イミラク街道駅
イミラクと書かれた街道駅に入ると、すぐに馬車には衛士が駆け寄って来た。
馬車の扉を護る様に並び、片膝を付く。
印綬の継承者を迎えに来たのだ。
フレアたちが馬車を降り、衛士たちが宿に案内していく。その背を見ながら、僕たちも馬車を降りた。
「迎えが来るものなのですね」
セリが溜息のように言う。
「継承者が揃いましたから、王が立ったも同じなのでしょう」
言いながら、僕もこの対応には驚く。
印綬の継承者は尊敬される存在だが、王が立つ前から迎えに衛士が動くのは聞いたことがなかった。
これも、この国のしきたりなのだろう。
衛士たちは、この街道の中でも一際大きな宿に進んでいく。
高そうな宿だが、仕方がない。
「同じ所に泊まりましょう」
遅れて僕たちも宿に入った。
「先師、部屋はどうされるのですか」
マデリが小声で尋ねる。
「印綬の継承者たちには、それぞれ特別室が用意されます。マデリさんはまだ十七になっていないので部屋が取れませんから、続きの間のある部屋を取るようにしましょう」
「特別室に大きな部屋でしたら、金額もかかるのではないですか」
「印綬の継承者には、特別室は無償で用意されます。この宿も商業ギルドに所属していますので、お金を取るよりも恩を売りたいのです」
食堂を横切って受付に向かうと、二間続きの部屋を頼む。
鍵が渡されると、階段から駆け寄って来たのはガイアスだ。
周囲に衛士の姿は見えない。
「先師、浴場に行きますか」
弾けるような声だ。
「そうですね。せっかくですから入りますよ」
「では、先師の部屋はどちらです。後で、皆で行きますから」
「二階の一番奥のようです」
「分かりました。待っててくださいね」
言いながら、再び階段を駆け上がっていく。
「ガイアス様、なんだか嬉しそうですね」
マデリの言葉に、
「兄ちゃんは皆で旅がするのが初めてで、楽しいって言っていた」
セリの声が重なった。
「セリくん、ガイアス様をお兄ちゃんと呼んでいるの」
「ガイアスでいいと言われても、いくらおいらだって、そんな呼び捨てには出来ないよ。だから、兄ちゃんって呼ぶようにした」
いつの間にか、セリはガイアスと仲良くなっているようだ。
「そうなんだ。うちもアメリア様をそう呼ぼうかな」
「おいらは呼んでいるよ」
笑いながらセリが階段を上がる。
印綬の継承者が揃ったのだ。王が立つ、そのことにセリたちも浮かれているようだ。
扉を開けると、二台のベッドが並ぶ小さな部屋が現れる。
小さすぎるような部屋だが、マデリとセリは気にならないらしい。セリは荷物を投げ出しベッドに飛び込んだ。
「この部屋を、一人でいいのですか」
マデリは間仕切りの扉を開け、喜びの声を上げる。
「もちろんです」
荷物を置きながら答えると、待っていたようにドアが開かれ、ガイアスたちが入ってきた。
「先師、凄いのよ部屋が。寛ぐ部屋と寝る部屋の二つもあるの」
弾ける声を上げたのは、フレアもだ。
「当然ですよ。あなたは国を導く人になったのですから」
「でもね。本当にすごいのよ」
「さあ、入りなさい。そこで騒いでもいけません」
しかし、さすがにここに六人が入るのは狭いな。
印綬の継承者と僕たちと、分かれるようにベッドに腰を落とす。
「衛士たちはどうしたのですか」
「部屋の前にも立ちそうだったから、帰しましたわ。今後の警備は不要だと申し付けてきました」
アメリアの声は少し不機嫌そうだ。
「そうだな。今までそんなことをしなかったのに、全員が揃えばいきなりだからな」
「それだけ、この国には大切な存在なのですよ」
「だったら、最初からそういう対応をすべきです」
「エム公領主の意向もあるのでしょう」
「それよりも、先師」
アメリアが顔を向ける。
「どうしました」
「私たちが王宮に入れば、先師の部屋を用意するようにしますけれど、それまでの間は先師たちは宿になりますよね」
「いえ、王宮には入りません。必要ならば家を借りるようには考えています」
「それはだめよ。王宮にいて近くで見守ってほしいもの。でも、それまでの間、先師には私の家の別宅を使って頂けませんか」
「アメリア、それはズルくないか」
声を上げたのガイアスだ。
「でも、ガイアは家とはうまく入っていないでしょう。私の家ならば、私の自由になるもの」
「それは、そうだけど」
「ちょうど、別邸の一つが王宮の側です。先師にはそこを使ってもらうのがいいわ。そうすれば、私たちはいつでも会うことが出来ますもの」
「すぐ近くなの」
フレアがベッドの上で足を組んだまま身体を乗り出す。
「そうよ、すぐ側よ」
「では、先師。そうしましょうよ」
フレアが言い、ガイアスも頷いた。
確かに、長居をするには宿代も心もとない。家を借りるにしてもすぐにはいかないだろう。
「お気持ち、ありがとうございます。セリとマデリとも相談して――」
「では、決まりね。明日にも家には早馬を送って準備させます。それでいいわね、セリくんにマデリちゃん」
「はい」
「お願いします」
僕を置いて二人が即答する。
苦笑するしかない。二人がぼくの意見を聞かずに返事をすることはない。これは、遠慮する僕に二人が気を使ったのだ。
「分かりました。できればで結構ですので、家に無理はさせないで下さい」
「アメリアの家は公貴でも上位だから、無理はないよな」
ガイアスが胸を張る。
いやいや、ガイアスよ。
「それでは、そのことを伝えにわざわざここに集まってくれたのですか」
「いや、俺は一人はが寂しいから」
ガイアスが頭を掻き、アメリアが頷く。
「最後の印綬が揃ったのだから、一人でいるのはね」
「そうですか。明日には領境に行けます。そこから先は王都になりますので、先にお話をしておきましょうか」
僕は前に座る三人に目を向けた。
「明日の国体の講義で、僕は三人の先師を下ります。先師と修士の間柄というのは、絶対的な師弟関係があります。それでは、国の運営に支障をきたします」
「どういうことですか。支障なんてあるはずがありません」
アメリアの笑顔が消える。
「補佐をし、先師として支えてくれるのではないのですか」
「助言者という立ち位置で、補佐はします。しかし、先師の立場では王宮官吏が黙っていないでしょう。修士は先師の命には逆らえません。国の行く末を考えれば、王宮官吏の反対は当然のことです」
「それは分かります。分かりますが、俺たちを教え導いてはくれないのですか」
ガイアスが俯いた。
「いえ、助言者という立場での講義はします。分からないことは何でも聞いて下さい」
「待て、先師はぼくを導くと言ってくれた。それを信じてもいいの」
燃えるような目を真直ぐに向けるのは、フレアだ。
「はい。約束は皆さんにしたのと同様に、創聖皇と交わしたものにもなります。約束はお守りします」
「分かった。最後に聞いていい、ぼくが印綬の継承者になるから、先師はぼくを助けてくれたの」
フレアはその目を逸らさない。
ならば、僕も正直に答えよう。
「フレアさんのルクスの強さは感じました。しかし、ルクスは強いですが、印綬に選ばれるほどの強さとは思いませんでした」
「ぼくに印綬の継承者になるほどのルクスはなかったの」
「はい、それには足りませんでした。それでも選ばれたのは、才覚があるか、覚醒すればルクスの上限が跳ね上がるからでしょう」
「妖をルクスに変えるのね」
「そうです」
頷く僕に、
「でも、フレアさんのルクスは強いですよ」
マデリが信じられないように言う。
マデリにとっては、今のフレアの威圧感に恐れすら感じてるのだろう。
「そうですね、印綬の継承者がどれほどかは知らないのですね」
僕はフレアに目を戻す。
「それでは、ルクスを計りましょうか」
僕の出す手に、フレアも手をのばす。
その手が触れる瞬間、僕は開放したルクスを手に込めた。
膨れ上がるルクスに煽られるように広がるフードが、打ち合うルクスに青く照らされる。
弾かれたのは、フレアの手だ。
「印綬の継承者は、このくらいのルクスがあります」
「先師、あなたは」
声を上げたのは、アメリアだ。
「そこまでのルクスですか」
「先師が、印綬に選ばれるのではないのですか」
ガイアスとセリが口々に言い、マデリは口を開いたままだ。
「ここにいる印綬の三人の中では、覚醒をしているのはアメリア様だけです」
「では、アメリア様のルクスは」
「はい。僕の手を弾きますよ」
「確かにな。俺もアメリアを見て敵わないと思った。では、印綬の継承者で他に覚醒をしているのは、礼の印綬のブランカ殿だな」
「そうね、あの人のルクスは私と同じくらいだものね。でも、それでは少し不公平よね」
アメリアが考え込む。
「それは、印綬の方々で考えられるの良いでしょう。それよりも、公設浴場に行きましょうか」
ここから先は、部外者である僕が立ち入るべきことではない。
「そうですね、先師。では、お風呂の後はこの下の食堂に集合としましょう」
先師を強調するように言うガイアスの言葉に、僕たちは立ち上がった。
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