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天逆と天外

 

「しかし、漠然とした指針ではあったな。義を持って立ち、信を持って動き、礼を持って対し、智を持って用い、仁を持って収めよ。治世にも法にもとれる指針ではないのか」


 ガイアスが思い出すように口にした。


「いや、あれは武を示すもの。軍は義を持って立ち、信を持って動き、礼を持って相手と対峙し、智を持って衛士を運用し、仁を持って軍を収めよ」


 ジュラが鋭い目を向けた。彼女には確信があるのだろう。その言葉は強い。


「確かにそうよね。武を持ってそのようにせよということでしょうね」


 アメリアの言葉に、僕も頷く。


「でも、内を整えというのは、国内の安定なの。外を正せというのは」

「王旗が現れた時、賢者は言ったな。これは外を向くものではないかと。自らを律し、外に向く武だと」


 続けたアメリアの問いに、ブランカが答える。


「突拍子もないことを賢者殿が言うものだと思ったが、その通りなのか」


 ガイアスが腕を組んだ。


「まずは内を整え、だな。アメリア殿は安定と言ったが、何を指し示すか」


 問いかけるジュラが笑みを見せる。

 皆がそれを分かっているという笑みだ。


「でも、簡単ではないわよ。奸臣の排除に民の覚醒。百年王国の始まりなの」

「でも、賢者は三月と思っている」


 問いかけるように、ジュラの目が向けられた。


「まもなく、警鐘雲が走ります」


 言いながら僕は息を付いた。


「警鐘雲、どういうことだ。まだ何も動いていない」

「何も動いていないからです、統治の甘さです。王権は正式に移譲されました。国の統治は女王の役割です」


 僕の言葉に、ブランカもため息をつく。


「では、この間にも進行しているのか」

「王権移譲されて新たな組織として動き出すまで、空白期間が出来ます。黙ってはいないでしょう」

「よく分からないわ。何が動くというの」


 アメリアが身を乗り出した。


「子供の誘拐だろ」

「はい。先王を廃位に追いやり、活発に動いたのは誘拐です。子供の売買には巨額のお金が動きます」

「では、それを止めないと」

「その為には、軍を動かし指揮する者が必要です」

「中北守護領地の二の舞か。王と印綬の者の関与しない軍は、民を傷つけるしかない」


 ジュラの声も重い。


「軍務はわっしの管轄。義の印綬が軍務を仕切ることは古より決まっておるからな」

「ですが、その前に軍の掌握が必要でしょう」

「すぐにかかれるぞ」

「では、セリくんをジュラ様の下に置いてもらえませんか」

「わっしが使うのか。軍司にでもするのか」

「いえ、軍司にはしません。進む道は彼が決めます。ただ、セリくんには軍務の学びと共に、軍の指揮系統を観察してもらいたいのです」


 僕はその目をセリに移した。


「確認ですか」

「そうです。間違いなく、軍は動きます。ジュラ様が抑えようとしても動きます。その時にどこの軍が動くかで、それを指示する者が分かります。セリくんにはその見極めをお願いします」

「ほう、わっしが抑えきれないか」

「はい。今までの経緯からみても軍と王宮官吏には利害関係と共犯関係があります。繋がりを断つことは出来ません」

「その言い方では、動くというよりも賢者が動かすという言い方だな」

「それで、警鐘雲は消えるの」

「いえ、根本的な解決をしない限りは消えないでしょう」

「賢者殿がするのは、根本的な解決ではないの」


 アメリアの縋り付くような声。


「それをするには、社会を変えなければなりません。エルグの国はそれだけ人身売買が横行しているのです」

「それでは、やはり印綬の継承者という処刑台ではないですか」


 呟く声が重い。

 処刑台、どういう意味なのだろうか。


「廃位になれば、天籍からも王国籍からも抜かれ天逆になる。彷徨しかなく、新王が立てば天逆として討たれる」


 ガイアスの言葉に、僕が驚く。


「何を言っているのですか。籍は抜かれますが、保護されます。新王に討たれることもありません。第一、天逆ではありません。天外です」


「保護される、討たれない。どういうことだ」


 ジュラとブランカまでもが声を上げた。


「僕こそ、皆様が何を言っているか分かりません。廃位された王は、すでに廃位という罰を受けています。天逆ではなく、天外。天の保護を受けられない者になるのです。歳を止められていた分、老化は進みますがすぐに死ぬこともなく、籍はなくしても王宮が土地を用意します。国を担う重責を負った功労者として保護されます」

「保護するのか」

「当然です。王が天逆を討つというのは、創聖皇に仇なす者に対してです。廃位された王は天外なのですから、新王がそれを討つなど二重に罰を与えるものです。創聖皇が許しません」


 言いながら、アメリアが補佐をしてほしいと頼んできた時の思い詰めた顔がよぎった。

 まさか。


「今までの廃位された王は、討たれたのですか」


 思わず立ち上がった。


「それが、習わしと聞きました」

「そんな習わしがあるわけがありません。すぐに、フレア女王に謁見します。もし、先王の討伐書にサインすれば、それが実行されれば、その責は女王が負わなければなりません。警鐘雲が走ります」

「女王の部屋はこの上だ。宝物庫からも帰っているはずだ」


 ガイアスが扉を開けた。

 この国は、ここまで朽ちていたのか。

 先王を保護するのは、新王に先王と同じ轍を踏まないように話を聞かすためだ。


 それを今までこの国は、先王に廃位の理由を話させないために殺していた。

 それも、天逆として討っていたいのだ。


 廊下を抜け、扉を開くと大きな広間が現れた。

 これが、朝議の間。

 王国の紋章を背に玉座が置かれ、その前には四つの席。玉座とその席の間にはもう一つの席が置かれている。


 思わず足が止まりそうになる。

 玉座と印綬の席の間、そこに設けられているのが僕の場所なのだ。

 ブランカたちの言っていた言葉の意味が、初めて理解できた。同時に、僕自身の重責も。

 とにかく、フレアを守らなければならない。


「こっちだ」


 ブランカが先に立って走る。

 玉座の裏側、そこに階段が見えた。


「中央階段には衛士が詰めて話にならん。ここから上がれば、女王の控えの間に続く」


 声を聞きながら階段を駆け上がった先に、扉がある。

 ブランカが勢いよくそこを押し開き、僕たちは控えの間に飛び込んだ。

 部屋には並んだ椅子と小さなテーブル。女王が朝議の前にくつろぎ、考えに耽られる場所だ。

 部屋の奥には大きな扉がある。


 ブランカは入った勢いのまま、その扉を開いた。

 途端にその足が止まる。

 扉の先は廊下になっており、護衛の王宮衛士が立ち塞がるように控えていた。


「わしらは印綬の継承者だ。女王に至急面談したい」


 目の前の衛士にというより、奥にいる者に聞かせるようにブランカが怒鳴る。

 その声にわずかに遅れて出来たのは、長衣の政務服を身に纏った、老年の男だ。


「侍従長のダクトだ」


 傍らでアメリアが囁くように教えてくれた。


「これは、印綬の継承者様。皆様お揃いで如何いたしました」


 侍従長が深く一礼する。柔らかな声だが、そこには全てを拒絶する冷たさがある。


「如何も何もない。女王に面談をする」

「恐れ入りますが、それならば中央階段をお使いください。こちらは女王陛下専用の階段となります」

「次回からはそうしよう。それよりも面談だ」


 進もうとするブランカを王宮衛士が止める。


「印綬の継承者に、これはどういうことだ」


 ブランカの声が硬いものに変わった。


「恐れ入ります。印綬の継承者様といえど、女王陛下には事前の申請が必要になります。女王陛下は唯一無二の存在ですから」

「印綬の継承者と女王は一心同体。面談は自由でお前たちごときに申請の必要はない」

「私たちは女王陛下を護り、行動を管理する義務が御座います。どのように言われましても、女王陛下のご予定を崩させるわけには参りません。それとも、印綬の継承者様方は王宮政務官、公貴をないがしろにしますか」


 訴えかけるような切実な声だが、これは脅しだ。官吏と公貴を敵に回すのかという脅し。

 なるほど、ダクトのルクスを覆う黒い靄。これが先王を廃位させた一因でもあるのだろう。

 しかし、そうですかと引くわけにもいかない。

 僕はフレアを導くと約束をしたのだ。


「先王討伐の勅命は、これを許さない」


 僕は声を張り上げた。

 例え、フレアの耳には届かなくてもこの場にいる全員に聞かせなければならない。


「先王は民を守れず罪を負ったが、すでに廃位という創聖皇の罰は下された。創聖皇が処分をした者を人が再び裁くことは、許されない」


 僕はすぐ横の壁を叩く。

 ルクスを込めたのだ。部屋は揺れ大きな音が響いた。

 創聖皇の造られた王宮だ。傷一つくことはないがそれでもこの音はフレアの耳にも届いたはずだ。


「勅命を出させるということは、国を傾け、警鐘雲を走らせることとなる。これこそが女王をないがしろにする天逆と心得よ」


 僕はそのまま背を向け、アメリアに顔を寄せる。


「先王の居場所は分かりませんか」

「分かりません、分かりませんがすぐに当たります」



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