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大聖門


 屋敷ほどの大きさがある門を見上げた。

 どの国でもそうだが、王宮の門構えの重厚さには圧倒される。


「先師、おいらたちも同席して大丈夫なのですか」


 儀礼服を着たセリが不安そうに言う。


「ブランカ様たちからの許可を貰ってあります。フレア女王陛下の晴れの舞台です。見届けて上げましょう」

「そうですよね。フレア様に創聖皇が正式に王位を与えて下さるのですよね」


 マデリの声は嬉しそうだ。


「でも、中つ国というのはどういうところなんでしょうか」


 セリが呟くように聞いてくる。


「世界の中心にある国で、森に覆われた国だと伝えられています。女王たちはそこの広場に転位するそうです」

「広場ですか、王宮はないのでしょうか」

「中つ国の記述は少なく、王宮があるかは分かりません。ただ、王権移譲の儀は広場で行われます。そこには、三帝が同席されます」

「三帝。先師が話してくださっていたサリウス帝のことですか。でも、昔の人でしょう」


 マデリが不思議そうに聞く。

 そうだ、マデリはまだ学び始めて日が浅かった。

 学びの早さに、国体と統制を中心に教えてきた。しかし、彼女は常識だと思っていたこのことも、まだしっかりとは学んでいないのだ。

 マデリへの教え方は、少し変えないといけない。


「中つ国には、サリウス帝は今でもいらっしゃるそうです。他に、エルナ種のラキアス帝、エルフ種のカルマス帝がいらっしゃいます」

「一皇、三帝、十王ですね」


 セリが誇らしそうに続ける。


「世界を統べる創聖皇を中心に、補佐をする三帝が中つ国におり、十王がそれぞれの国を治める、ですよね」

「そうです。三帝の見守る中でフレア様は創聖皇から王権を移譲されます」

「そうなのですね。でも、フレア様たちに会うのも久しぶりに感じます。うちらは、ただ見るだけでいいのですか」

「そうですね。大聖門を見守るだけです。ですが、その後で印綬の方々に会えますよ」

「アメリア様たちに会えるのですか」

「はい。フレア女王陛下との面会は難しいでしょうが、他の方々にお会いできます」

「四日ぶりなんですよね。でも、本当に久しぶりに感じます」

 

 セリも緊張しながらも嬉しそうだ。

 見上げるほどの門へ足を進める。

 門へと続く階段に足を掛けた途端、槍を持った門衛が駆け寄ってきた。


「印綬の継承者様たちに、呼ばれました」


 僕は通行許可証を出す。

 紙に目を落とした門衛たちに緊張が走る。無理もない。印綬の継承者四人の連名だ。

 こんなものを出されたら、何者かと思うだろう。


「少し、お待ちください」


 門衛は、慌てて奥の門衛詰め所に走った。

 すぐに三人の門衛が駆け戻って来る。


「お待たせいたしました。ブランカ様より指示は承っております。どうぞこちらに」


 言葉と共に、門が左右に開かれていく。

 開かれた門から見えるのは、広大な庭園。そこには三人の男が控えている。

 緑のケープを肩に掛けた王宮衛士が二人、政務服を着た官吏が一人。その中で、僕の目は官吏に止まった。


 官吏の政務服は、丈の長さと施された刺繍で職種と階級が区別されている。内務職の雑務係、正規ではない二級官吏だ。

 しかし、そのルクスの輝きには曇り一つない。

 横に並ぶ王宮衛士の黒い靄が纏わりついたルクスとは対照的だ。


「賢者殿、お待ちしておりました。大聖門にご案内いたします」


 官吏が礼を示すと、

「待て、ケイズ。武器を持っていないか検査だよ」

傍らの衛士が怒鳴るように言う。


 ケイズと呼ばれた官吏の王宮での立ち位置が、分かる。


「大丈夫です。僕たちは何も持っていませんよ」


 フードの裾を広げ、何も持っていないことを見せると衛士は不満そうに退いた。


「それでは、案内いたします」


 ケイズは彼らを気にもしないように、先に立つ。

 なるほど、冷静に物事を見る目も持っているようだ。

 門の裏には、剥き出しの椅子の置かれた屋根のない馬車が用意されている。


 僕たちは案内されるままに、その馬車に乗った。

 庭園の奥には王宮の玄関ポーチが小さく見える。

 なるほど、歩いて行くには距離がありすぎる。別邸からここの門までよりも遠い。馬車を下りると,僕たちは案内されるまま正面玄関に入った。


 白い石に紅玉の飾られた王宮に、マデリたちは言葉もない。

 人の姿も見えない広い玄関ホールをケイズを先頭に進んでいく。後に立つ衛士は威嚇するように槍の穂先を向けていた。

 こういう状況でも、僕も王宮にあるという大聖門に行くのは初めてだ。


 中央階段の横を進み扉を抜けた先に、地下へと延びる階段が見えた。

 階段を下りた先は広間になっており、その奥には大きな扉。その扉を開けて進んでいくと再び扉が現れる。

 その扉の先は大広間になっていた。


 地下とは思えないほどの明るく広い部屋に、紺色の政務服を着た官吏たちがびっしりと並んでいる。

 その彼らの立ち昇るルクスに眩暈がした。

 黒い靄と赤い靄がまとわりついたルクスだ。ここが王宮内とは思えない。流刑地だと言っても納得しそうだ。


 奥の壁には、その壁一面を占めるような純白の石造りの扉が見える。

 これが大聖門。書物でしか見たことはないが、その記述通りの大きさだ。

 僕たちは入ってきた扉の横に立った。ここからはフレアたちの姿も見ることは出来ないが、王宮に関係もない以上ここまでしか入れない。

 それでもその末席に立てることは僥倖だ。王権の移譲など、立ち会えるものではないのだから。


「もうしばらくすれば、十二時になります」


 ケイズが傍らで囁くように言う。

 予定よりもずいぶん遅れてしまったようだ。もう少し早く着くはずだったが、ここまでの距離は思った以上に遠かった。


「あの、フレア女王様たちは既に来られているのですね」


 マデリが前から押し付けてくるような威圧感に、僕の袖を掴んだ。


「そうですね。五つの巨大なルクスの光が立ち上がっていますので、すでに揃っているようです」


 僕が口にした時、不意に周囲に重い鐘の音が響いた。

 天鐘だ。

 それを合図に門が開くのが見える。ここからはわずかに上の一部しか見えないが、開く門の内側で落ち着いた藍色の光が波打っている。

 これが大聖門、転移門ともいわれる中つ国へと続く門。


「フレア、ブランカ、アメリア、ガイアス、ジュラ。四人は揃っているな」


 響いてきた声に前に並ぶ官吏たちにざわめきが広がり、「エルフだ」の囁きが混じる。


 わずかな時間をおいて、

「もう一人、招かれている」

再び声が響いた。


「アムルはいるか。エルミのアムルだ」


 その言葉に広間は騒然となり、僕は言葉を失った。


「これはラルク王国の王権移譲の儀。他国の者を呼ばれるのですか」


 叫ぶような声に、ルクスの瞬きが重なった。


「それは、創聖皇への意見か。我は創聖皇代弁者、これは創聖皇の言葉だ」

「賢者ならば、来ているはずです」


 僅かに遅れて響くブランカの声に広間の官吏たちが割れ、門へと続く道が現れた。


「おまえか、アムルは」


 門の前に浮かぶエルフが、僕を見る。


「はい」


 慌てて胸に手を当て礼をした。


「おまえも特別に招かれた。この国の印綬の継承者ではないが、それに次ぐ者としておまえの籍は天籍に移り、扱いは印綬の継承者と同格になる」


 響く声に、さらに官吏たちが騒ぐ。どういう意味か分からないのだ。そして、それは僕も同じだ。


「大聖門を潜るに、ルクスの力が必要だ。ルクスを隠すようなことをせずに、ここに来い」

 

 言葉に押されるように僕は足を進め、ルクスを開放した。

 噴き上がるルクスにローブがはためき、周囲を圧する威圧に官吏たちが静かになっていく。

 門の前に立つフレアたちも驚いたような顔を向けている。だけど、一番驚いているの僕だ。


「なるほど。印綬の継承者以外に招かれる者など初めてだが、面白い奴のようだ」


 並べば、身長は膝までくらいの人形のようなエルフは、宙に胡坐をかく。

 見た目は男の子のようだが、エルフの外見は当てにならない。

 永遠にも近い命を持つエルフは、任意の年齢で歳を取らなくなるのだから。


「名前はアムル。間違いないな」


 天籍に入ると同時に、家の名前であるカイラムの名は消える。ぼくの名は、ただのアムルになる。


「間違いありません」

「我も噂は聞いた。とても信じられないが、本当にこのようなバカ者が居たのだな」

「はい。迷うしかな愚者であります」

「迷うか、我に謙遜は無駄だ。お前のルクスには、強固な芯がある」

「このルクスは借りものです」

「制御している以上、おまえのルクスだ」


 エルフは言葉を切ると、

「これで、全員が揃ったな」

門へと向き直った。


「これより、中つ国に案内する。ついて来い」


 エルフはそう言うと、藍色の波打つ光の中に入った。


読んで頂きありがとうございます。

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