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アムルの覚悟

 

「凄いですね」


 感嘆に満ちセリの声に、マデリのため息が重なる。

 並ぶ街並みの奥に、陽光を受けて紅く輝く尖塔が見えた。

 王宮だ。

 確かに、ため息が出るほどに美しく華麗に見える。


「王宮は、創聖皇がそれぞれの国に下賜されました。それぞれの王宮には呼び名があり、この王宮は紅玉宮と呼ばれています」

「これを、創聖皇が下されたのですか」

「はい。その為に王宮に人の手を加えることは出来ません。必要があれば、創聖皇がそれをされます」

「綺麗なお城ですね。ここにフレア様はいるのですか」

「一昨日の夜には、入っているはずです」

「そんなに早くですか。フレア様は大丈夫でしょうか」

「心配はいりません。彼女は女王で、あの王宮の主です。それよりも、迎えが来たようですね」


 目の隅に移ったのは、馬を駆るブランカだ。迎えが来るならば、アメリアだと思ったが。

 ブランカは馬車と並走するように進み、御者に指示をしている。

 家まで案内してくれているのだ。


「ところで、セリくん」


 僕の言葉にセリが顔を向ける。


「セリくんには、早速頼みたいこともあります。これを商店に持って行ってください」


 僕は折った紙を手にした。


「何か、買われるのですか」

「いえ、これは中北守護領地のバルクス公領主様に届ける手紙です。王都もイゼル商会が仕切っているようです。同じ商業ギルドならば、手紙の配送をして貰えます」

「商店は、個人の手紙も配送してくれるのですか」

「はい。その公共性を持たせることで、商業ギルドは設立されたのです」

「分かりました。商店はどこでもいいのですか」

「王都の商店ならば、どこでも構いません。お願い出来ますか」


 強く頷く彼に、僕は手紙に封をして渡す。


「先師、うちも両親に手紙を書いても構いませんか」


 傍らからマデリがその手紙を見た。


「構いませんよ。そういえば、マデリさんはもうすぐ十七になるのでしたね」

「はい。来月には十七になります」


 これで、マデリも成人になる。


「そうですか、これからマデリさんの未来は広がりますね」

「はい。うちも先師のお役に立ちたいです」

「僕のことはかまいません。マデリさんはマデリさんの道を見つけて下さい」


 話しているうちに馬車は速度を落とし、一軒の家へと進んでいく。

 同時にため息が漏れた。

 別邸だとは聞いていたが、これでは普通の公貴の館だ。この広さは持て余すしかない。


 馬車は門を潜り、剪定された木々の並ぶ庭園を抜けてポーチに入っていく。さて、どうやってこれを断ろうか。アメリアがいるならば、断りやすいのだが。

 僕は荷物を手に馬車を下りる。


「困った顔をしているな」


 馬を下りたブランカが足を進めた。


「こんなにも大きな屋敷とは思いませんでした」

「アメリア殿のバルトゥ家は、屈指の名門だからな。別宅と言ってもこのくらいの広さはある」

「僕には、持て余す広さです」

「そう言うと思ってな」


 ブランカは案内するように背を向ける。


「アメリア殿には別用を押し付けて、わしが案内に来た。アメリア殿が来たならば、賢者のことだからすぐに断るだろうと思ってな」

「それは当然でしょう」

「心配するな。家についてはわしらが考える」


 ブランカは玄関に歩み寄ると、自分の屋敷のようにその扉を左右に開く。


「心当たりもあるのでな」

「それには及びません。宿でも探しますので」

「そう言うな」


 屋敷の中に入ると広い廊下を進み、ブランカは近くの扉を開いた。

 広いリビングが見えた。大きな窓からは庭が一望できる。

 幼い頃の家の光景が蘇る。


「この奥に、個室があるそうだ。修士の方々は先に荷物を運んでおきなさい」


 ブランカが、セリたちに奥の扉を指し示した。

 これは、二人だけで話したいという意味だ。

 瞬時にそれを察したセリたちは、一礼して荷物を手に奥に向かう。


 奥のその扉が閉められると、

「なるほど、良く出来た修士をお持ちだ」

感心したように口にした。


「僕以前の教えが良かったのです。それでお話というのは、」


 ブランカに案内され、僕は椅子に腰を下ろす

 ブランカも正面に座った。


「賢者の出自が、王宮官吏の知ることとなった。フレア殿からアムルの名が漏れたようだ」


 それで、セリたちを同席させなかったのだ。この話を聞けば、二人が動揺してしまうから。

 しかし、別に驚くことではない。僕自身の出自を開示した以上、隠しきれるものではない。


「それでは、早ければ三月ほどですね。ここに居ればアメリア様にもバルドゥ家にもご迷惑をかけてしまいます」


 ラルク王国の使者がウラノス王国に入り、僕のことを伝えて捕縛引き渡しの請求が正式書類と発行され、初めてラルク王国は僕を捕まえることが出来る。

 書類は遠隔書式のものでは無効の為に、使者は往復しなければいけない。

 そこに掛かるのが最短でも三月だ。


「慌てないのか」

「それも覚悟をしていました。そうでなければ、僕の出自は話しません」

「想定のうちか。しかし、引き渡しの請求が来てもわしらで何とかする。それに、住む所も用意をする」

「その心配はありません」


 僕は高い天井を見上げた。

 そう、それまでに事態は動く。王権が動き出すまでの空白期間が、彼らの唯一の機会になるのだ。


「心配ないか。賢者よ、一つ助言をしてもよいか。わしもそうだったが、全てを抱え込むのは止めないか。少しはわしらを頼らぬか」


 ブランカの声が重い。


「そうしなければ、こちらも頼みにくい」


 何かの思い振り切るように、声は軽くなった。


「賢者には風当たりも強く、居心地が悪いかもしれんが、王権の移譲、大聖門入場の儀に賢者にも参加をお願いしたい」


 その言葉に、僕はブランカに視線を戻す。


「王権の移譲ですか。その時に、創聖皇のご意向を知るかもしれない」

「そうだ、王旗の意味も知るかもしれない。それが分かれば、対策も立てやすい」

「対策ということは、女王陛下とはすり合わせが出来ていないということですね」

「分かるか」

「王の選出。王宮官吏が仕切り、選ばれたフレア様は王宮へ早馬車で駆けました。表向きは王宮の結界解除により、食料庫を解放して民の救済。同時に、これは王と他の印綬の方々との分断」

「そこまで気が付いたか、怖いくらいだな。その通りだ。わしらは未だ、女王との意見交換が出来ていない」


 ブランカが口元を歪めた。

 いや、この彼を出し抜くのだ。王宮官吏の狡猾さと老練さがうかがえる。


「国の指針は王が決め、内外に発します。急ぎ、取りまとめが必要ですね。承知しました。僕も末席ながら、皆さんが大聖門から出てこられるのを見守りましょう。ただ、その場にはセリくんとマデリさんの同席をお願い致します。二人にもその世界を見せたいのです」


「それは構わない、即答してくれて助かる」


 言うと、

「しかし、見せたいのは逆ではないのか」

笑みを見せる。


 初めてだ。この人の笑顔を見るのは。こういう風に笑うのだ。


「怖いですね、ブランカ様は」

「それは互いだ。しかし、わしは同時に楽しさも感じている。思考の流れが同じだと理解も早く、話しやすい」


 その言葉に僕も頷く。

 全てを話さなくても意図を理解してくれるのだ。会話の流れ自体が楽しいと思う。

 しかし、同時に言葉の裏も見られるということにもなり、その怖さがあった。


「それよりも、ブランカ様たちは、今は謁見の最中ではないですか」

「あんなものは形ばかりだ。皆に押し付けておいた」


 あっさりと答える。

 アメリアがここに来れば、僕がこの屋敷を辞退することを見越したのだ。そして、単刀直入に用件を伝えるために、ブランカはここに来た。

 話は簡単明瞭で、余計な駆け引きもない。


 それに、セリとマデリに王宮という世界を見せる。

 そう、逆だ。王宮という世界に二人を見せるのだ。

 これほどの才のある者がいるぞと、見せるのだ。


 それを、すぐにブランカは看過した。

 恐い人だ。


「それで、大聖門は明日の昼十二時に開かれる。門衛に邪魔されぬように大聖門への通行証を発行した。印綬の継承者四人の連名だ。これを止められる者はいない」

「承知しました。確かに受け取ります」


 差し出され紙を受け取る。


「しかし、話が早いのはいいな。ここに来て数分で話はまとまった」

「そうですね。ですが、本題が残っているのでしょう」


 僕の言葉に、ブランカが再び笑った。


読んで頂きありがとうございます。

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