧と決まっています。飾っておけばいいではないですか」
ガイアスが面白そうに言う。
「甲冑を部屋に飾るのですか」
「とても学問を収めた賢者の宝物とは思えぬが、わっしらの贈った戦杖と合わせれば様になるではないか」
その言葉に、腰に差した杖をローブの上から触る。
「あの場でこの杖を頂いたのは、官吏たちに僕と印綬の皆様の関係性を見せることは分かるのですが、目立ちすぎです」
「目立たなければ意味がないわよ、賢者殿」
アメリアも楽しそうに笑った。
「さあ、それよりも、そろそろ本題に入ろうか」
大きく手を叩いたのはブランカだ。
「それよりも賢者、見たかあの報告書を」
どこか不機嫌そうに、ブランカが深くソファーに身体を預ける
「様々に報告書らしきものが来ていますが、ブランカ様の言われるのは、勅命の発行元ですね」
僕はその正面に座った。
「該当者不明。朝の書類箱に入っていた為に、ダクト侍従長が女王陛下に提出。発行権限者であるシムザ内務大司長は、それ以前に外北守護地に視察のために不在で、発行者は不明。たった二行よね」
アメリアがキッチンから飲み物を手に戻ってきた
「ダクト侍従長は政務に関与をしていない為に、書類箱を見ても気にしなかった。勅令を受け取った軍務大司長は、届いた勅命に従いそれを行った」
ガイアスが机に書類を置く。
「でも、それは軍務大司長が、先王たちはどこにいたかを知っていたことになる。動きが早すぎるのでな」
ジュラはクッキーの入った籠をテーブルの中央に並べた。
後ろに立つマデリとセリの顔が暗い。
ぼくの離れは皆の執務室兼休憩室と化していた。これを掃除するのは二人なのだ。
「早すぎるのは、それでけではありません」
僕はマデリたちに頷くと、続けた。
「外北守護公領主の処分です。内務大司長が単独で行うには、公領主の処断に公貴の処断は荷が重すぎます。他の権力者も介入したはずです」
「他の権力者、三賢老のことか。では、あの三人は表向きは権力闘争をしているが、裏では手を結んでいる」
「確かに、利害は一致しておるの」
ブランカが重い声で受け、ジュラが笑う。
「なるほどね。どちらにしても、見事に警鐘雲が走ったわよね」
陽が傾いた空を見ながらも、アメリアの声は明るかった。
廃位されても天逆になることはないと知ったのだ。
「それで、明日の朝議だけど軍務大司長に聞いてみる。先王たちの居場所をなぜ知っていたのか」
「そうですね。ですが、僕は明日の朝議には出られません」
「何か用事があるのか」
「いえ、女王から参加するなと命が下りるはずです」
「参加するな。どうしてだ」
ガイアスが驚いたように立ち上がる。
「朝議の後から、王宮官吏は列をなして女王に不満を訴え続けているはずです。朝議の内容から見て、この国ではただの報告会のようでした。それが慣例なのでしょう」
「それを突いた為か」
「そうです。あの朝議は時間の無駄です。経費の報告などあの場ですることではありません。各司の事業に問題があればそれを報告。明確にした問題点を場所と時間を変え、改めて協議するための朝議です」
「あの場で質問したのは、賢者が朝議とはこうあるべきだと聞かせたかったのだろ。他の下級官吏たちにな。しかし、それで朝議に不参加とは、賢者の考え過ぎだ」
ジュラがアメリアの持ってきたカップに口を付け、眉をしかめた。
「なんだ、これ」
「なにって、お茶よ」
「葡萄酒はないのか」
「何を言っているの、まだ明るいじゃない」
「では、暗くなればいいのだな」
ブランカが目の前のカップを押しやる。
「酒は後で食堂から取ってきてやるよ。それよりも、女王は本当に賢者殿を朝議に出さないようにしますかね」
ガイアスが自分の書類にサインをしながら顔を上げる。
ここで飲むのは、決定事項のようだ。
「そうよね。あれだけ信頼をしていた賢者様を女王は止めるかしら」
「間違いなく、止めます。官吏たちが止めさせます」
僕がそこまで言った時、部屋の中の呼び鈴が鳴った。
それぞれの扉に付けた呼び鈴だ。
セリが扉を開けて廊下に消える。
すぐに戻ってきた彼は、封筒を手にしていた。
「侍従の方からこれを預かりました」
出される封筒を開け、中の書類を机に広げる。
「朝議に出仕するに及ばず」
ジュラがそれを読む。
「もう一枚はと、王国の開学、学院を取りまとめ王宮にて管理する開明司を新設し、任ずる。政務官以下の五名を配置するので任命をせよ、か」
「本当に、賢者の言う通りだな。それに、開学と学院の取りまとめか」
ブランカの呆れた声が天井に当たった。
「僕がルクスの見えることは皆さんが知っています。その僕がこの王宮で唯一見られていない人がいます。その人は僕にルクスを見せたくはないのでしょう」
「内務大司長だな」
ジュラが笑った。
「でも、開明司って」
「これは、女王の意向もあるのでしょう。女王も学ぶ機会を得て成長が出来ました。それを国中に広げたいのでしょう。それに、これは人々が覚醒をするための拠点づくりにもなります」
「前向きだな。それで、政務官以下、いわば下級官吏を五人。どう選ぶ」
その言葉に、僕はセリに目を移した。
「セリくん。この前に会ったケイズさんを覚えていますか」
「はい、大聖門まで案内してくれた方ですね」
「そうです、隣の政務室にいますので、呼んできて下さい」
僕の言葉に、再びセリが走り出す。
「ほう、もう目をつけている者がいるのか」
「はい。ルクスに穢れのない青年でした。ここでは不遇のようですが、彼は気の利く頭のいい青年です」
「なかなか、面白そうだな」
ガイアスが机の書類を片付けだす。仕事をする気をなくしたようだ。
「セリは俺の所へ来ると思っていたのに、ジュラ殿の所だものな。マデリちゃんはブランカ殿が取ったし」
「そうよ、マデリちゃんは私が欲しかったわ」
二人の言葉に、マデリが真っ赤になって俯く。
「この子はなかなに筋がいい。賢さには目を見張るものがある」
「それならば、セリもだな。あの者は今日一日で軍の構成を理解しおった」
ジュラが言いながら、ソファーに胡坐をかいた。
「賢者の元には、人材が集まってくるの」
その言葉待っていたように、セリが部屋に戻ってくる。後ろにいるのはケイズだ。
部屋の中に印綬の継承者が揃っているのだ。慌てたようにケイズが膝を付いた。
そのケイズに、マデリが壁に置かれた椅子を出す。
「まずはケイズさん。あなたのことを教えて下さい」
「はい。内務司二等政務官扱いのケイズ・カナルスと申します。家は名ばかりの公貴で補助雇用です。正規政務官ではありません」
勧められるままに、ケイズは椅子に腰を下ろした。
「そうですか。では、ケイズさんは自身のことをどのように評価していますか」
「自分は、失敗も多く、正直政務官という仕事には向いていないかもしれません」
話す声に、わずかだが不満も混じる。彼がしたいと思うような仕事ではないのだろう。
「している仕事は何なのですか」
「書類の書き写しになります。自分はそれでも失敗してしまいます」
話をするケイズのルクスに曇りはないが、揺らめきが見える。迷い、不安、劣等感の揺らめきだ。
「分かりました。では、ぼくの下に来なさい。今のままでは、この王宮にあなたの未来はありません」
「自分が、ですか。しかし、賢者様にご迷惑をお掛けするかもしれません」
「人には大きく分けて三つの適性があります。ないものから新しく創り上げる創造の適性。あるものをより良くする改正の適正。あるものをあるようにする修復の適性。あなたには、修復の適性がないだけです。自らの適性に合った仕事をなさい」
口にしながら、少し言い淀んでしまう。本当は四つの適性がある。しかし、最後の一つは言うべきではない。
「適正」
「そうです。僕の元に来ますか」
「返事はすぐにしなければいけませんか」
「はい。あなたは今、分岐点に立っています。僕が欲しいのは決断できる人物です」
僕の言葉に、ケイズは椅子を下りた。
膝を付き、
「承知致しました。賢者様の下に置いてください」
深く礼をする。
「では、顔を上げて下さい。仕事は明日からです。明日の朝から出仕先はこの部屋です。それと、ケイズさんから見てこの人は素晴らしいと思う人がいるのならば、教えて下さい。その人たちにも声を掛けたいと思います」
「分かりました」
「えらくあっさりとした面接だな。もう、この者に決めていいのか」
ジュラが驚いたように口にした。
「ケイズさんの本質は、柔軟で周りを見られる視野を持っています。それでありながら、周囲に流されない確固たる芯も持ち合わせています。適任です」
「なるほど、人材が集まるわけだ。なにせ、賢者は人の本質を見てしまう」
ブランカが笑う。
「それでは、ケイズさんの移動の書類と正規の政務官としての採用書類を回しておきます」
その言葉にケイズが立ち上がった。
「補助雇用です。正規政務官になれるのですか」
「関係ありません。僕が必要だと認めたのです」
「そんな、ありがとうございます」
「それでは、明日からお願いします」
「承知致しました」
扉が閉じられると、
「なるほど、決断が早いな賢者は。それで、どのように開学、学院を取りまとめるのだ」
ブランカが目を向ける。
さすがに、その職務の曖昧さと困難さを感じたようだ。
「そんなものはまとめませんし、まとめられるものではありません。それらは守護領地で運営していますから、それとは別に学院を立ち上げなければいけません」
僕の答えに、ジュラが楽しそうに笑いだす。
「ちょっとその話は待ってくれ。面白そうだから酒を飲みながら話そう。酒を取ってくる」
「それなら、食事もここに運ばせればいいわ」
ガイアスが言い、アメリアまでも立ち上がった。
ここは、そうさせてあげてくれ。
僕はもう一度マデリたちに頷かなければならならなかった。
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