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覚醒の提案

 

「どうされましたか、ブランカ様」


 掛けられた従者の声に、窓から視線を外した。

 夕暮れの紅い光に男の姿が浮かび上がっている。従者であり、友人でもあるサキだ。


「お茶が入りました、どうぞ」


 サキは一礼すると、優雅な動きでお茶を置く。


「それよりも、急ぎジュラ殿を呼びなさい」


 言いながら、ソファーに足を向けた。

 しかし、窓の外の様子では思ってみなかったことが起きている。さて、これはどういうことなのか。時間はないが、考えないといけない。

 思う間もなく、勢いよくドアが開かれた。


「なんだ、急に呼び出して」


 まだ幼さの残る少女が、仁王立ちになって腕を組む。義の印綬を継承したジュラ・バルドーだ。立ち上がった耳と尻尾が、エルスの血が入っていることを教えている。

 天真爛漫というか、何も考えていないというか。いや、考えた上での行動だろう。あれでも、ジュラは賢者の称号を持っている。

 考えた上で、空気を読まないのだ。


 印綬の継承者としてあった時、ジュラは国の中枢に賢者は二人もいらないと、ローブを脱いだ。

 深い思考を持つジュラだ。

 しかし、わしは掴みどころのない一回り以上も年の離れたこの少女に、どう接すればいいのかいつも悩んでしまう。


「アメリア殿たちが北都関を越えたようだ」

「関を、王都に入るのは明日ではないのか」

「そのように連絡があったが、北都関を越えた強いルクスを感じる」

「まぁ、ブランカ殿が言うのならばそうなのだろう。では、早速に印綬の打ち合いか」

「それよりも大事な要件があるのだろう。印綬が全て揃ったのだ、そこまで慌てる必要もないはずだ」

「なるほど。では、考えても仕方がない。わっしは迎えに行ってくる」


 言うと同時に背を向けて駆けだした。

 考えるよりも行動が先のジュラだ。


「大変ですね、ブランカ様も」


 ジュラの様子に笑いをこらえるように言いながら、サキが傍らに膝を付く。


「まあ、そこに座れ。しかし、印綬の継承者も個性の強い者が集まった。これで、国がまとまるのか」


 ため息のように漏れる言葉に、


「まとめるのですよ。ブランカ様が」


 サキが当然のように言った。

 まとめるか。一昔の前のわしなら、その意味を取り違えて、王を目指したものだろう。


「歳は、わしが一番上だろう。意見の調整くらいならば出来ような」

「王を目指されば、如何ですか」

「冗談はやめろ。欲深すぎる」

「欲は、悪いものでないと思いますが」

「人には三つの欲がある。生きるための本能の欲、自らを成長させる欲、破滅を呼ぶ欲。この歳で印綬に選ばれたのは、それを理解した為だ」

「ブランカ様は、まだ三十代です。達観するには早すぎます」

「逆だ。気付くのが遅すぎた為に、今まで印綬はわしを選ばなかった。それよりも、一つ心配なことがある」

「アメリア様とガイアス様が連れてくると言う、賢者のことですか」


 サキが即答する。

 サキのこの思考の速さが心地いい。


「どれほどの賢者か、ブランカ様も同じ賢者なのですから、見極めは簡単でしょう」

「そうだが、頭はいいが我儘なアメリア殿と直情のガイアス殿、あれだけ個性の強い二人が先師と仰いでいるらしい。稀代の天才か、それと稀代の詐欺師か」

「それで、一日早く関を越えて来た彼らにどのような裏があるのか、考えられていたのですね」

「そういうことだ」

「面談は、ここでよろしいですか」


 全てを察したように、サキが立ち上がった。


「任せる」

「承知いたしました」


 一礼して部屋を出て行くその背を見送り、ローブを手にした。

 襟元にはラルク上級学院の名が記された、賢者のローブだ。

 それを羽織り、印綬である細身の剣を取った。


 これが、わしの印綬。

 三代前の王が廃位になった時に、当然手にすると思った印綬。三代前、先々代の王の時もわしの元には来なかった。

 これが現れたのは、八日前だ。


 その理由は、わしが一番分かっていた。

 茶を口に運び、大きく息を付いた時、表から声が聞こえて来た。

 立ち上がり、迎えに立つ。


 それを待っていたように、

「印綬の方々をお招きいたしました」

サキの重い声が響いた。


 先に入ってきたは、ジュラ。続いてアメリアとガイアス、それに続いて赤髪の少女と賢者のローブを羽織った少年に、従者らしき少年と少女。

 思ったよりも大所帯だ。

 サキがソファーの後ろに椅子を並べる。


「どうぞ、お掛けください」


 わしはアメリアたちにソファーを勧めた。

 そのアメリアとガイアスが、賢者にソファーを勧める。いや、その賢者は断り、後ろの椅子に下がった。


 どういうことだ。

 アメリアはおろか、ガイアスまでもが人に席を、それも隣を勧めるなど思いもしない行動だ。

 アメリアは自分が中心だと信じる自我の強い女性ではなかったのか。


 ガイアスは全てが気に入らないように、周囲を見下すような少年ではなかったか。

 まるで、あの賢者を敬服しているようだ。修士になったというのは本当なのか。

 奥に座る賢者を見る。


 若い、まだ十代の若すぎる賢者だ。賢者になるには学問を修める必要がある。それを学ぶのに最低でも二十年は掛るはずだ。

 襟に書かれているのは、クルス・ロウザス。

 思わず、息が漏れた。


 クルス・ロウザス。ルクス学の権威の名だ。この者は、クルス賢者にローブ譲られたのか。しかし、それにしてはルクスが弱すぎる。

 その名を騙っているのか。


「早速ですが」


 口を開いたのは、アメリアだ。

 慌てて視線を戻す。


「お二人にご提案があって参りました。印綬の継承者で、妖をルクスに変換した覚醒者は、私とブランカ殿のお二人だけでよろしいですね」


 その言葉に頷いた。


「妖の克服、確かにわしはそれを行っている」

「私は、偶然ですがそれを行い、ルクスを増大させました。提案ですが、他の三人にも同じように覚醒をして貰い、王を選びたいと考えています」


 何を言っているのだ。アメリアは。


「それは、簡単なことではない。長い訓練が必要だ。王を選び、国を運営をしながらでなければ無理だ」

「すぐにでも、覚醒が出来るとなればブランカ殿は賛成されますか」

「それは、賛成するさ。皆が同じ条件で王を選出するのに、何の不満があろうか」

「ジュラ殿はどうですか」

「その覚醒とやらが出来るならば、したいな」

「分かりました。では、ここから先は、先師、いえ賢者殿に説明をして貰います」


 アメリアが少年に頭を下げ、立ち上がった彼は一礼をする。


「お二方には初めてお会い致します。ボルグ・ロウザスと申します。覚醒のやり方については難しく考えることはありません。皆様は印綬の継承者に選ばれ、そのルクスは輝きを増して浄化の速度も速くなっております」


 彼は、わしらを見ながら続けた。


「僕が皆様にルクスを送り、皆様の意識を沈めていきます。皆様はそれぞれ、意識の深淵、心の奥の妖をルクスで抑え込み、自らのルクスに変換をして貰います」

「待て待て」


 思わず声に出た。


「簡単に言うものではない。まず、ルクスを送り込むには相手のルクスに弾かれない強さが必要で、同時に穢れのないルクスでなければ送り込むことも出来ない。そして、それにはルクスに関する深い知識も必要だ。簡単に出来るものではない」

「賢者殿は、一度それをされている」


 ガイアスが柔らかい口調で言う。

 この言い方をするガイアスを初めて見た。それに、一度している。この賢者は、それをなしたというのか。

 クルス・ロウザス。賢者のローブを譲られたのも、それなのだろうか。


「いや、それでも印綬を相手に、その程度のルクスでどうするというのだ」

「賢者殿のルクスならば、心配はいりません」


 アメリアがほほ笑んだ。

 どういうことだ。アメリアも信じ切ったような言い方だ。

 それを受けるように、賢者が口を開いた。


「確かに、危険は伴います。妖を抑えられず逆に妖に蝕まれれば、魂の喪失にもなりかねません。その為に、僕も全力で協力をします。まずは、フレア様から行います。その次にガイアス様、ジュラ様はそれを見て決めて下さい」

「分かったぞ」


 ジュラは強く興味を引かれたように、身体を乗り出して頷く。

 本当にそれをする気なのだ。


「どこで、それを行うのだ」


 わしはやっと言葉を絞り出した。


「僕たちもこの宿に部屋を取りました。覚醒をした後に動けなくなるかもしれませんから、それぞれの部屋で行いましょう」


 賢者の言葉に、アメリアたちが立ち上がった。

 やはり、彼女たちはこの賢者に全幅の信頼を置いている。

 わしは、彼を計り切れぬままに立ち上がるしかなかった。


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