内務大司長
「女王陛下、いらっしゃいますか」
掛けられた声に、侍女が扉に向かい、ぼくはゆったりとした椅子に座り直した。
侍女頭のフレデリカが後ろに立ち、侍女は扉の前で顔を向ける。
ぼくは、指を上げた。
同時に扉が左右に開かれ、入って来たのは内務大司長のシムザだ。
「御くつろぎ中、申し訳ありません。ご報告差し上げたい事があり、参じました」
その場で片膝を付く。
ぼくは再び、指を立てた。
「構いません、入りなさい」
フレデリの言葉に、
「ありがとうございます。外北守護領地を調査致しました。女王陛下のお言葉通り、不当な工房、民への圧政が確認されました。また、セルトゲ・アイノル公の中北守護領地の侵攻も確認致しました」
シムザが顔を上げる。
「外北守護領地の工房は閉鎖、ウラノ公領主は公貴追放、関与した公貴の家も断絶。セルトゲのアイノル家にも公貴追放の処分を下しました。ただ、セルトゲに衛士を貸したのはオラム軍大司長ではなく、副官のラルト軍司長でありました。ラルトは罷免の上、拘束しました」
ぼくは頷いた。
でも、正直驚いている。この話をシムザにしたのは一昨日の夜だ。それを調査し、処断するのに二日も掛かってはいない
それに、あの公貴たちが処断された。こんなにも簡単にだ。
「すごいな」
思わず声に出た。
「お誉めにあずかり、光栄です。しかし、これは小職の夢です。公貴を正し、王の威光を隅々まで照らすことが、小職の夢です。これも、女王陛下の意見があればこそ。感謝しております」
公貴を正す。
民を踏み付ける公貴が居なくなる。それはぼくの目指す国だ。
「水は高き所から低き所に流れる」
アムルに教えられた言葉が、口をつく。
「見識高きお言葉、さすが、智の印綬に選ばれた女王陛下であらせられます」
そうなんだ、これは――。
開こうとした口は、侍女頭に目で止められた。
耳を近づけてくる。唯一無二の女王は、相手が公貴と言えどもむやみには口を聞いてはいけないのだ。
「私たちの先師に言われた言葉よ。アムルがここに来れば、もっとこの国は良くなるわ。ジムザさんとも話が合うと思う」
ぼくの言葉に、侍女頭は小さく頷く。
「女王陛下からのお言葉であります。この言葉は、師事したりし、賢者の言葉。この賢者が王宮に来たりなば、改革は進み、内務大司長の良き相談相手にもなるであろうとのことです」
「これは、身に余る光栄です。ですが、それを妨げる勢力があります。国の賢者たちは彼の者の学術を疑い、他の王宮官吏は賢者ゆえの現実を知らなすぎることを憂えております。それを小職は抑えきれません」
震える声が響く。
やはり、このシムザは信じられる。
「アムルは、あらゆることを知っている凄い人だ。国体にも詳しい」
ぼくが伝えると、
「賢者様は全ての学術に精通した稀有な賢者で、国体においても熟知されています。是非、招聘されるべき方になります」
フレデリカが言う。
さすがだ。ぼくの思っていることを補い、伝えてくれる。
「先々王の時、賢者が王に選ばれ、国の指針を示したことがございました。しかし、その内容は理想が前に出過ぎたものでした。例えば、統制における税制。先々王は三公七民にするように布告を出しました。結果、国の予算は圧迫され、治安の予算も、農地整備も、河川整備も、街道補修も全ての予算が不足し、荒廃しました」
税は、三公七民ではないの。
シムザは、ぼくが考える時間を置くようにして、言葉を続けた。
「その結果、先々王は在位四年で廃位されてしまいました。今、税率が高いのもその時に荒廃したものを復旧するために必要なものなのです。国は、理想では動きません」
理想では動かない。アムルの講義は、理想なのだろうか。
ぼくは、フレデリカに口を寄せる。
「私たちは、国の法を持って、民の安寧と税を護るべきと考えています。法を持って国を治めるべきだと考えています」
フレデリカの通る声に、シムザが再び深く礼をする。
「確かに、素晴らしいお考えです。そのことで成功をしている国もございます。ですが、それらの国とは、国の状況が異なります。我が国は恥ずかしいことに、未だに国土は荒れ、民は窮乏しております。厳密な法は、進んで罪を犯した者と生きるために罪を犯した者、それを同罪にしてしまいます。また、法に縛られて国の向かうべき道が限定されてしまいます」
そうだ、確かに罪を同じ罰で裁くのは駄目だ。それぞれの状況と事情があるのだから。では、やはり細かな法はこの国の実情には合っていないのだろうか。
アムルは学問を学び、すごくたくさんの知識を持っているが、学問では国は動かないのだろうか。
でも、今の国を変えるにはアムルの知識も必要だ。
僕の言葉に、フレデリカ頷く。
「それも一つの見方であるでしょうが、物事は多角的に見る必要があります。その為にも、かの賢者様を王宮に招聘することを重ねて申し上げます」
「承知致しました。小職も再度議題に上げ、みなを説得致します。女王陛下がそこまで信頼されている方、間違いのない人物であることは分かります」
シムザの顔が再び上がった。
「ただ、一つ。その方の名はアムル・カイラム。ウラノス王国で謀反を起こそうとして誅殺された内務大司長の子息で、脱獄犯であるとの噂です。もし、ウラノス王国から諮問があれば、わが国の立場が非常に厳しくなると危惧している者もおります」
アムルの存在がウラノス王国にばれる。
そうなれば、アムルは連れ戻されるの。
でも、アムルに罪はないはずだ。罪もないのに牢獄に入れられ、そこを逃げ出しただけだ。それも、命を懸けて自由になったのだ。
「それはおかしい。アムルに罪はない。父親が殺されたのも冤罪だ」
咄嗟にぼくは声を上げた。
「畏れながら、父親の罪は明白で、アムルの脱獄も本人がこの国にいる以上、明白です。ウラノス王国のサイノス王から捕縛引き渡しの依頼があれば、断ることは出来ません」
その言葉に、フレデリカがぼくの肩に手を置く。
「それならば、早急に外務大司長と話し、対応の協議を進めるべきです。それに、その方が国にいないとしなければなりません。匿うべきです」
混乱するぼくの代わりに、指示してくれる。
そうだ、まずはアムルの安全が一番だ。
「陛下のお言葉、確かに承りました。早急に協議致します」
シムザが後ろに下がりながら立ち上がる。
漆黒の長衣を彩る金糸の紋章が、差し込む光に輝いた。
この立派で賢い者が内務大司長で良かった。この者ならば、アムルを護ってくれる。
その背を見送るぼくの前に、ケーキとお茶が置かれた。
「この後、謁見がございますので儀礼服の用意をしております。それまでしばらくお待ち下さい」
「フレデリカ、ありがとう。ぼくの代わりに言ってくれて」
「差し出がましいことを致しました。ですが、私も賢者様には無事にこの国にいて欲しいと願っております。それよりも女王陛下、謁見の草稿が出来ておりますので、目をお通し下さい」
「分かった。今日は、誰の謁見になるの」
「王宮に帰ってくる政務官たちです。各司の大司長たちで配置を考えておりますので、謁見時には承認だけでよろしいです。今回の夜会は、代表者たちとの晩餐のみになります」
「食事だけなの」
「明日には王権の移譲があります。ゆっくりお休みして下さい」
そうだ。明日は大聖門というところを通って、中つ国に行くのだ。そこに行けるのは、ぼくと印綬の継承者だけだ。
「そういえば、アメリアたちには謁見の時にしか会っていない」
「他の印綬の継承様たちは、財務、農務、工務、軍務、外務それぞれ担当の専門知識を学んでいます。なかなか時間も取れません」
「ぼくも午前中はジムザたちからそれらを学んでいるけど」
「女王陛下は国体の全てを大まかに学びますが、すでに知識もおありなのです」
「そうなの」
アメリア、ガイアス、ブランカ、ジュラ。それぞれが担当するところの専門知識か。アムルの教えてくれた講義だけでは、足りなかったのだろうか。
でも、僕が今習っていることは、全てアムルに教えて貰ったことばかりだ。細かな数字や流れは違うが、知識としては身についている。
この王宮に来てから、四人とはほとんど会えていない。話したいことはたくさんあるが、謁見の場でも僕は一段高い玉座に通され、夜会でも離れた席だ。
アムルのことを伝えたい。この国の向かう先を話したい。
ぼくの考えを伝えたい。
それに、アムルたちだ。みんなは無事に王都に来れたのだろうか。アムルにもこの状況を早く伝えないといけない。
今度はぼくがアムルを助けるのだ。
そして、アムルは今のぼくを見れば褒めてくれるだろうか。
ぼくたちと同じ志を持つジムザとも会わせたい。そうすれば、この国はきっと上手くいくはずだ。
「陛下、儀礼服の準備が整いました。お召替えをお願い致します」
聞こえてきた声に、ぼくは立ち上がった。
「ところで、謁見も夜会も皆と席は違うのはなぜ。他の印綬の継承者も仲間のはずなのに」
「それは仕方がありません。女王陛下は特別なのです。印綬の継承者様たちとはいえ、同じ席にはなりません」
フレデリカが優しく言いながら、ぼくの着替えを手伝ってくれる。
「それに、印綬の継承様たちは四人で楽しそうにされておいでです。本来ならば、四人が陛下の元にお伺いに来られるのではないのでしょうか。印綬の継承者様たちのお気持ちが、この私には分かりません」
そう、その通りだ。
ぼくは女王だ。そのぼくが、国の未来を真剣に考え、内務大司長も奔走してくれている。それなのに、アメリアたちがぼくの元に来ないのはなぜなのだ。
専門知識を学ぶと言っても、先師にあれだけ教えて貰ったはずだ。僕に会いに来る時間は作れると思う。
彼らは国のために動く気がないのか。
あの時、国のためにと話していたことは、嘘だったというのだろうか。
分からなくなって来る。
ぼくは、皆とこの国の行く末を話したいのに。
「さぁ、女王陛下。袖をお通しください」
沈んでいく心を、フレデリカの優しさが包み込んでくれるように感じた。
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