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それぞれの覚悟

 

「分かりませんね」


 絞りだすように言ったのは、ガイアスだった。


「俺がバカなのかもしれねぇけど、分かりません」


 ドアに向かう足が止められる。


「賢者様ともあろう人が、何を言っているんです。冤罪で死を迎えなければいけなかった子供が、自らの努力で力を得て死から脱出する。それのどこに間違いあるのですか」

「問題はそこではありません。僕の出自になります」

「俺が学びたいと言っているのは、俺が支えて欲しいと言っているのは、今の賢者様だ。出自がどうのこうのじゃねぇ。俺は、昨日一晩考えた。考えに考えた」


 ガイアスが顔を上げた。


「俺のルクスじゃあ、王にはなれねぇ。その器量がねぇ。だけど、俺の正しさで国を導く助力が出来るならば、全力を尽くしてぇ。賢者様は俺にケンカする場所は王宮だと言われた。俺は、命を懸けてケンカする覚悟は出来ている」


 その重い声に、アメリアの腰が上がった。


「ガイアの言う通りね。私よりもよっぽど覚悟できているのね。賢者様、どうせ壊さなければならない国体でしたら、戦うことは避けられません。どちらが正義かは、後世の人が定めるでしょう。どうか、補佐をし、支えて下さいませんか」


 その言葉に、僕は目を閉じた。

 まだ、二人は気が付いていない。そこまでの考えに至ってはいない。

 僕がその時に向かわなければならない、煉獄の道を知らないのだ。


 大きく息を付いた時に、不意に浮かんできたのはボルグ先師の顔だった。楽しそうな笑顔だ。

 そういう事ですか、先師。


「僕は、ボルグ先師に不意に尋ねられたことがあります」


 目を開いて二人を見ながら、僕も片膝を付いた。


「エルドニア牢獄を出て、自由になったら何をしたいかと尋ねられました。その時に咄嗟に出たのが、国を導きたいでした。歪でない真直ぐな国造りをしたいでした。ボルグ先師は楽しそうに笑っておいででした」

「それでは、賢者様」

「先師とお呼びなさい。お二人は僕の修士です。統制、国体、史学、法律、全ての知識をお伝えします」

「感謝します」

「僕も覚悟を定めました。僕の修士であるフレイドと聴講しているマデリ、セリにも話さなければなりません」


 立ち上がると広間に戻った。

 広間にはフレアを初め、全員が揃っている。


「セリくん、ボルドスさんを呼んできてくれませんか。皆さんにお話があります」


 僕の言葉に、すぐにセリが駆け出した。

 その僕の表情に何か気が付いたのか、長老が全員分のお茶を用意するように言う。


「フレイドさん、まず、あなたに話さなければなりません。あなたは、今の僕の唯一の修士なのですから。フレイドさん、当初の約束は覚えていますか」


 不意に問いかけた僕に、フレアは驚いた顔を見せながら頷く。


「外北守護領地を出れば、いつ離れても構わないと僕は言いましたが、学び続ける気はありますか」

「ある。ぼくは先師の元で学びたい」

「分かりました。僕はあなたを導きますから、先師である僕に付いて来て下さい」


 僕も頷くと、長老に目を移した。


「長老、マデリさんの父親のように捕らわれて、残された家族はおられますか」

「は、はい。全員に家族がいます」

「分かりました。この町に工房を作りたいと考えます。空いている場所はありますか」

「工房でしたら、ボルドスさんの工房が空いたままになっているはずです」


 ボルドスの工房ならば、都合がいい。


「分かりました」

「どうかされたのですか」

「マデリさんたちの家族に、生活の糧を準備します」


 僕の言葉と同時に、セリがボルドスを案内してきた。走って来たのだろう、ボルドスの息が荒い。


「ど。どうしたのですか、賢者様」


 そのボルドスに椅子をすすめ、僕は広間の奥に置いてあったバッグを取る。


「ボルドスさん。早速ですが、工房を開きませんか。作るものはこれです」


 バックから金属の板を出した。


「自警団にお貸しした、ランタンです。これを工房で作り、イゼル商会で販売をしませんか」

「あの、投光器にもなるランタンですか」

「はい。以前にイゼル商会からも製造権の買取打診がありましたが、お断りしたものです」


 僕の言葉に、ボルドスの眉がひそめられた


「イゼル商会経由での占有販売権をお付けします。ただ、条件があります。工房の貸与と生活の糧が必要な人の雇用です」

「一つよろしいですか、賢者様。以前に買取依頼あったということは、これを一度、イゼル商会が手にしたのですね」

「そうです」

「そうなれば、すでにイゼル商会は模倣をしているかもしれません。模倣されていれば、このランタンに価値はありません」


 商業ギルド同士では、商品開発の権利が認められて模倣商品は出せない。しかし、商業ギルドを通していない商品は別だ。

 模倣品が作られ、それは全ての商業ギルドが自由に販売できる。

 それを心配しているのだろう。


「その心配はありません」


 僕は折りたたまれたランタンを開いた。


「これは可動部分に工夫しています。それを知るにはばらすしかありませんが、僕のルクスがなければ聖符が発動し、可動部分の融解を起こします」

「そのような聖符が」

「イゼル商会を通すのならば、その工程をなくし、より簡易に組み立てられるものにします」


 僕は顔を上げて、ボルドスの目を見る。


「そして、聖符といえば、このランタンの光球を現出させる光の聖符。これランタンから投光器への変形による可動を考慮して、光球の現出位置の変更が出来る新規の聖符になります。それもお付けします」


 僕の言葉に、ボルドスの口が閉じられた。その意味に気が付いたのだ。

 光球の位置の可動。それが出来る聖符ならば、様々な商品に応用が出来、その価値は計り知れない。


「それも含めて、このボルドスに任せて頂けるのですか」


 探るような目で、見上げてきた。

 頭の中では、利益の計算がされているのだろう。ボルドスのルクスが大きく揺れる。


「商業ギルド規約の規定通り頂けるならば、構いません」

「商業ギルド規約、それは何でしょうか」

「全ての商業ギルド同士には、統一された規約があるのです。開発者には売り上げに応じての割り当て金が発生します。このランタンを見本に付けます。ボルドスさんを管轄するエリアマスターにお送り下さい」


 言いながら、僕は一緒に送る申請書を書いていく。


「製作はボルドス商店工房、開発者、新規聖符製作者、ボルク・ロウザス。割り当て送り先、指示があるまで預かりにて」

「それで、通じるのですか」


 手を伸ばしてくるボルドスを遮るように、僕はランタンの上に手を置いた。


「はい。イゼル商会はすぐに理解出来ます。それで、どうします」

「分かりました。すぐに工房の準備をします。困窮者の雇い入れも行います。すぐに取り掛かって在庫を揃えなければいけません」

「そうですね。では、話はまとまりました。この見本と申請書を次に来る荷馬車隊にお渡し下さい」

「分かりました。ですが、このボルドスに任して頂けるのは、この町に居たという理由ですか。後から、この約束をどうするかは分かりませんでしょうに」

「いえ、ボルドスさんにお話をしたのは、良くも悪くも商人だからです。もし、そうでないのでしたら、僕はバルクス公領主に商人の紹介をして貰いました」

「良くも悪くも商人、なのですか」

「杖を買った時、ボルドスさんは仕入れ値を割って在庫で抱えていた杖を売ってくれました。駆け引きなしに、今後売れるはずのない在庫を処分されたのです。それは、商人としての大事な視野です」


 ボルドスは静かに聞いている。


「その視野を持つならば、お渡ししたランタンの、その先を見られたはずです。僕にイゼル商会の荷馬車に乗れるように、手配をしてくれたことと同じです」

「なるほど。まるで、賢者様の手の上ですね。承知しました。責任をもってこの契約を履行します」

「お願いします」


 僕はランタンから目を離し、マデリに目を移した。

 ここで何か行われたのかを整理しようとしているようだ。慌てて頭を下げるのは、家族の生活が守られることへの感謝だろう。


「さて、マデリさん。これでご家族の生活の糧は心配なくなりました。そこで、マデリさん自身のことです」


 僕は言葉を切ると、マデリが考えを整理できる時間を置く。


「うちのことですか」

「はい。これはまだ長老にも話していません。僕の一存でお話をします」


 傍らの長老に頭を下げる。


「僕は、印綬の継承者お二方の補助をすることになりました。そのためには、王都に行かなければなりません。マデリさん、あなたには二つの道があります。この町で、家族と平穏に暮らし、開学で学び続けること」


 マデリが頷く。


「もう一つは、僕たちと王都に行き、深く専門的な学びをすること。もちろん、その時は家を離れ、学ぶと言っても険しい道になります。そのどちらかを選びなさい」

「王都で、深く学べるのですか。賢者様に教えて頂けるのですか」


 マデリがうつろに呟くように言う。

 僕はその目をセリに移した。


「セリくん。あなたも同じです。一緒に王都に行って、学ぶ覚悟あるのならば、来なさい。返事は明日までで大丈夫です。ゆっくり考えて下さい」

「その時間はいりません」


 セリが俯いたまま、弾けるように言う。


「おいらは、賢者様の元で学ぶことが出来るならば、どこにだって行きます」


 その顔を上げた。


「おいらを連れて行ってください」

「うちも、うちも行きます」


 熱に浮かされたように、マデリも声を張り上げた。


「二人とも急がなくてもいいです。家族ともお話しください」

「いえ、おいらの心は決まっています」

「うちもです」


 二人が真剣な目を向けてくる。

 傍らの長老が苦笑いをし、頷いた。そんなに簡単に、決めていいのだろうか。


「アメリア様、ガイアス様」


 僕は背後に声を掛けた。


「申し訳ありませんが、三人も一緒に王都に行くことになります」

「大丈夫だ。先師がわざわざ連れていくのだから、その三人も国の役に立つのだろ。だったら歓迎する」


 ガイアスが即答し、

「そうね。それと、ボルドスさんかしら。先師たちの馬車はこちらで用意します。先ほど荷馬車の手配と言っておりましたが、こちらにお任せください」

アメリアが手を上げる。


 印綬の継承者からの言葉だ、ボルドスが深く頭を下げた。



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