新たな住まい
再びルクスの光に包まれ、紅玉宮の広間は突然目の前に現れる。
駆け寄ってきた官吏は、フレアの前に膝を付いた。
「王権の移譲、お慶び申し上げます。女王陛下は直ちに宝物庫にお進みください。王権の証の受領をお願い致します」
言うなり、フレアを囲むようにして広間の外に案内をしていく。
フレアはこちらに目を向けるが、すぐに官吏に何かを言われ、その足を進めた。
その様子に、ブランカが舌打ちを漏らす。
「ああいうことなのですね」
僕も息を付いた。
まず、最初にすべきは、カルマス帝の口にした創聖皇のお言葉の確認だ。
皆で精査し、国の方針を決めなければならない。
王権の証など急ぐものではない。証は創聖皇から下賜される宝物に過ぎないのだ。
これが、この国の現状。
この国の国体。
「どうするの」
アメリアも困ったように口にする。
王宮官吏の大半はフレアとともに移動し、僅かばかりの官吏が印綬の継承者に従うように立っている。
従うというよりは、どう動くかの監視のようにも思えた。
「わしらは、わしらで意見の集約をせねばならまい。わしの執務室に行こうか」
「それでしたら、僕の住まいを王宮に用意するとサリウス帝に言われました。セリくんとマデリさんも案内をしたいので、そちらではどうでしょうか」
「王宮に部屋が用意されたの。それは良かった」
アメリアが弾けるような声を上げ、
「新たに用意されたのならば、部屋はすぐに分かる。見に行きたい」
ジュラが先に立って足を進めた。
権威を具象化したような政務服姿の官吏を引き連れ、僕たちは広間を出て階段に向かう。
「おいらたちも王宮に住むのですか」
廊下を進む中、セリが不安そうに小声で尋ねた。
「そうですね。おまえ達の住まいを用意すると言われました。おまえではなく、おまえ達です」
僕の言葉に、マデリが袖を掴む。
こんな贅を尽くした王宮で、難しい顔をした王宮官吏の中だ。マデリが恐れているのも分かる。
「だけど、フレア女王の威圧が凄かったな。俺は近づくことも出来なかった」
足を進めながら、ガイアスが思い出すように口にした。
「いえ、ガイアス様も皆様も一段とルクスが強くなっています」
「そう言う賢者のルクスは、抑え込んでいるので分からないな」
「そう、私は大聖門を抜けて帰る時に、思わず賢者殿との距離を取ったわ」
「印綬の継承者と同格だ。当然だな」
続けようと口を開いたジュラの言葉が止まる。
階段を上がり、廊下を進んだ先、新たに用意された住まいというのはすぐに分かった。
アメリアが困った顔をし、ブランカが笑い出す。
「まぁ、俺たちの部屋がある東宮にも近いし、女王の間にも近いですよね」
ガイアスが横を向いた。
確かにそうだが。
一階の庭に面した大広間の執務室から張り出すように、その離れはあった。
「これを、一瞬で創聖皇が作られたのですか」
窓から見える離れに、セリが目を見開く。
「ルクスの光が差したと思ったら、その建物があったそうです」
離れて立つケイズが、説明するように言う。離れを見るや、すぐに周囲の官吏たちに確認したのだろう。
状況の確認が早く、平民のセリにも対応を変えない。この王宮では、生きにくそうな政務官だ。
「でも、これは部屋を出るのにも大変そうですね」
マデリが呟いた。
確かにそうだ。部屋を出るたびに、この執務室を通ることになる。
「だが、楽しいではないか。これだけ人がいるのだから」
ジュラが官吏の机が並ぶ大部屋を入っていく。
官吏たちの執務部屋を横切っていくのは、楽しいことではないぞ。
居並ぶ官吏たちが一斉に顔を上げた。
僕のアムル・カイラムという罪人の噂を聞き、さらに印綬と同格で部屋を用意されたのだ。
困惑した目を全員が向けてくる。どう接すればいいのか分からないのだろう。
同時に、僕も彼らのルクスを見る。
黒い靄の汚れはほとんどの者にあるが、二極化するように酷く汚れた者との差があった。この差が権力との距離のようだ。
彼らの間を抜け、奥の扉を開けると廊下が現れる。
「ここまでだ」
ブランカが付き従う官吏を一喝した。
彼らがそのルクスの威圧に足止める中、ジュラが窓一つない廊下を進み、突き当りの扉を開く。
現れたのはソファーとテーブルの置かれた広い部屋だ。
部屋には二か所に扉があり、隅には簡易なキッチンまでもあった。
壁は純白の石が組まれ、その繋目は紅玉の飾りが埋め込まれている。
天井はドーム状に湾曲し、壁の継ぎ目に呼応するように紅玉の飾りが伸びていた。腕利きの職人でも、これを作るのに半年は掛かりそうな精緻さだ。
「こんなに大きな部屋は、わっしの部屋にはないぞ」
驚いたように言いながらジュラはソファーに飛び込み、セリとマデリは壁一面を占める窓から見える庭園に、目が離せない様子だ。
「これは、まるで打合せ用の応接室ね」
「その為に用意したのだな、わしらの打合せを賢者の元でしろと」
窓と反対側の壁に掛けられた地図を見ながら言うアメリアの言葉に、ブランカが重い声で頷く。
その横を抜けて、ガイアスがさらに扉を開いて奥に入った。ブランカとアメリアはもう一つの扉を開ける。
打合せはどうしたのだ。これでは本当に内覧会だ。
息を付く僕を横目に、
「セリ、マデリも来てみろ。二人の部屋も用意してくれているぞ。シャワーにトイレも備え付けだ」
ガイアスが自分のことのように嬉しそうに声を上げた。
二人が中に入り、入れ替わるようにブランカとアメリアが戻ってくる。
「どうやら、創聖皇が賢者に求めているのは、わしらだけでなく、王宮全体の頭脳じゃな」
どうしたのかブランカの声も嬉しそうだ。
「どういうことです」
「この扉の先、どこに出ていたと思います。朝議の間です」
アメリアも驚いたようだ。
朝議の間。毎朝行われる王宮官吏たちの報告の場、そんな所に続いているのか。
「それも、曲がった廊下の先の扉は玉座の横だ。フレア殿が智の印綬に選ばれたのは、賢者が支えるためだな」
僕が支える。支えることはフレアと約束したことだ。それが智の印綬がフレアの元に来た理由。
それは飛躍しすぎだ。
「当然の帰結だな」
横に立ったのはジュラだ。
「智の印綬が選ぶのならば、わっしかブランカ殿のはず。それがフレア殿の所に行った。賢者が一緒ならば当然だろ」
「そうだな。その為に出入口をわざわざ玉座の横に作った。王と共にあれという意味を込めてだな」
共にあれ。フレアの先ほどの姿が思い浮かぶ。
王になりたいと僕に言ったフレアは、燃えるような瞳で強い意志を持っていた。
しかし、先ほど垣間見えのは、出会った頃に見た昏い影だ。
支えたいが、僕にはその時間がないかもしれない。
急激な改革は反発を招き、この国を傾ける。それでも推し進めるには――やはり、僕には一つの道しか見えなかった。
「それで」
声を掛けてきたのは、部屋に戻ってきたガイアスだ。
「先ほどの創聖皇の示された言葉を精査しないか」
「そうね。支えると言っても、向かう先を知らなければ支えようがないものね」
アメリアがソファーに腰を下ろし、それぞれが思い思いの場所に座る。
それを見ながら、
「セリくん、マデリさん。少ししかありませんが、お茶を用意してくれませんか。皆で飲みましょう」
僕はエルドアの樹脂を出した。
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