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紅玉宮

 

「なんか、凄すぎて動きにくいな」


 軽く柔らかいが、重厚な色合いを見せるドレスだ。胸元から袖にかけて、金糸と銀糸の細かな刺繍が施されている。


「こんなのでなくて、普通の服でいいよ」


 ぼくの言葉に、前に座る女性がほほ笑みながら首を振る。


「女王陛下、陛下はこの国中心で、代表するお方なのです。そのくらいのドレスが、普段のお召し物になります」


 これが、普段着。それに、ぼくが国の代表。

 印綬を重ね合わせた時の感覚が、手に残っている。

 あの時、ぼくは王になりたいと心から願った。湧き上がるルクスを感じた瞬間に、印綬が触れ合ったのだ。


 その時、時間がゆっくりと流れたように思えた。

 目も眩むような青いルクスの光の中で、ぼくの剣を中心に、他の印綬が上に下に弾かれていくのがゆっくりと見えた。

 そう、ぼくが中心。王になった。

 ぼくは王様だ。叫び出したい気分だ。


「世界には、女王はお二人いらっしゃいますが、これ以上のドレスを召されておりますよ」

「そうなの」

「はい、ですから女王陛下はそのような些細なことを気にされてはいけません」


 服は些細なことなのか。

 窓に目を向けた。

 勢いよく窓の景色は変り、この馬車がとんでもない速度で進んでいるのが分る。


「そうだね、この国のことを考えないと」

「さすがは、選ばれた陛下であられます。すでに国のことを考えられているのですね」

「それは、そうだ。賢者にも教えて貰ったんだ」


 アムルのことは、先師とは呼ばない方がいいのだろうか。

 

  先師のことを賢者と言ったが、

「お噂はお聞きしました。立派な賢者様が側に居て下さったと」

途端に女性が反応する。


 侍女頭と言っていたが、いい人じゃないか。


「そうなんだ。アムルは凄い賢者なんだ」


 話すぼくの言葉に、侍女頭は笑顔で頷いてくれる。

 名前は、フレデリカと言っていたな。ぼくに似た名前だ。歳はリベルと同じくらいだが、その物腰に品があり、話しやすい人だ。

 この人はいい人だ。


「凄いお方なのですね。それで、女王陛下は人買いも人攫いもいない国を、作りたいのですね」

「そうなんだ。ぼくは真っ直ぐな国を作るんだ」

「素晴らしいことです。フレア様が女王陛下に選ばれたことを感謝いたしますわ」


 彼女の言葉と同時に、フレデリカの隣に座る侍女が小さなテーブルにカップと何かを置く。


「これは」

「お菓子とお茶です」

「お菓子」


 問い返すぼくに、侍女が茶色いそれを半分に切り分ける。こんなに小さな物を半分にする意味があるのだろうか。


「はい。甘いケーキになります」


 ケーキ、聞いたことのない物だが、甘いに心が惹かれた。

 手を伸ばして、それを口に運ぶ。

 途端に身体中に衝撃が走った。何、これ。しっとりと柔らかく甘い。


「これが、ケーキですよ。女王陛下」

「美味しいな」

「はい。これを作れるのは王宮料理人だけです」

「そうなのか」


 王宮に入れば、これを毎日食べられるのだ。凄いな、王宮は。

 いや、王宮だけではない。この馬車も凄い。今まで六人で乗っていた馬車も大きいと思っていたけど、それよりも大きく豪華だ。


「王は、存在するだけで特別なのです」


 フレデリカが言う。


「天と地の間に立ち、ルクスの流れをまとめます」

「天と地の間に立つのか」

「はい。天が強ければ日照りになり、地が強ければ雨が続きます。王がいることで天と地は調和され、農作物も育ちやすい穏やかな天気になります」

「ぼくがいるだけでか」

「そうですよ。ルクスの流れも整い、妖気は四散して妖獣も姿を消します。王は存在するだけで、国が安定するのです」


 ぼくは特別なのか。この話はアムルからは聞かなかった。


「それが、こんなにも素敵な女王様です。民も喜びましょう」


 素敵、これも言われたことのない言葉だ。


「その素敵な女王様に、一つだけお願いがございます」

「なに」

「王宮では、格式を重んじる所がございます。女王陛下に置かれましては、自らのことを「私たち」とお呼びくださいませ」

「私たち、どういうこと。ぼくは一人だ」

「私たちと言うのは、女王陛下のお言葉は陛下お一人の言葉ではなく、国全体のお言葉になるからです。ですから、自分のことを呼ばれるときは、私たちになるのです」

「難しいな」

「女王陛下が全てに答えられる必要は御座いませんよ。陛下は面倒だと思えば人差し指を立てて下さい。それが「はい」を表し、指を振れば「いいえ」を表します。後は侍従か侍女が応対いたしますから」

「それだけでいいの」

「勿論です。女王陛下は唯一無二の存在。雑事に関わる必要は御座いません」


 そうか、ぼくは小さなことは任せればいいのか。


 それからの旅は、至福の時間だった。

 街道駅ごとにフレデリカは馬車を降りて暖かなお茶を用意してくれ、御者が六頭の馬を変え、速度が落ちることなく進んでいく。

 並走する騎士は数を増し、日が暮れても騎士たちのルクスの光で、街道は照らされ続けた。


 建物の並ぶ王都に入れば、夜にもかかわらず光に満ちている。

 そして、王宮が見えた時、ぼくは言葉を失った。

 昏い尖塔が並ぶ大きな城。


 領主館が一番大きな建物だと思っていたけれど、王宮はその比ではない。

 言葉も出せないうちに、馬車は王宮の前に止まる。

 大きな館ほどの広さもある門の前には、びっしりと人が並んでいた。


「臨時王宮の政務官たちです」


 フレデリカが言いながら、扉を開ける。


 馬車を降りた途端、

「おめでとうございます。我らのフレア女王陛下」

官吏たちが一斉に片膝を付き、礼を示した。


 慌てて頭を下げようとするぼくをフレデリカが止める。

 そうか、ぼくは頭を下げなくていいのか。


「お待ちしておりました。フレア女王陛下。臨時王宮、内務大司長を務めておりますジムザ・ベントールと申します」


 中央の男が頭を下げたまま足を進める。


「先王廃位から数日のうちの女王陛下のご誕生に、臨時王宮の臣下一同、心よりお喜び申し上げます」


 こういう時は何と言えばいいのだろうか。

 傍らのフレデリカを見ると、彼女は小さく頷く。

 そういうことか。ぼくは人差し指を立てた。


「大義であると、女王陛下は言われております」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」


 フレデリカの声に、ジムザが深く頭を下げる。


「それでは、フレア女王陛下様。王宮門に手を当て、封鎖結界の排除をし、開門をお願い致します」


 頭を下げたままに言った。

 門に手を当て。手を当てるだけでいいのだろうか。

 ぼくは門の前に足を進めると、その門に手を当てた。


 次の瞬間、門に青いルクスの光が走ると王宮全体に光が灯った。

 同時にぼくは、再び言葉を失くす。

 星空を背景に紅く彩られた王宮が浮かび上がり、巨大な門が音もなく左右に開いていく。

 門から覗くのは広い庭園。王宮は更にその奥にあり、ここからは見えない。


「それでは、フレア女王陛下様、馬車にお乗りください。このジムザが馬を引か

せて頂きます」


 その言葉に、ぼくは指を上げる。


「それでは、王宮までの案内をお任せすると、女王陛下は仰っております」

 

 そのまま開けられたドアから、ぼくは馬車に乗った。


 馬車が動き出すと、

「あれでよかったの。ぼくは何も口にしなかったけれど」

フレデリカに聞く。


「十分でございます。女王陛下が軽々しく口を利くものではございません。些事は全てお任せください」


 優しい笑顔だ

 この人は信頼できる。


「もう一つ教えて。あのジムザというのはどんな人なの」

「ジムザ様ですか。あの方は王宮内では評価が分かれております。公貴の力を弱めようと昔から動いておりますので、公貴筆頭のハリオス様とは特にぶつかっております」

「公貴の力を弱めているの」

「はい。強権的な公貴は民を苦しめるだけだと言われて、何家もの公貴を取り潰しております」


 そうか。王宮官吏の中にもぼくと同じように考えている人がいるのだ。ぼくのすることに賛同をしてくれる人がいるということだ。


「内務大司長をされておりますので、ゆっくりとお話しされてみてはいかがですか」

「そうだね」


 話している間に馬車は庭園を抜け、ポーチが見えてきた。これも領主館の十倍以上の広さだ。

 馬車はゆっくりと馬車止めのポーチに入って行く。


「フレア女王陛下、ここがラルク王国の王宮、紅玉宮になります。これからは女王陛下のお住まいになります」


 紅玉宮、ここが僕の家になるのだ。

 誇らしさ、喜び、沸き上がる感情にぼくはただ王宮を見上げることしか出来なかった。


読んで頂きありがとうございます。

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