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初めてのダンス

 

 フロアはいつの間にか多くの人々が躍りだしていた。

 振り落ちる光に色彩に満ちたドレスが輝いて見える。


「先師。先師の言われた通りでしたわ」


 アメリアが疲れた顔で横に立った。


「大変でしたね」

「でも、すぐに収まったわ。あっけないくらいにね」

「三賢老の一人は、エム・マクシス公ではありませんか」

「そうです。しかし、三賢老をご存じなのですか」

「その呼び名を聞いただけです。詳しくは知りません」

「一人は内務大司長のジムザ・ベントール。もう一人は公貴大司長のハリオス・エルバル。この三人が三賢老と呼ばれ、それぞれ仲は悪く、牽制しあっています」


 仲が悪く、三竦みの状態ということか。

 しかし、店主の言った国の災厄というのは、どういう意味なのか。


「この夜会は、エム公領主様が開かれたものです。そこでの騒ぎとなれば、エム公の顔を潰すことになります。それでも、子息であるエド公の暴挙を止めなかった」

「あえて、見逃したのですか」

「はい。エム公もこうなる事は分かっていたはずです。それでも止めなかったのは、お二方の値踏みです。対応を見ることで、性格も知ることが出来ます」

「値踏みするためにですか」

「エド公が絡んだ時に違和感がありました。その正体は、エム公の視線です。お二方の素養、性格を知りたかったのでしょう」

「それを知ることで、私たちへの対応を考えるということですか」


 頷くアメリアの横に、

「みんな、どうしたのだ。食べてないじゃないか」

葡萄酒の樽を抱えたガイアスが歩み寄ってくる。


 フレアたちは、掛けられるガイアスの声にも反応もしなかった。食い入るようにフロアを眺めている。


「なに、皆は舞踏会が楽しいの」


 アメリアもその様子に気が付いたように、フレアたちに目を向けた。


「あの、アメリア様。アメリア様も踊れるのですか」


 マデリが顔を上げる。


「そうね。一通りは踊れるわよ。踊りたいの、マデリちゃん」

「はい。うちもあんな風に踊りたいです」

「そう。でもね、女の子は男の子に誘われないと踊れないのよ」

「どういうことですか」

「ダンスは女の子からは誘えないの。男の子が誘ってきて気に入れば踊ってあげるのよ。女の子から誘うのはマナー違反になるのよ」

「誘われなければいけないのですか」


 マデリが俯いた。

 平民の彼女を誘う公貴はいない。そんなことはマデリも十分に分かっている。

 セリが横を向き、僕も目をそらした。


「それでは、マデリちゃん。一緒に踊って貰えますか」


 横から手を差し伸べたのは、ガイアスだった。

 印綬の継承者だ。このフロアで踊れば、夜会の注目を一身に浴びるだろう。それでもマデリには恥をかかせない自信があるのだ。

 心の中で拍手を送るしかない。

 音楽に乗り、華麗なステップでガイアスがマデリをリードしていく。その見事なダンスに、マデリも初めてとは思わせないほどだ。


 その姿をフォークに肉を刺したまま眺めるセリに、

「では、セリくんは私がリードして上げましょうか」

アメリアが微笑みかけた。


「おいらも、踊れるのか」

「そうね。セリくんが誘えば、実地でステップを教えてあげるわよ」

「お、お願いします。おいらと踊って下さい」


 真っ赤になったセリを見るのは初めてだ。がんばれよ、セリ。

 その僕の裾が引っ張られる。


「先師、ぼくを誘わないのか」 


 フレアが見上げてくる。


「申し訳ありません。先ほども言ったように、僕は踊れないのです」


 答える横で、アリスアも躍りだした。

 ステップと手の動きでセリを導き、傍目にはセリの方がリードしているようにさえ見せる。

 フレアはそれを横で見ると、葡萄酒のカップを煽った。


「嘘、踊りたくないの」

「嘘ではありません。僕は舞踏会にも出たことはありません」

「先師にも、出来ないことがあるの」


 こちらに目を向けたまま、空になったカップに葡萄酒を注ぐ。


「それはありますよ」


 公貴は十七になれば、お披露目を兼ねて王宮での舞踏会に参加しなければならない。それまでに恥をかかないようにしっかりと練習していくのだ。

 しかし、僕はその練習を前に投獄された。

 流れ込んできた数え切れぬほどの経験にはダンスもあるかもしれないが、このフロアでそれを試すほどの度胸を僕は持ち合わせてもいない。


 フレアは不満そうな顔を見せると再びカップを煽り、フロアに目を戻す。

 軽やかな曲は降りそそぎ、フロアの人はさらに増えていった。

 一曲を踊りきると、マデリとセリが帰ってきた。息を切らしているがその顔は紅潮し、嬉しそうだ。


 息一つ乱してはいないアメリアにダンスの申し込みが列を作り、ガイアスの周囲には娘の父親であろう公貴が群がるのは一瞬であった。

 その人波に押されるように、僕たちは隅に追いやられる。


「フレイドさん、踊らないのですか」


 マデリが肩で息をしながら尋ねた。


「誘ってくれない」


 フレアが睨むような目を向ける。いや、睨まれても。


「おいら、少しは覚えたぞ。一緒に踊ってみるか」


 セリがその肩を叩く。

 ダンスに自信が付いたようだ。セリの運動神経はいいが、それ以上にアメリアの導きが良かったのだろう。

 フレアはマデリを見、マデリも笑顔で大きく頷いた。

 何かを悩んでいるようだったが、それで決心がついたようだ。カップの葡萄酒を一気に飲み干すとテーブルに置く。


「じゃあ、練習する」

「練習かよ」

「ぐずぐず言わないで」


 フレアがフロアに足を進めた。


「あら、セリくんがリードするの。セリくん、ゆっくりね」


 アメリアが声を掛け、大きく手を振る。

 その後ろには、距離を置いてダンスを申し込んだ男たちが並んでいた。こう見ると、男たちを引き連れているようだ。


「いいのですか、お誘いを受けなくても」

「先師はよくご存じでしょう。彼らの目的が何かを」

「そうですね。知己を得られればそれに越したことはありません」

「私と伴侶になれればと、言わないところがさすがね」


 アメリアが微笑む。

 印綬の継承者だ。一緒になれれば生活は安泰だろう。しかし、これだけ王の廃位が続けば、二の足を踏むのも分かる。廃位されれば共に路頭に迷うのだ。


「それで、踊らないのですか」

「差し出された手を簡単に握るほど、私は、印綬の継承者は、安くないわよ」


 話すアメリアの後ろを、ガイアスが女性の手を引きフロアに進んでいく。


「……安い者も中にはいるけれどね。それより、先師は踊らないの」

「フレイドさんにも言いましたが、僕は踊れません」

「先師は踊れないの」

「はい。習う機会がありませんでした」


 僕の言葉に、アメリアはぼくの素性を思い出したようだ。

 口を閉じたアメリアから目を離し、フロアに戻す。

 ぎこちない動きでセリとフレアがステップを踏んでいる。

 こちらに気が付いたフレアが、嬉しそうな笑顔を見せた。本当に楽しそうだ。公貴でない彼女にとっては、全て新鮮で華やかな世界だ。


「それでは先師、私がダンスの手ほどきをしましょう」


 不意に耳元でアメリアの声が聞こえた。

 息のかかる近さに、身体がのけ反る。耳が熱くなったようだ。


「お、教えてくれるのですか」

「はい、喜んで」


 さらにアメリアが身体を寄せてくる。


 僕が応えようと口を開いた途端、

「駄目、駄目だよ、フレイド」

セリの焦った声が聞こえた。


 フロアに戻したその目に、ガイアスとぶつかるフレアが見える。

 鈍い音は後から響いてきた。



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