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エド・マクシス

 

 近北守護領主館はロウグという城塞都市にあった。

 辺りを睥睨するように建つ領主館は、外壁の石材から贅を尽くしたものだ。これだけで、この公領主の領地に対する姿勢が見えている。


 馬車は通りを進み、大きな宿屋の前に止まった。

 都市の中心になるのだろう。宿の前には大きな商店が並んでいる。


「宿の前に、あそこに行きませんか」


 宿に進むアメリアたちを止め、僕は通りを挟んで建つ商店を示した。

 並ぶ商店の中でも一際大きな店だ。ボルドスの店とは比較にならない。フレアたちは言葉をなくして見上げている。


「先師、どうしたのですか商店になんか」


 ガイアスが顔を向けた。


「招待されたのです。それなりの格好をしなければいけません」

「別に賢者様なのですから、ローブで構わないのではないのですか」

「僕ではありません。マデリさん、セリくんの服装です。フレイドさんはドレスを持っていますのでいいのですが、二人の服装では、アメリア様とガイアス様にも恥をかかせてしまいます」

「それは構いません。それに修士に様など付けなくても」

「いえ、僕が先師なのは講義の時だけです。それ以外は、あくまでも民なのです」

「それは、周囲の視線を慮ってのことですか」

「俺たちは気にしていません」


 二人が慌てたように言ってくる。


「気にする、しないではありません。服装にしても、お二方が印綬の継承者として、鼎の軽重が問われてしまいます」


 僕は店を見上げた。


「これだけの店ならば、大丈夫でしょう。アメリア様、ガイアス様。ここは店の敷居が高く、僕では入店を拒否されてしまいます。どうか、中に案内をして下さい」


 そう、これだけの店構えの店は、客を選んでくる。賢者のローブを着ていても紹介がなければ入れない。

 唯一の例外は、印綬の継承者くらいだろう。

 案の定、店に入ると店主が駆け寄って来た。


「これは、印綬の継承者様。何かお探しですか」

「いえ、私ではありませんの。私の先師が探しておられます」


 アメリアが先師を強調して言う。

 しかし、それは通用しないようだ。その店主の目に浮かぶのは猜疑の色。僕の懐具合を心配してくれているようだ。


「この通りには他にも店はあり、お求め安い商品もございますが」

「ここは、イゼル商会系列の店ですね。この店の規模でしたら、遠隔書式もお持ちと思い、立ち寄りました」

「はい。それは持っておりますが」

「それでは、イゼル商会に僕の預かり金があります。支払いはそこから行いますので、確認を願います」


 僕は旅札を出した。旅札は身分証も兼ねたものだ。

 不審そうに見るが、玉で出来た旅札は公貴が持つ物になる。店主はそれを取ると、奥に足を向けた。


「先師。ボルドスさんにも言われていましたが、預り金とは何ですか」


 マデリが小さな震える声で尋ねる。

 この店の雰囲気に圧倒され、僕のお金を心配しているようだ。


「僕は以前、大陸を旅していた時にイゼル商会にある商品の権利を売ったのです。その代金をイゼル商会に預けているのです」


 僕の言葉を待っていたように、店主が駆け寄ってくる。


「これは、ボルク賢者様。失礼いたしました。イゼル商会より承認の連絡が参りました。どうぞ、こちらに」


 態度の変わった店主の後ろには、なぜか店員までもが並ぶ。


「お探しのものとは何でしょうか」

「マデリさんとセリくん、この二人に儀礼服をお願いしたのです」

「それでしたら、採寸をしてすぐに」

「いえ、その時間はありません。見本として用意しているものがあるはずです。それを下さい」

「見本でよろしいのですか」

「取り急ぎですから、構いません。それと、もう一点欲しいものがあります」


 続けて言う僕に、

「よろしいですか、先師」

アメリアがそっと口を開く。


「私たちも準備がありますので、向かいの宿に入っておきます。先師たちも終わり次第に来てくださいますか」

「そうですね。ご案内ありがとうございます」

「先師」


 横からフレアが手を伸ばしてきた。


「先師、ぼくも準備をしておく」


 どうやら、僕のバッグを持ちたいようだ。フレアの作ったドレスが入っているのだ。それを自分で着られるのが嬉しいのだろう。


「分かりました。では、僕のバッグはお預けします」


 バッグを手渡し、僕は顔を戻した。

 マデリたちは用意された服を試着に行ったようだ。


「ところで、賢者様。マルス様とお知り合いなのですか」


 店主が歩み寄ると、小声で尋ねてくる。

 ここでもマルスの名前だ。


「以前に大陸で知り合っただけです」

「それだけなのですか。マルス様から直接の返信です。それも、恩人になるからくれぐれも粗相のないようにとの指示まで付いてます。このようなことは初めてです」

「恩人は言い過ぎです。あの方は、どのような災厄にも対応できる才覚と力を持ちですから」

「才覚と力ですか。残念ながら、この私では会うことも叶わない雲の上のお方になります。では、マルス様がそこまで言われる賢者様に、一つだけ御忠告を差し上げます」


 男は更に声を潜めた。


「エル・マクシス様にはご注意下さい。この国の災厄は三賢老と言われております」


 三賢老、初めて聞く言葉だが、それ以上は尋ねられなかった。


「試着は終わられたのではないですか」


 居並ぶ店員の耳を避けるように、店主は言いながら後ろに下がる。

 その言葉に押されるように、奥からマデリとセリが出て来た。

 一般的な女性の儀礼服はドレス、男性は高い襟のシャツと腰までの上着からなる第三正装になる。


 見本で置いていたそれを身に纏った二人は、真っ赤な顔をして駆け寄って来た。

 恥ずかしいのだろうが、似合っている。何も喋らなければ、公貴にも見えるだろう。


「では、それを頂きます。着て帰りますので、代金は預り金から引いてください」

「承知しました。それでは––」

「エド・マクシスである。注文しておいた剣を引き取りに来た」


 店主の声を遮るように、店の表から重い声が響く。

 同時に吹き付けてきたルクスに、僕は顔を上げた。

 金糸の縫い込まれた膝までの長衣を着た三十代であろう男だ。名前からして、公領主の身内のようだ。

 しかし、このルクスは印綬の継承者にも劣らないほどの強さがある。


 慌てたように走っていく店主を見送り、

「あのお方は」

側にいる店員に聞く。


「エム・マクシス公領主様のご子息になります」


 その声に苦いものがある。

 それは、強大なルクスの周囲に立ち上がる黒い靄の為なのだろう。強いルクスを持ちながら、印綬には選ばれなかった理由のようだ。


「あと、こちらをどうぞ」


 店員の差し出す袋を受け取り、どこかぎごちなく歩く二人に目を戻した。


「それでは、僕たちは行きましょうか」

「はい。でも、こんなに高そうなものをいいのでしょうか」


 マデリが見上げてくる。


「このまま王都に行けば、アメリア様とガイアス様の晩餐会に呼ばれるかもしれません。その時にも必要になりますからね」

「あ、ありがとうございます。おいら、こんな上等な服は着たことがなくて」

「では、二人とも慣れておきなさい。それよりも、急ぎますよ」


 僕たちは入って来たエド・マクシスたちを迂回するように大きく回り、店を出た。

 通りを挟んだ宿に向かう。

 宿屋は一階が食堂になり、二階からが部屋になっているものが多いが、ここも例外ではなかった。

 奥の受付に行くと、すぐに三階に案内された。

 すでに部屋も取ってくれているようだ。


「先師、こちらです」


 三階に上がるや、ガイアスの声が掛けられた。


「ここから店に入る男が見えたのですが、先ほどの男を先師、見ましたか」

「はい。マクシス公領主様のご子息のようですね」

「凄いルクスを感じました」


 部屋のドアを開けるとフレアたちが窓から振り返った。


「マデリちゃん、可愛い。その青いドレス似合っているわ」


 途端にフレアの声が弾ける。


「あ、ありがとうございます。フレイドさんこそお似合いです」

「そう、ありがと。一生懸命縫ったのよ」


 真紅のドレスを身に纏ったフレアが身体を翻した。

 スカート大きく広がり、周囲を紅に染めるようだ。

 その姿に、僕は言葉をなくす。初めて、女性を見て綺麗だと思った。


 ドレスの生地は、アメリアのドレスやマデリのドレスに比べてはるかに劣るものだが、それを感じさせない美しさがある。

 これは、フレアの美しさなのだろうか。


「どうしたの、先師」

「あ、すみません」

「それよりも、今、お店から出てくるあの男の人は凄いルクスね。ここにいて、ぼくにも分かった」

「そうですね」


 僕は気を落ち着けながら、その足を進める。窓からは、馬車に乗る一団が見えた。


「あの方はルクスは強いですが、光は鈍く、黒い靄に包まれています。関わらないほうがいい人物です」

「関わりたくはないよな」

「でもねぇ」


 アメリアが呟く。


「挨拶しに行かなきゃいけないのよね」

「あの、印綬の継承者様は国の中枢になるのだから、挨拶は向こうから来くるのじゃないのですか」


 セリが尋ねた。


「それがな、俺たちはまだ継承者で王は立っていないんだ。王が立って初めて、地位は確定するから、挨拶はこちらが行くんだよ」

「その挨拶は、うちらもなのですか」

「そうよ、マデリちゃん。でも、心配しなくてもあなたたちは私たちの後ろに立って、礼をするだけでいいわよ」

「どれより、アメリア。そろそろ行かないといけないな。遅れわけにもいかねぇだろ」

「そうね。賢者様、お付き合い願えますか」

「承知しました」


 階段を降り入口に浮かうと、乗りつけて来た馬車が再び横付けされている。

 当然のようにアメリアたちが乗り込み、僕も続いた。

 通りからも見える城のような公領主館だ。馬車に乗らくなくても歩いて行けそうな距離だが、それでも馬車を使うことがステータスなのだろう。


読んで頂きありがとうございます。

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