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印綬の導き手

 

 広場には、刺繍の入った長衣を身に纏った王宮官吏が並び、高く上がった陽光を遮るように王国旗が立った。

 群集が周囲に詰めかけ、衛士が広場の奥に入れないように規制をしている。


「先師、ここで王の選出が始まるのですね」


 セリが背伸びをするように広場を見た、


「そのようですね。王宮官吏が準備して仕切る、このような王の選出を僕は知りません」

「他の国ではどうなのですか」

「印綬の継承者のみが集まり、王を選びます。王宮官吏はそれに従うだけです」


 口にした横で、白い布が広場の四隅に広げられていく。


「先師、あれは何ですか」


 マデリが袖を引いた。


「王旗です。王が選ばれれば、あの布に王の紋章が浮かび上がり、王旗になるのです」

「王旗、旗はあの掲げられた旗ではないの」

「あれは王国旗です。水蓮の花を紋章にした、ラルク王国の旗です。王旗は、選ばれた王の旗になり、創聖皇の指針が示されたものになります。王が選ばれると同時に、あの白い布に紋章が浮かび上がります」

「王の紋章、ですか」

「はい。ラルク王国の歴代の王に与えられた紋章は天秤、公平さと礼を現すものでした」

「公平、礼。それが足りないので、求めなさいということですね」

「そうです」


 言葉と同時に、周囲から歓声が上がった。

 純白の外套を羽織ったブランカを先頭に、印綬の継承者たちが広場に進んでいく。

 そのルクスは天へと昇るように立ち上がり、安定していた。


 アメリア様のルクスがわずかに強く、他の四人は横並びのようだ。

 彼らは広場の中央で、それぞれの印綬を手にする。

 その威圧感に、上がった歓声はすぐに消えた。


「先師」


 セリも僕の袖をつかむ。

 二人の方が緊張しているようだ。


「始まりますよ」


 次の瞬間、蒼い光が広場を包んだ。

 ルクスの輝き。この光は、マデリたちにも見えたのだろう。鋭い光に目を覆う。

 その中で、僕には感じられた。


 フレアの印綬が他の印綬のルクスを呑み込み、弾いた。

 同時に空に沸き上がった彩雲が輝きながら縦横に走り、白布に紋章が浮かび上がる。

 わずかな沈黙の後、歓声が再び湧き上がった。


「どうなったのですか」

「フレア、女王の誕生です」


 言いながら、僕は掲げられる王旗から目を離せない。


「フレア様が、選ばれたのですね」

「はい。僕たちは早速、荷物をまとめて駅馬車を取りましょう」


 考えなければいけない。あの王旗の紋章、僕にはそれしか思いつかない。

 宿に戻ると荷物を取った。


「先師、それでフレア様はこれから王宮に向かうのですね」


 セリが大きなバッグを背に掛ける。


「広場の隅に六頭立ての馬車が用意されていました。街道駅ごとに馬を変え、王宮まで駆け抜けるのでしょう」

「先師、準備出来ました」


 続きのドアが開かれ、マデリが荷物を手に出て来た。


「それでは行きましょうか」


 部屋のドアに手を伸ばした時、それが外から開かれる。


「賢者」


 入って来たのは、ブランカだ。


「どうされました」

「あの王旗を見たか」


 ブランカに続いてアメリアたち三人も続いてきた。


「四人が揃っているのですか、皆さんは王宮に急がなければ」


 フレアが先に着くにしても、他の印綬の継承者たちが遅れるわけにはいかない。すぐにでもここを発たなければいけないはずだ。


「それよりも、王旗です。これをはっきりさせなければ、動きようがありません」

「そうですわ。賢者殿、あの意味を教えて下さい」

「わしも、賢者の意見を聞きたい。蛇はエルグの民、剣は力だと分かるが、創聖皇は武力統治を進めるわけがない」


 勢いに押されるように、僕はベッドに腰を落とした。


「僕も、王旗の示すことを考えていました」


 四人が正面のベッドに腰を下ろすのを見る。


「双頭の蛇はエルグの民ですが、僕は覚醒をしたエルグの民と見ました。その為に絡み合う二匹の蛇ではなく、双頭の蛇なのだと。そして、剣は力ですが、血を流す力だと考えます。武であると」

「そうか。確かにそうだな。それでは、何を意味するのか。正直わしには分からん」


 ブランカが考え込みながら、顔を近づけた。


「剣先は下を向き、双頭の蛇は鞘のように剣に絡みついていました。エルグの覚醒と未来は武を持って切り開く。そして、未来においては武を収める。それを現していると思っています」

「いや、剣を収めているのでしたら、覚醒と未来は平穏に訪れるのではないのですか」


 ガイアスが重なるように言う。


「平穏ならば、調和と平和を現す円で双頭の蛇を描くはずです。わざわざ剣を出す必要はありません」

「では、武が必要な覚醒と未来とはどういうことなのだ」

「それを僕も考えています」

「武を持って、腐敗した官吏を処断するということでは」


 アメリアが考え込むように言う。


「いや、それはわざわざ王旗には示さない。王旗は創聖皇が求める指針だ。そんな些細なことは示さない」


 ブランカの言葉に僕も頷く。

 ラルク王国の向かう先。王旗で示されるのはそれだ。


「賢者よ。思うところを言ってくれ。わしは、道を知りたい」


 ブランカの鋭い視線が向けられた。やはり、彼も賢者だ。曖昧なままに出来ないのだろう。

 これは知を求めると同時に、僕への試験でもある。

 そして、真剣な質問を言葉を濁して答えることは、僕には出来ない。


「分かりました。あくまでも、僕の考えです」

「構わない。聞かせてくれ」

「この剣は、ラルク王国で帰結するのではなく、外にも向くものではないかと考えます。ラルク王国は、自らを律し、武を持って武を収めよ。意味するのはそれではないかと考えます」

「そんな、大役ですの」


 アリスアが困ったように笑う。

 僕の考えすぎだと思っているようだ。


 その横で、

「自らを律するか。武を示す以上、そうなのだな」

ブランカが重い声で呟き僕を見た。


 さすがにこの人は頭がいい。この僕の言い方で、何かを感じ取ったようだ。


「でもよ、武を外に向けるとしたら。隣のエスラ王国しかないよな」


 ため息のようにガイアスが言う。


「何かと文句を言ってくる国だな」


 隣国と何かるのだろうか、ジュラが大きく頷く。


「しかし、反戦の結界があるわ。創聖皇の作られたものだから、人の力ではどうにもならないはずよ」


 アメリアが強く言う。その通りだ。国境には不戦の結界がある。他国の軍がそこを越えることは出来ない。しかし――。


「だが、往来できないのは軍だけだ。傭兵はただの民として国境を越えられる」


 思いを引き継ぐように響いたのは、ジュラの声だ。


「傭兵か。しかし、傭兵程度で創聖皇が王旗を示すとも思えないが。しかし、これ以上考えても答えは出ないな。賢者の意見を基に、考えていくしかない」


 ブランカが立ち上がった。


「それで、賢者。王都にはどこに居を構えるのだ」

「しばらくは、私の別宅を使ってもらうわ」


 アメリアが答える。


「そうか。しかし、印綬の継承者として天籍に入るということは、家との繋がりをなくさせるためもある。国を担う者に、家というしがらみを与えぬようにな」

「別に、私は家のことなど考えていないし、別宅も空いているからだけよ」

「賢者の智を独占しようというのでは、ないのか」

「ブランカ殿、あなたは何か勘違いをしているようね」


 アメリアの顔が上がった。


「賢者殿は、私とガイアス殿が賢者殿に伏してお願いをし、先師になって下さった方よ。そして、先師を降りられた今は、私たちを導いて下さると約束されたわ。賢者殿は、私とガイアス殿、それにフレア殿の導き手よ」

「アメリア殿こそ、思い違いをしているな」


 ブランカが座るアメリアを見下ろす。


「わしらのすべきことは唯一つ、国を担うことだ。そこに必要な智があれば、活かすことは必然。限定をするなど愚かしいことではないか」

「わっしも、この賢者には感動した。わっしも頼りたいぞ」


 ジュラも立ち上がった。


「ちょっと待て、そいつはおかしくねぇか。俺たちは賢者殿に頼んで、導いて貰うんだ。それをアメリアを責めるっていうのは筋が違う。おまえたちが賢者殿に頼むっていうのが筋じゃねぇのか。智の独占だぁ、学院に入れねぇ平民が言うのとは分けが違うぞ」


 呼応するように、ガイアスも立つ。

 不穏な雰囲気に、慌ててマデリとセリも止めるように立ち上がった。

 次の瞬間、ブランカの笑いがその硬くなった空気を砕く。


「それは、確かにガイアス殿の言う通りだ。わしが間違っていた。アムル賢者、わしたちにもご指導いただきたい」


 笑顔を消し、片膝をその場で付くと、胸に手を当てて礼をした。

 まったくこの人は。

 アメリアを責めることでガイアスを煽り、頼めばいいとの落し所を明確にさせた上で、頼んできた。

 僕も最初から断るつもりはないが、自然な流れで話を持ってこられれば笑って頷くしかないな。


「では、そのお方に駅馬車を使わせるわけにはいかない。馬車は用意しておいたから、使ってくだされ」


 ブランカは立ち上がると、背を向ける。


「馬車代は、五等分だな。後で皆から徴収する」


 手を上げて、あっさりと退場した。

 なるほど、引き際も見事だった。



読んで頂きありがとうございます。

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