ラルク王国との縁
窓から差し込む朝日が、机の上に開かれた地図を浮かび上がらせるように照らしていた。
一通りの説明を聞いたバルクスは、その地図を前に腕を組んでいる。
悩む理由は分かっている。予算だ。
城塞都市の計画には、最低でも二千シリングの大金が必要になる。対して、守護領地の歳入は一万シリングというところだろう。
二割もの予算をどう捻出するか。
バルクスの後ろでは、リベルが予算の問題になることに気が付き、メモを走らせていた。
やはり、リベルは積み重ねた経験で問題点に辿り着いている。
一方、フレアたちはなぜバルクスたちが難しい顔をしているかが分からず、地図を食い入るように見ていた。
そう、これが経験という厚みの差だ。
「よろしいですか、バルクス公領主様」
僕の言葉に、バルクスの顔が上がる。
「この場所に城塞都市を作る第一の理由は、周辺の面での制圧です。ですが、表向きには、物流拠点と物流網の構築のためとなります」
言っていることが分らないのだろう。怪訝な顔をする。
「この守護領地の北と南の領境までの街道を使用しての荷物の運搬費用は、年間で二十シリング程度が必要になります。そして、物流量が十倍になれば年間二百シリングです」
バルクスの目に輝きが戻った。
「これを金に換えるのか」
「はい。通行料などと細かなことは言いません。十年間の優先使用権と都市に作られる倉庫群の優先使用権。権利を売ります」
「しかし、相手はイゼル商会だ。こちらの言い値が通るかだな」
「なぜ、イゼル商会なのですか。彼らには、全ての商業ギルドに話をし、最も高い所に権利を売りたいと伝えるだけでいいでしょう。今までの付き合いから最初に話を通すと言えばいいです」
「全ての商業ギルドに、ですか。それではイゼル商会の立場がありません」
リベルが声を上げる。
「商業ギルドの立場を考える。なぜなのですか。商売とは自由競争です。商業ギルドはそれぞれが工夫をし、互いに競い合っているはずです」
「そうですが」
「この場所が物流拠点になれば、落とされるお金は計り知れません。また、より強固にするために東西にも運河と街道を計画をしていくべきです」
僕の言葉に、バルクスが大きく手を打った。彼には、僕の意図が理解できたようだ。
「賢者様、その権利の価値はどのくらいと見られますか」
「イゼル商会だけならば千シリング程度でしょうが、他に声を掛けるというと二千シリングは下りません。その資金で城塞都市の建設費用を賄います」
「分かりました。館に帰り次第に計画を進めます。しかし、賢者様がここまで考えて下さるとは、感謝しかございません」
「先師、他に声を掛けるというのは昨日教えて貰った需要と供給ですか」
フレアが弾けるように言う。昨日、目をこすりながらも聞いていた講義だ。その内容が、話に出たと思っているのだろう。
「いえ、それとは違います。これは競争原理の働きです。物流を抑えるということは、商圏を抑えることになります。外北守護領地に入っている重商連合が聞けば、間違いなく権利の購入に動くでしょう。イゼル商会はそれを看過することが出来るはずがありません」
「賢者様。それで、二つを競り合わせるのですか」
リベルが顔を上げた。
「それでは、今までイゼル商会と付き合ってきたバルクス公領主様の立場がなくなります」
「そうですね。その為に、最初に話を通すと伝えるのです」
その一言で、彼女も気が付いたようだ。目が見開かれる。
「そういうことなのですね。そこで折り合えば、他に話はしないという意味があるのですね」
やはり、リベルは十分に領地官吏の役割を果たせる。
「賢者様。では、この計画で計画部会を開きます。朝早くから手数を掛けたが、助かりました」
バルクスも笑いながらリベルの肩を叩いた。
「公領主様」
話が終わった途端に、身体を乗り出したのはフレアだ。
「お迎えはいつ来るのです。セラはいつここを出るのです」
気になって仕方がなかったのだろう。詰め寄るように尋ねる。
「迎えは、あと一時間ほどもすれば来るだろう。来ればすぐに立つようになる」
「じゃあ、セラの薬をもう一度替えてくる」
そのままフレアが走り、
「待て、おいらも行く」
セリが追いかけた。
「行ってあげなさい」
その背と僕を交互に見るマデリに言うと、嬉しそうに駆けだした。
「少しは元気になったようだな」
バルクスもその背を見送り、安心したように口にする。
「話は終わりました」
その声に重なるように、アメリアが奥のドアを開けた。
アメリアの後ろにいるのは、ガイアスだ。フレアとアメリアの部屋に、ガイアスが訪ねていたのだろうか。それにしても、目は赤く充血し、神妙な顔をしている。
「どうかされましたか」
「少し、お話があります。部屋に来ていただけますか」
印綬の継承者にそう言われれば、行くしかない。この後で長老と話すつもりだったが、長老も頷く。
「分かりました」
僕が部屋に入るとガイアスが扉を閉め、いつの間にか運んだのか置かれた椅子に案内された。
本当にどうしたのだろうか。
「ガイアと話をしていました。そして、賢者様にお願いをしたいことがあるのです」
「何でしょうか」
「私たちの補佐をお願いしたい。私たちの先師として、支えて貰いたい。一緒に王都まで来て頂きたいのです」
アメリアの言葉と同時に、二人が片膝を付いた。
「アメリア・バルトウと申します。国の重責に発願し、智を求めております。賢者様の修士の末席に加えて頂きたく、伏してお願い申し上げます」
真剣な口調だ。赤く充血した目は、これを考えて昨日は眠れなかったのだろうか。
しかし、ルクスは真っ直ぐに伸びて迷いがないことを示している。
「アメリア様、あなたはすでに学を修めておられます。非才の僕には、分けられる智はございません。どうぞ、顔を上げて下さい」
僕も椅子を下り、片膝を付く。
「いえ、私は道を見失い。自らの足元を照らす明かりも持たぬことにも気づけなかった愚者でございます。何卒、深き慈愛を持って末席にお加えくださるよう、重ねてお願い申し上げます」
公貴であり、印綬の継承者が、年下のよく分からない賢者にここまで頭を下げる。これが、彼女の覚悟だ。
この覚悟がルクスから迷いを消したのだ。
「ガイアス・サリコと申します。昨晩、一所懸命考えました。賢者様が言われた学ぶこと、これに尽きると愚鈍な自分も気が付きました。是非、教えを請いたく伏してお願い申し上げます。自分も修士の末席にお加えください」
その傍らで、ガイアスが頭を下げる。あなたもですか。僕には荷が重すぎる。
「僕は、自分の思う道を進みなさいと言いました。正しいと思うことしなさいと言いました。しかし、修士になるということが、どういうことか分かりますか」
「十分に承知しております。先師の言葉は絶対です。それに逆らえば破門され、その烙印は生涯残ります」
「その覚悟はあるのですか」
「賢者様は正しくないことを申しませんし、万一言われても従う覚悟は出来ております」
「マデリさんとフレイドさんには謝罪しましたか」
「夜明け前に、畑でマデリさんに謝罪し、フレイドさんにも謝罪してきました」
公貴が平民に謝罪をしに行った。確かに、ガイアスも覚悟を決めたようだ。
しかし、これは簡単に受けられる話ではない。
アメリアは、僕の言葉の真意に気が付いたのだろう。一度、壊さなければならないということを。
国体を壊すということは、僕も無事にはすまない。政争という名の戦、命のやり取りだ。
「お二方の覚悟は分かりました。では、僕の出自をお話ししましょう。その上で、覚悟が変わらないかお考え下さい。僕の本当の名は、アムル・カイラムと申します。ウラノス王国、かつての内務大司長セムル・カイラムの息子です」
続けて話す僕の言葉に、二人の顔が青ざめる。
崩れるように、アメリアの腰が落ちる。
理解したのだ。政争においての僕の危険性が。
僕の正体を知れば、王宮官吏は集中的に叩くだろう。なにせ、僕の父は反逆者で、僕は脱獄の身だ。
その僕の師事を受けていた二人に、正義はない。
「僕は、先ほどの話は忘れます。お二方も、今の話を忘れてくれれば幸いです」
その言葉に、アメリアの首が落ちた。
政争がこれから始まるこの国には、縁がなかった。分かり切っていたことだった。
僕はそのまま立ち上がった。
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