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賢者

 

 わしは大きく息を付くと、朝日の差し込みだした窓を一瞥した。

 身体は異様に疲れているが、頭が冴えすぎて一睡も出来なかった。


 立ち上がり、ドアに向かうわしに、

「どちらへ行かれますか」

サキの声が掛けられる。


「食堂も開いておろう。朝食でも頂くが、サキも来い」

「お供致します」


 その声にも疲れが感じられた。

 サキもあの覚醒の場に立ち会ったのだ。賢者もアメリアさえもその立ち合いを咎めることはなかった。

 実際に見なければ、サキも信じなかっただろうし、わしもそれを説明など出来なかった。


 部屋を出て階段を降りると、すぐに食堂に出た。わしの足はそこで止まる。

 奥のテーブルに座るのは、賢者とその従者、それにフレアという少女だ。


 意識するよりも先に身体が動いた。四人の前に歩み寄ると、

「ご一緒してもよろしいか」

自然と言葉が出る。


「ブランカ様、もちろんどうぞ」


 賢者が一礼し、椅子をずらして場所を開けた。


「昨日の覚醒の術、素晴らしいものを見させて貰った」

「ルクスに見識の高いブランカ様が控えて下さったことで、僕も安心しただけです」

「わしは見識などない。昔、ルクス師のバナンという者から聞いただけのことだ」

「ルクス師の、バナンさんですか」


 その言葉に、わずかな驚きが感じられた。ルクス師という仕事は、エルグの民だけにある生業になり、その為の戸惑いと思った。


「その、バナン殿は今はどちらにいらっしゃるのですか」

「ウラノス王国に行くと言っていた。あれも少し素行がよくなかったので、それ以来会ってはい

ない」

「そうですか」


 呟くように賢者が言った時、

「なんだ、みな来ていたのか。声を掛けに行ったのに、居なかったわけだ」

階段からジュラが駆け下りてくる。


 後ろに続くのは、アメリアとガイアスだ。

 目をこすっているのは、ジュラに叩き起こされたのだろう。


「賢者よ。お前は凄いな、わっしのルクスが噴き上がってくるのを感じるぞ」


 ジュラは弾けるように、賢者に走ってくる。

 わしは、彼らを見るとフレアに目を向けた。

 三人共にルクス量は跳ね上がっている。その中で、一番大きく増大したのはフレアだろう。ルクスを見ることは出来ないが、威圧感が強い。


 それだけ、フレアに巣くっていた妖が強かったということだ。

 これを、この若すぎる賢者が一人で行った。

 見なければ信じることも出来なかった。この者は、自らのルクスを秘めることが出来た。

 それは、ルクス師のバナンでさえ出来なかったことだ。


「そういえば」


 ふと思い出す。


「ザインという剣の達人が一緒だったな。ザインは気味の悪い奴だが、腕は確かだから元気にしているだろう」


 バナンを懐かしく思い出したことを口にした。途端に賢者の顔色が変わる。


「ザインさんですか」


 呟く声が重い。


「どうしたのだ。ザインを知っているのか」

「はい」


 賢者が顔を上げた。


「ガイアス様とアメリア様にはお話ししましたが、皆さんにも僕の出自を話しておきましょう。セリくんとマデリさんも聞いておいて下さい」


 静かな声で語りだす。

 その内容は耳を疑うことだが、ガイアスとアメリアは平然としたままだ。彼らはこの話を受け止めているのだ。

 フレアは表情を変えずに聞き入り、ジュラは大きく頷いている。


 こんなとんでもない話を信じているのか。

 ボルグ・マクレン。不世出の賢者に師事をし、たった六年でその知識を得たというのか。

 他の印綬たちは知らぬだろうが、それは天賦の才だけで得られるものではない。


 思考が摺り切れ、身体を動かせぬほどに疲弊しきるほどの努力だ。それを十歳からし続けてきた言うのか。

 そんなことが出来る者がいるはずがない。

 下らぬと一喝して席を立つべきだが、続く話にそれも出来なかった。


 第三門まで辿り着いたというのだ。

 わしはバナンに教えて貰い、意識を潜らせることが出来た。第二門に辿り着くのに十二年掛かった。

 そして、わしは第二門で挫折したのだ。


 それを、三年で第一門から第三門まで一気に行きつけるわけがないではないか。

 誇大妄想もここに至れりだ。

 しかし、笑い飛ばすことも怒鳴りつけることも出来ないのはなぜだろう。


 この者の目か。

 漆黒の闇を思わすその瞳が、真実だと告げている。

 そして、ルクスに関する知識はわしなど足元にも及ばないものだ。


「一つ聞きたい。第二門で何を見た」

「僕自身の過去です。自分自身の醜さと弱さを見せられました」


 即答した。

 あの辛い光景を過去だと言い切った。

 この者は、あれは過去として見詰めることで、未来を見据えたのだ。


「それで、歪んだ国を正したいというのは、この国でか」

「そうです」

「栄達を求めるか、財を求めるか」

「いえ、栄達を求めるならば、王宮に入ることを考えます。財を求めるなら商業ギルドを選びます」

「では、王宮には入らないと」

「僕は、外から彼らを支えます。導きます」

「導くか。助言をしてやるのだな」

「いえ。棘を切り開き、道を示します」


 賢者が笑みを見せる。

 わしは、それ以上に尋ねることが出来なかった。その笑みは、全てを達観し、覚悟を決めた、透き通るような笑みに思えたのだ。


 わしが口を閉じた途端、

「それりも、早く印綬を打ち合わせよう」

ジュラが待っていたように言う。


「それは、少し時間を置きましょう。まだ、覚醒したばかりでルクスが安定していません。お昼には、安定もします。それからにして下さい」


 賢者が落ち着いた声で答えた。

 そう、そうだ。わしも覚醒した後、ルクスが安定するのに時間が必要だった。この者もそれを知っているのだ。

 運ばれてきた食事を皆で摂りながら、わしは心に残った迷いを整理する。

 いや、迷いではない。疑問でもない。これは困惑だ。


「賢者よ、この後で少し時間をくれないか」


 食事を終えて席を立つジュラたちを見ながら、わしは声を掛けていた。

 頷く彼に、わしの方が驚く。

 言った自分に対して、同じ賢者として値踏みされると分かっていながら、即答する彼に対して。


「国を正すと言っていたが、どのような国を目指したいのだ」

「創聖皇が求めた国にです」

「それが、出来ると思うかね」


 わしの言葉に、賢者が息を付いた。


「人が何を成す時、その求めるものによって大きな壁が用意されます。それは、ブランカ様が一番分かっているはずです」

「どうしてだ」

「ブランカ様のルクスは、拡散し、周囲を照らしています。これは、人を思いやる心の強さです。そして、同時にこれは後天的なものです」


 あぁ、この者はルクスが見えるのだ。そして、そのルクスで人を見ることが出来るのだ。

 わしの今までを全て分かっているのだ。


「確かに、何かを成すのに壁を越えねばならんな。だが、越えられぬ壁もあるのではないか」

「それは、向かうべき道ではないからです。創聖皇は正しき道に、越えられる壁を用意されます」


 今度は、わしが息を付いた。その通りだ。わしも、この者も壁を越えて来たのだ。


「印綬の継承者様ですら、壁を越えねば辿り着けられません。僕はただの愚者です。しかし、そこに至る壁もこの愚者の命を贄にすれば、越えられるはずです」

「おまえの命を贄に越えたとしても、そこにおまえはいない。それは越えたことになるのか」

「それで道を示しました。壁の向こうに進んでいくのは、僕である必要はありません」


 やっと分かった。わしの困惑をした理由はこれだ。

 この賢者には、欲がないのだ。なさ過ぎるのだ。

 現実にはいるはずのない者を、目の前に見ているのだ。あり得ない存在と話をしているのだ。


「どうして、その考えに至ったのだ。第三の門を潜ったからか」

「死を見ました。第三の門の先にはルクスの河があります。そして、そのルクスの河には数え切れぬほどの人々の魂が流れています。僕はそこに入り、彼らの経験の一欠けらを貰いました」

「ルクスの河に入ったのか」

「その経験の数は死の数であり、僕のルクスは借りものなのです。僕は、それらを活かすために、ここにいるのでしょう」


 そう言うと、彼は一礼して立ち上がる。

 わしは、わしは頷いて見送ることしか出来なかった。

 あれは、本物だ。

 アメリアとガイアスが心服するのが理解出来た。フレアが頼るのも分かった。


 あれは、本物だ。


「ブランカ様、どうされましたか」


 力の抜けたわしに、サキが声を掛けて来た。

 サキには、第三門のことを話しても理解が出来ないだろう。

 彼のことを、高き山のことを、本当に理解できるのは、その麓まで進めた者だけだ。


「サキ、外套を取ってくれ」

「外套ですか」


 わしはサキに目を移した。自然と笑みがこぼれる。


「そうだ。わしはローブを脱ぐ。国の中枢に、賢者は二人も必要ない」


 あの時のジュラの気持ちが、わしにもやっと分かった。



読んで頂きありがとうございます。

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