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王になりたい。


 窓の景色は後ろへと消え行き、ほとんど揺れない座席で時間だけが流れていくようだった。

 その中で、僕は国体の軍について話す。これがフレアたちへの最後の講義になる。


「妖獣の討伐、内乱の鎮圧に各公領主は軍を持ち、同じように王宮も軍を持っています」

「近衛軍と遠征軍でしょ」


 ガイアスが即答した。


「そうです。近衛軍は王と王宮を護り、遠征軍はその名の通り派遣されます。それでは、その軍に命令できるのは誰でしょうか」

「王しかいないわ」

「アメリアさん。では、王が不在の時、臨時王宮の開設時はどうなのでしょう」

「臨時王匡の総意で発令でしょう」


 当然のようにアメリアが言う。

 そう、王の廃位が多い国は、王宮官吏が総帥権を持っているのだ。この国も例外ではない。しかし、それは間違いだ。


「いいえ、本来、臨時王宮にその権力は及びません。軍を動かすのは、王にしかその権力を与えられていないのです。その時に起きた妖獣の討伐と内乱に、王の命がない限り軍は動けません」

「では、その時は国は乱れるしかないのですか」

「その通りです。人を、民を傷つける権限は王にしかありません。同時に、王はその全責任を負います」

「では、中北守護領地で村を襲った軍は、軍大司長が反乱の鎮圧という名目の元、独断で動かしたのですか」 


 ガイアスの言葉に、マデリが即座に返す。


「あの時、倒れた衛士を残さないように撤退したのは、名目なしで軍を動かしたからだと先師に言われました」


 さすがにマデリはよく聞き、覚えている。


「はい。しっかりとした大義名分があれば、先に布告をして軍を動かします。しかし、今回それはありませんでした。それに、内乱には二種類があります」

「反乱だけではないのですか」


 再びガイアスが聞く。


「内乱は、反乱と騒乱に分けられます。それは動いた人数によって区分され、千人以内であれば騒乱、それを越えれば反乱となります」

「先師。一つ教えて下さい。騒乱にしても反乱にしても、人々が苦しくて起こすことではないのですか。それを力で圧し潰してもいいのでしょうか」


 マデリの声は不満そうだ。


「不満は政治を司る王が行うことに対してです。王の行動に民は従うしかなく、裁きを下せるのは創聖皇のみです。反乱を起こせば、それは創聖皇に対する反乱であり、天逆と呼ばれます」

「天逆、ですか」

「はい。天逆になれば籍は消されます。そして、王にはそれを討伐する義務が生じます」

「それでは、廃位されるまで王は民を虐げ、反対するものを踏み潰せるのですか」

「国にとって、民にとって王は絶対的な存在です。王が正しいと思う道に進むには、民を思いやるだけでは進めない時もあります。その時には、王は厳しい決断もしなければなりません」


 言いながら、僕はフレアを見た。

 フレアは、挑むように目で僕を見て、講義の内容を理解しようとしている。

 この目だ。思わず息が漏れる。


 フレアが訪ねて来たのは昨夜、食堂を出てすぐであった。

 部屋に入るなり、蒼白した顔で歩み寄って来た。

 セリとマデリがいる前にもかかわらず、僕に膝を付き頭下げた。あの、フレアからは思いも寄らぬ態度だった。


「どうしたのです」

「先師」


 フレアはそこで大きく息を付くと続ける。


「ぼくは王になりたい」


 思いもよらぬ宣言だ。

 しかし、とも思う。フレアならば、と思う。


「どうしたのです」

「人買いの話でぼくははっきりと分かった。このままじゃ、変わらない。アリスアのような理不尽な死を、踏みにじられる友人を、知り合いを、同じ境遇だった人を見捨てることは出来ない。アメリアやガイアスのように、ぼくには仕方がないことと受け止められない」


その真剣な目と言葉に、心が定まった。


「うちも、そうです。公貴様の納得なんか必要ありません。意味もなく傷つけられたくありません」

「そうだよな。フレアが一番かもしれないな。平民の王様なのだから、おいらたちのことも考えてくれる」


 マデリとセリがそれぞれ言う。

 同じだ。その考えには、ぼくも賛成する。フレアには公貴に対するしがらみもない。 

 僕はフレアを見た。


「王が決まるのは、その資質とルクスの強さです。フレア様の資質は十分にあると僕も思いますが、今のままではルクスが弱すぎます。それを踏まえた上で、僕に話したのですね」

「そう。ぼくにはルクスがない。先師に、ぼくのルクスを強くしてほしい。ぼくの中の妖を変換させてほしい」


 セラと同じように、妖をルクスに変換したいのだ。

 幸い、セラのようにルクスが削られているわけでもなく、弱いわけでもない。それに、印綬の継承者に選ばれてからは、ルクスの浄化作用も強く、その輝きに曇りもない。

 セラの時のように、僕の意識が引きずられることもないだろう。

 問題は、一つだけだ。


「分かりました。ただ、それでは他の印綬の継承者に不公平です。覚醒をしていない方も同じようにルクスを強くしなければなりません」

「それで、ぼくは王になれるの」

「資質はあります。後はフレア様の強い願いと思いです」

「願いと思いで王になれるの」

「ルクスの発動は、願いと思いです。フレア様の願いと思いが強ければ、ルクスが反応し、打ち合う印綬に力を与えます」

「では、ぼくのルクスは強く出来る」

「そのためには、自分自身と向き合って下さい。幸い、フレア様のルクスは穢れなく輝いています。意識が妖にまで沈められるように、自身の心と向き合うことです」

「以前に言っていた、心の雑音を聞き流すことよね。やっているわ」


 その言葉に嘘はないのだろう。フレアはこう見えても努力家だ。すでに文字も単語も覚え、四則計算も正確に早くなっている。

 疲れ切った夜、朝、地道に励む姿を僕は知っている。


「では、明日の夜に行うようにしましょう。ただ一つ、忘れないでください」


 僕の言葉にフレアが身を乗り出す。


「もし、妖に呑み込まれれば、フレア様の命はありません」

「分かったわ」


 僕の言葉に重なるように、フレアは大きく頷いた。

 彼女も覚悟を決めているのだ。

 そう、この挑むような目は覚悟を決めた目なのだ。


「ところで先師、国の為の厳しい決断とは何なのですか」


 ガイアスの問いに、僕はフレアから目を離した。

 今は講義に集中しよう。

 昼の休憩の時に、ガイアスたちには改めて覚醒について話さなければならない。


「昔、ウゼル王国のランフット王は治水の為に大規模な労務を民に与えました。それは収穫期を終えた冬に行われましたが、十数年にも及ぶ長い労務でした。民は苦しみ、国の予算は傾き、公貴からの反乱もありました」

「ランフット水路のことですか」


 アメリアが思いついたように言う。


「知っていますか」

「いえ、知っているのは名前だけです。百年以上も前の水路は今も土地を潤していると、学院で習いました」

「そうです。ランフット王は百年先、千年先を見据えての統治をおこなったのです。しかし、民はそこまで考えることはありません。一時、国は怨嗟の声に満ちたと言います。しかし、それでも空に警鐘雲は現れませんでした」

「それが、厳しい決断ですか」

「はい。国を導くのは千年先を見据えて、そこに至る道を考え、行動することです」

「そのランフット王の統治は、どのくらい続いたのですか」


 アメリアも感心したように尋ねた。


「四十年です。水路が完成する二年前に、反乱により殺されました」

「王が、殺されたのですか」


 王が反乱で殺されることは夢にも思わなかったのだろう。アメリアとガイアスは同時に声を上げる。


「王とてルクスが削られれば殺されます」

「でも、近衛の兵もいたのでしょう」

「反乱を起こしたのは、近衛です。民の苦しさに耐えかねてと言われています」

「では、近衛は天逆になったのですか」

「もちろんです。反乱した近衛の全員の名が、王国籍から消されたと言われています」


 言葉をなくす彼らを見ながら、僕は続けた。


「また、創聖皇の罰は民に落とされたとも伝えられています。それから二十年、王は立たず国土は旱魃に見舞われたと。そして、その旱魃から民を救ったのが水路だったとも」

「それが、王の仕事ですか」

「はい。故に民の起こす反乱は天逆になるのです」


 僕の言葉にフレアも頷くが、その中で頷かないものが一人だけいた。

 なるほど、本質を理解したのはあなただけです。マデリ。


読んで頂きありがとうございます。

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