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夜会

 

 招待されているのは、全てが公貴の様だ。煌びやかな服を身に纏った人々が、大きく開かれた扉に消えていく。


「そろそろ着きますね」


 僕はフレアに向き直った。


「セリくんの時もガイアス様の時も、あなたは服を汚されて殴りかかっていました。今後は何があってもそれをしてはいけません」

「いや、先師。あれは俺が悪かった。俺がかっとなって後先考えられなかったんだ。フレイドさんは悪くない」

「そうです。オイラもせっかくの服を汚してしまいました」


 二人が争うように言う。


「もちろん、それは二人の落ち度です。十分に反省をすることです。しかし、だからと言って殴りかかるのはいけません」

「分かった」


 どこか不服そうにフレアが頷く。

 本当に分かっているのだろうか。


「では、気を付けて下さい」


 言いながら袋から出したケープを渡した。


「これは」


 表情から不服さが消える。


「ケープと言います。ドレスの上から肩に掛けて下さい」

「これを肩に掛けるの」

「はい。フレイドさんの作ったドレスが、より引き立つはずです」


 すぐにフレアがそれを肩に羽織る。純白のビロード生地に白銀の刺繡の入ったものだ。


 ドレスの生地は光沢の鋭い低質なものだが、純白のケープはそれさえも品の良さに見せる。


「ありがとう、先師」


 馬車が止まると、顔を輝かせてフレアが馬車から降りた。

 続く僕たちの前に、使用人が駆け寄ってくる。


「印綬の継承者様、お待ちしておりました」


 その言葉に、アメリアとガイアスが足を進めた。ここから先は二人に任せよう。僕たちはその後ろに控えるように立った。


「それでは広間までご案内いたします」


 入口のホールに入るとそのまま中央の階段に進んでいく。

 公領主館でもここまで贅の尽くされたものは見たことがない。フレアの顔が曇ったのは、この前に教えた税のことを思い出したのだろう。

 これを造り、維持をするのにどれほどのお金が掛かるのか。そして、どれほどの民が苦しんでいるのか。

 階段を上った先に、大きな扉があり、それが左右に開かれた。


「信の印綬の継承者、ガイアス様。仁の印綬の継承者、アメリア様。ご入場です」


 声が反響し、拍手が沸く。

 二人が先に進み、僕たちも広間に足を踏み入れた。

 高いドーム状の天井には、ガラス細工の装飾の施された光の聖符が吊り下げられ、楽団の荘厳な演奏がその天井から降り注いでいるように感じる。


 奥の一段高いところに椅子が設けられ、そこに座る老年の男が公領主のようだ。

 そのやや後ろには、先ほど店に来たあの男が座っている。

 アメリアたちは中央に出ると奥に足を向けた。


 公領主の前に進み、軽く一礼をする。その後ろで僕は片膝を付いた。慌ててフレアたちも片膝を付く。

 印綬の継承者は、今の位は下と言ってもほぼ同格だ。王が立てばその立場は逆転する。

 しかし僕たちは平民に過ぎない。


「印綬の継承者か、よく来てくれた」


 白髪の男は、背もたれに身体を預けたままに尊大な声で言う。


「マクシス公、お招き頂き光栄です」

「領地に来たと知れば、会いたくもなるのでな。だが、エルミの賢者を同行させるとは、さすがに印綬の継承者と呼ぶべきだな」


 マクシスが見下ろしてくる。


「いえ、こちらの賢者様は私とガイアス殿の先師になります。私たちは修士に過ぎません」

「修士だと」


 声を上げたのは、後ろに控えるエドだ。


「国を担う印綬の継承者が、他国の賢者に師事するなどもっての外」

「お言葉ですが、賢者様の知識は広く深いものです。人種、国の関係なく、人としての賢者様に私たちは師事しています」

「下らん。我が国にも優秀な賢者は多い。それを––」

「よいではないか、エド。印綬はこの二人を選んだのだ。皆さんもゆっくりして下さるといい」


 下がってもいいという風に、公領主が手を振る。僕たちを庇ったのではない。僕たちの背後に並ぶ来客に、嫌気がさしたのだろう。

 アメリアたちも当然のようにその場を離れ、入り口に近いテーブルに向かった。

 こういう立食形式のパーティでは、席は自由だ。テーブルにはすでに料理が並べられ、フレアたちの目が輝いている。


「しかし、公領主というのは面倒くさいな」

「何言っているの、話したのは私で、ガイアは黙ったままじゃないの」

「俺が口を開けば、争いになっちまう。ここはアメリアに任せるのが一番だろう」


 言いながら、ガイアスは並べられたカップに葡萄酒を注いでいく。


「勝手なものね。でも、あのエドとか言う人、凄い威圧だったわね」

「先師は、ルクスが汚れていると言っていましたけど、あれだけのルクス量は俺たちに匹敵するな」

「先師。まさか、あの人が智の賢者じゃないですわよね」


 アメリアが顔を向ける。


「それはありません。印綬は清浄なもので穢れを嫌います」

「ぼくは、あいつは嫌いだ」


 フレアが呟く。


「そう言うものではありません。言ったはずですよ、会った人全てが先師なのです」

「ですが、先師。あんな人に何を学ぶのですか」


 マデリが見上げてきた。


「あれだけのルクスがあっても、それを汚してしまえば印綬にも選ばれません。せっかくの才を潰してしまうのです。心を正しく生きなさいと教えているのです」

「反面教師ですか」


 アメリアが小さく笑う。


 その笑いをかき消すように、

「今日は印綬の継承者が二人、余に会いに来た。すぐに王は立つ、皆の者よ、新たな王国の始まりだ」

エム・マクシスの声が響き「乾杯」の声が続いた。


 同時に楽団の演奏は軽やかなものに変わり、周囲の重さが消える。


「会いに来ただってよ、俺たちが会いに行ったのはバルクス公領主なのにな」

「そうね。でも、今日はゆっくりとさせてもらいましょう」


 アメリアがカップを取った。

 それを合図のように、客たちがアメリアたちに集まって来た。印綬の継承者だ、皆が関わりを持ちたいと思うのは当然だろう。

 僕はそっと距離を置く。


「さすがに、印綬の継承者様ですね」


 マデリが感嘆したように言う。

 マデリは、分かっていないようだ。自らの利権の確保と拡大のために、公貴独特の言い回しで知己を求めてくるのだ。

 あんなものに囲まれたら、心が休まる暇もないだろう。


「それより、マデリちゃん。これ食べて見なさいよ」


 その横でフレアが葡萄酒のカップを手に、口一杯に頬張りながら振り返る。

 だめだ、この展開を忘れていた。これだけの食事だ。フレアが、ただ眺めているわけがなかった。


「フレイドさん」


 声を潜めて注意しようとした途端、

「先師、向こうの肉が凄いですよ」

セリが皿一杯に肉を乗せて持ってきた。


 セリ、おまえもか。周囲の視線が冷たい。


「いいですか。これは立食パーティになります」


 セリも近くに呼ぶ。


「食事は前菜から右に並んでいます。右から順番に少しずつ取っていきなさい。お皿は左手に持ち、一度使ったお皿は味が混ざらないように取り換えるのがマナーです」

「分かりました」


 セリが両手で持った皿を左手に持ち替える。


「それに、口一杯に頬張ってはいけません。立食なのは、招待客たちが様々に話が出来るようにするためです」


 頬を膨らせたまま、フレアが頷く。アメリアとガイアスには、鼎の軽重が問われると言ったのだが。


「それでは、サイドテーブルに」


 僕の言葉そこで止まった。

 背後から強いルクスを感じる。それに呼応する二つの強大なルクス。


「皆さんはこちらに来なさい」


 振り返らなくても分かる。マデリたちをサイドテーブルの反対側に呼んだ。

 エド・マクシスだ。そして、ここに来た理由も分かる。


「印綬の方々は王宮に入れば、簡単には会えなくなる。是非、一度ルクスの強さを見せて欲しい」


 自らのルクスの誇示だ。自身のルクスの強さに自信があり、自分を選ばない印綬に憤慨している。

 しかし、なぜだろうか、この違和感は。


「ルクスは強さは見せるものでも、誇るものでもありません」


 アメリアが諭すように言う


「ルクスは人としての器の大きさを示す。しかし、そうは見えないので、国の行く末が心配でな」

「ルクスをひけらかすのが器の大きさとは、とても思えねぇな」


 ガイアスが応えた。同時に二人に集まっていた公貴たちが一斉に離れだす。

 その騒ぎをかき消すように、奏でられる音楽は音量を上げて、軽快なものに変わった。中央に開けられたフロアに数組の男女が出てくると、ステップを踏み出す。

 エド公の元には儀典官が集まり宥めている。これで騒ぎはすぐに収まるだろう。


「先師」


 その僕にすぐ横から声が掛けられたフロアを目を輝かせて見ているのはフレアとマデリだ。


「これは何なの」

「夜会に伴う舞踏会です。ここでダンスをするために、中央のフロアを空けていたのですよ」

「ここで踊るの」

「はい。夜会には舞踏会がつきもので、ダンスは公貴の基本的な嗜みになります」

「綺麗ね」


 踊る姿と広がるスカートの艶やかな姿に、フレアがため息と共に言う。


「そうですね」


 マデリも身体を乗り出した。


「先師も公貴だから踊れるのでしょ」


 フレアの言葉に首を振る。


「僕は踊れません。練習をしたこともありません」

「練習といっても単純な動きじゃない」


 言いながらフレアがその場でステップを真似だす。マデリまでもそれを見ながら、一緒にステップを踏み出した。


「何をしているのですか」


 後ろから来たのはセリだ。彼も目を輝かしている。

 そう、彼らには初めて見る公貴の煌びやかな世界だ。その絢爛な景色に心が奪われているのだろう。

 嫌な予感しかしなかった。


読んで頂きありがとうございます。

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