マデリの行く末
広間に戻った僕は、バルクスに呼び止められた。
「賢者様、相談があります」
バルクスの傍らには長老とイズサまでも控えている。
「どうかしましたか」
「実は、町を襲った生き残りを自警団で尋問しました」
前に出たイズサの声が重い。
「今回の非常呼び出しに来なかった者は四人いますが、その全員が内通者だというのです」
内通者。その中にはマデリの父親もいる。
「町に侵入すれば、家々に火をかけて回るはずだったと」
「それは、名前が出たのですか。誰が内通者だと言ったのですか」
「いえ、殺すなと記されたリストが複数の者から出てきました。そこに記されていたのは、十四人。賢者様の精鋭の名のもとに選ばれた十人と彼ら四人です」
「それが襲撃の後から記されたのならば、公領主の衛士三人が含まれるはずですね」
「そういうことになるな。これの信憑性は高い」
「まずは、公領主様にお願いがあります」
僕はバルクスに向き直った。
「罪は家族には問わないと言われたこと、お願い致します。それと、四人が無実で捕らえることがないように、厳正な審理をお願い致します」
「分かった。約束しよう」
その返事に頭を下げ、長老に顔を移す。
「畑は王宮管財から公領主様を通して、父親に貸与されているはずです。他にマデリの家族に生活の糧はありますか」
「そうですね。住んでいる家は何とかなりますが、仕事は分かりません」
言いながら、長老が考え込んだ。
この町も窮乏している状態だ。余力などあるはずがない。今まで父親は畑仕事をしなかったのだから、畑さえあれば今の生活は維持できるだろう。
しかし、公領主といえども、土地を私には出来ない。土地は全て創聖皇の物で、王か預かっているにすぎないのだから。
「もし、父親が罪を犯しているならば、その罪と罰が確定して初めて畑の接収になるはずです。長老、相談出来ますか」
「分かりました。ですが、わしも出来る限り考えたいと思います。賢者様、明日ではどうでしょうか」
「構いません。では、明日お時間を下さい」
「待て、その前にこちらも話を伺いたい。その為にわざわざここまで来たのだから」
僕の返事に、バルクスが前に出る。
都市計画の話か。そう言えば、話は途中で終わったのだった。
「それでは、今からご説明します」
僕の言葉に、慌てたように首を振る。
「いや、さすがに今は疲れ過ぎて考えられない。明日の朝一番では如何ですか」
「朝一番ですか」
「明日、迎えの護衛を呼ぶように伝令を送った。賢者様が治した子の父、レビも呼んでな」
セラの帰宅を考えてくれていたのだ。父親が一緒で護衛が付くのならば、セラも安心だ。母親の側でゆっくりと療養するのが一番だろう。
この気遣い。印綬の継承者が訪問するのも分かる気がする。
「承知しました。その時に僕の修士たちも同席させて下さい。いい勉強になると思いますから」
「そのマデリも一緒かね」
「そうです。あの子も才に溢れた子ですので」
「分かった。許可しよう」
「ありがとうございます。それで、マデリは父親が捕縛されたことは知っているのですか」
「先ほど、自警団で身柄を抑えました。すでに、本人だけでなく。町の者までも知っているはずです」
小さな町だ。そんな話はすぐに広まるのだろう。
「そうですか。僕がマデリと話してきます」
「一緒に考えてやるのか」
バルクスの言葉に首を振る。
「マデリが考えても答えはありません。答えの出ないことは、僕たちに任せばいいのです。答えを出すのは、僕たちのすべきことなのですから」
僕は一礼すると、広間を抜けて表に出た。
騒ぎに満ちていたそこは、皆が静かに片づけをしている。この重さは四人が捕縛されたことを知り、そして皆のために頑張ったマデリのことを思っているのだろう。
広場を見渡すまでもなく、マデリの居場所はすぐに分かった。フレアたちが集まっているのだ。
僕が足を進めると、真っ先に出てきたのはやはりフレアだった。
「マデリちゃんのこと聞いたのでしょ。何とかしてよ」
マデリちゃんか。足を引きずっているが、自分のことは後回しだ。
「はい。万が一、父親が罪に問われても家族の責は問わないと、バルクス公領主様から約束をして頂きました」
「そう。でも、生活はどうするの」
詰め寄ってくる。
本当に、フレアは変わった。最初に会った時は皆を殺すと瞳を燃やしていたのだ。それが、自分の傷の痛みを押しのけ、人のことを先に考えている。自分が何かの力になりたいと考えている。
「それをこれから考えます。明日にも長老とも話します。フレイドさんはマデリさん家族を安心させてあげて下さい。それに明日、セラくんも父親が迎えに来ます。最後の治療もお願いしますよ」
「も、勿論よ。しっかりと支えてあげるし、セラの薬だって家でも続けられるように準備するわ」
頼られる言葉に、その顔が輝く。
。
「セリくん、セリくんも一緒ですよ」
無力を悔しがるように、唇を噛むセリにも言うと、マデリに向き直った。
「マデリさん。あなたたち家族のこれからのことは、長老や僕が考えますから、あなたは考えなくても構いません。家族の方にもお伝えください」
「でも、賢者様」
「でも、ではないわよ」
背後から掛けられた声に、マデリが慌てて礼をする。
打ち付けてくるルクスに、僕も振り返った。
「賢者殿がそこまで言ってくれたのならば、答えは『はい』しかないはずよ」
歩み寄ってきたのは、アメリアだ。
「アメリア様、どうされたのですか。こんな所に」
「賢者様がバルクス公たちと話しているのを聞いたのよ。その子は、さっき言っていていた、聞いて行動できる一人でしょ」
「そうです」
「でしたら、私もこの国の未来のために助力しなくてはね」
「それは、ありがたいお言葉です。感謝致します」
胸に手を当て、礼をする。
「その感謝は他のもので表してもらうわ」
「僕に出来ることでしたならば」
その返事に、アメリアが笑った。
「冗談ですよ。それより、ここに来たのはもう一つあるの」
「何でしょうか」
「集会宿舎に私たちも泊まります。追い出すようで申し訳ないのだけれど、部屋割を考えたいの。バルクス公にその従者が七人も増えるのですからね」
「分かっております。願わくは、ガイアス様の部屋にセラくんを寝かせて下さい、怪我も治療が進んでいます、邪魔にはなりません。アメリア様の部屋には、良ければフレイド修士を同室させて頂けませんか」
僕の言葉に、フレアが大きく頷く。
アメリアにアリスアという女性の面影を見ているのだろう。その顔は嬉しそうだ。フレアもアメリアに接することで、基本的な礼と立ち振る舞いを学べるはずだ。
「そうね。邪魔をしなければいいわ。ガイアも納得すると思うわよ。バルクス公達はどうするの」
「従者の方々と広間を使って頂きます。八人ならば、十分に休めるはずです」
「そうね。では、賢者様はどこで休みますの」
「僕は、広場の片隅をお借りします」
「外で寝るのですか。賢者様ともあろうお方が」
「その前に、僕は旅人です。野宿には慣れています」
「慣れているとはいっても、広間にもう一人くらいの余裕はあるわ」
「僕は皆さんと違って、魂の浄化をしなければなりません。戦勝に酔った彼らといてはそれも出来ませんから、この片隅を使わさせて頂きます」
「魂の浄化ね。よくは分からないけれど、大変みたいね。好きにすればいいわ」
「ありがとうございます」
「ところで、印綬の現出の話は聞いた」
「いえ、仁の印綬と信の印綬が現出したと聞いただけです」
「義と礼の印綬も現出したわ。後は智の印綬だけよ」
「それならば、新王が立つのも時間の問題ですね」
「そうよ。だから私たちはバルクス公に会いに来たの。この国で最も高名な名君にね」
「公領主館を訪れたけれど、この町に来たと聞いて追って来られたということですか。それにしては、時間が早すぎたように思いますが」
「違うわ。賢者様の予想を裏切れたわね」
アメリアが顔を近づけ、嬉しそうに笑う。子供のような笑顔だ。
「王都から夜通しで街道を来る途中、武装した五十人ほどの賊を見付けたわ。そのまま十人ほどを打ち倒して蹴散らしたのよ。そして、倒した賊を尋問すれば、リウザスの町にいるバルクス公を狙うというじゃないの。だから急いだのよ。愚かにも数人がかり光を出していたから、すぐに分かったわ」
そういうことか。バルクス公領主は王宮官吏にとっては排除すべき存在であり、印綬の継承者たちには取り込みたい存在。この国の勢力を左右し、施政方針をも決めさせかねない存在。
国中にその名は広まり、信奉者も多いのだろう。
それで、王宮官吏の今の状態も推測が付く。
「そうですか。それで納得がいきました。今回の助力、ありがとうございます」
「それはいいわ」
アメリアが顔を離し、背を向ける。
「それで、私たちは夜通し駆けて来たから少し休むけれど、あなたたちも休むの」
マデリたちの目が僕に向けられる。いや、フレアだけが目を逸らした。
あなたは僕の唯一の修士のはずだが。
「講義をします」
「これから」
「学ぶことは、日々の積み重ねです。学ぶことで、頭に思考をするという流れが出来るのです。ただ、皆さんも疲れていますから、簡単な講義にします。今日からはマデリさんも、セリくんも自由に発言して構いません」
続ける僕の言葉にアメリアが肩をすくめ、マデリとセリが嬉しそうに笑う。マデリも少し、元気が出てきたようだ。
フレア、ため息を付くな。
「では、商業ギルドについて学びましょうか」
僕は片付け途中の葡萄酒の樽を指さした。
読んで頂きありがとうございます。
面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。
これからの励みにもしますので、ブックマーク、感想なども下さればと願います。