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信の印綬 ガイアス


 ガイアスはカップを置くと大きく息を付いた。

 つまらない。

 主賓席だというが、俺様の周囲に人はいない。給仕をする女も遠くに控えていやがる。


 アメリアはふらっと出掛け、トイレかと思ったが帰ってくる様子も見えない。  

 公領主、長老、自警団長とやらも何か問題でも起きたように隅で話し込んでいる。

 広場に目を戻せば、皆が楽しそうに話していた。


 俺様は、信の印綬の継承者だ。それが、なぜここに一人いるのか。これでは、家と同じじゃないか。

 生まれ育ったサリコ家といえば、国でも上位の公貴だ。現に、父親も内務大司長に次ぐ次席内務大司になる。俺様は、その家の三男だ。

 意識せぬうちに、もう一度深く息を付いた。


 長兄も次兄も優秀で、誉められてばかりだった。反して俺様は何をしても怒られた。粗野で、下品で、勉強も遅れていると罵倒され、加えて兄たちよりもルクスは劣っていた。

 転機になったのは、商店で手に入れたペンだった。お金を払いそれを手にした途端、緑の光を放ってそれが両槍に姿を変えたのだ。

 継承の印綬。俺様は信の印綬の継承者になったのだ。その時の喜びとその後の落胆を忘れることが出来ない。


 誇らしく見せた信の印綬に、両親は怪訝な顔をし、兄は間違いだと叫んだ。

 兄の手に渡るはずの印綬が、手違いで弟に届いたのだと責められた。思ってもみなかったことだ。

 サリコ家の誇りだと初めて称賛されると信じていたのだ。


 つまらない。

 国に五人しかいない印綬の継承者が、こんなにつまらないものだとは思わなかった。どこに行っても歓喜で迎えられるものだと思っていた。

 それがどうだ。


 主賓席に通されても、周囲に俺様を称える者など一人もいないじゃないか。

 葡萄酒を煽った。

 つまらない。


 俺様ひとり、辞めたと国から逃げ出せばこの国が沈むしかないことを分かっているのか。

 もう一度、広場を見渡す。


 目の隅に緑の長い髪が映った。アメリアだ。

 あいつ、あんな広場の隅に行っていたのか。そのアメリアの影から見えたのは、賢者とか名乗る小僧だ。

 周囲には人が集まり、ちやほやされてやがる。


 カップを手に立ち上がった。

 賢者とは名ばかりのくせに、たまたま賊が撃退できたくせに。エルグの民でもないくせに。

 あいつも蔭では、エルグのことを未開の野蛮人だと思っているのだろう。皆の前で、あいつの仮面をはぎ取ってやる。


 どちらが皆にとって重要な人物なのか、教えてやろう。

 広場を横切り、テーブルに近ずくとそいつが立ち上がった。

 同い年くらいか。偉そうに黒い賢者ローブを着やがって。


「これは、信の印綬の継承者ガイアス様。如何いたしましたか」


 優美に一礼をしやがる。


「聞きたくてな。あんたはエルグの民をどう思っている」


 周囲にも聞こえるように、声を張り上げた。


「エルグの皆様のことですか。アメリア様にも申し上げましたが、皆さんは可能性です。他の種族にはない、可能性と未来を持っておいでです」


 そいつの言葉に、周囲から歓声が沸いた。

 こいつ、これでアメリアまでも誑かしやがったのか。落ち着いたその態度に頭が熱くなった。


「本当のこと言え」


 手にしたカップを投げつける。

 カップはそいつのルクスに逸らされ、中から散る葡萄酒も濡らすことは出来ずに背後の木に当たる。

 くそっ。思った瞬間、左から黒い影。


 ルクスの光が眼前に散る。

 ルクスが破られた。次の瞬間、左頬に鈍い痛み。同時に左足で蹴り上げる。

 相手のルクスも散り飛ばした。手応えを蹴り足に感じながら、地面に落ちる。


 何をしやがった。誰だ俺様を殴った奴は。

 顔を向けた先に緑の髪の女が見えた。


「よくも、マデリちゃんの服を汚したわね。覚悟しなさいよ」


 なんだと、この印綬の継承の俺様が女に殴り飛ばされただと。許さねぇ。

 身体を起こし、右腕にルクスを込める。

 女は蹴りが効いたのか、腰が落ちたままだ。熱くなった意識は手加減など忘れている。


 振り上げた拳は、不意に抑えられた。ルクスが破られたのではない、反応しなかったのだ。

 そのまま反対側に身体が飛ばされ、地面に叩きつけられる。ここでもルクスが反応しない。打ち付けられた背中に痛みが走った。

 見上げる先に黒いローブ。起き上がろうとしても身体が痺れて動けねぇ。


 次に見たのは、天井と覗き込むアリアスの顔だ。

 俺様が意識を失ったのか。


「ほんの少しよ。ガイアのおかげで、祝宴が台無しよ。みんなで今、片付けをしているわよ」

「俺様はガイアスだ。ガイアと呼ぶなって何度も言っているだろう」


「そんなことより、賢者様に謝りなさい。ガイアは賢者様の修士を蹴り飛ばしたのよ」


 何が賢者様だ。こいつもあのガキに誑し込まれやがって。


「それは僕よりも、フレイドさんに、マデリさんに謝るべきですよ」


 この声はさっきまで聞いていた声だ。


「なんだ、てめぇ」

「ガイアス様、あなたは何を焦っているのですか」


 声が近づいて来た。


「焦っているだと、俺様がか」

「あなたのルクスは、大きな揺れが見られます。それは不安と焦燥の現れです。先ほど、ルクスに触れましたが、あなたには不安も焦りも必要ありません」


 何を知った風なことを言いやがる。

 身体を起こした。

 目の前には、あの賢者。


「創聖皇はあなたを信の印綬に選ばれました。それに間違いなどありません。創聖皇はあなたの今までの行い、心を見て決められたのです」


 俺様の心を読んだかのように言いやがる。


「あなたは、今まで自分が正しいと思うことを行ってきました。自分の良心に恥じないように進んできました。そこに不安などあるはずがありません」


 賢者が枕元に座った。


「何も知らねぇくせに。俺様の二兄は、二人とも優秀でルクスも強かった。俺様よりも強かった。印綬がルクスの強さで選ばれるならば、兄の方が選ばれるべきじゃねぇか」

「印綬は、ただルクスの強さで手元に来るものではありません。現に、その印綬が現れてから、あなたのルクスは強くなったはずです。今のあなたは、その兄たちよりも強いルクスを持っています」

「俺様のルクスが」

「あなたが正しいと思ってした行動が気に入られず、家族から疎外されたのではありませんか。家族の行いが、あなたの良心を傷付けたのではありませんか」


 そうだ。確かに俺は自分が正しいと感じたこと優先させた。

 いたずらに使用人を殴る兄に反抗し、領民からの過剰な税の徴収に反対した。家族からは疎んじられても、それは止められなかった。


「ガイアス様、あなたは正しい道を歩みました。しかし、それが疎外感と劣等感を生み出したのです」


 何だよ。お前は何で俺を理解しているんだよ。


「あなたは、僕と最初に会った時に、賢者といってもまだガキで、この程度の答えしかないと言われました。そして、その時に感情の高ぶりを示すよ妖気が奔りました。それは、あなたが散々に言われてきた言葉、劣等感をより強固にした言葉です」

「そうだよ。印綬を手にして皆に聞かれたさ。国をどうしたいのかとな。そんなもの分かるわけがねぇ」

「そうです。分かるわけがありません」


 賢者が頷いた。そんな反応は初めてだ。分からなくていいのか、分からなくて当然なのだろうか。


「当然です。そんなことは学院では習わないのです。国の仕組みが分からなければ、どうすればいいかなど分かりません」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

「学びなさい。国の運営を知って、初めて向かうべき道は標されるのです」


 学ぶっていったて、どうすればいいんだよ。俺に国の運営なんて大役なんて、無理だろう。


「一つだけ、なぜ創聖皇は信の印綬をあなたに託したのかを教えます」


 信の印綬。手元に来た理由。そんなことが分るのか。


「疎外感と劣等感です。疎外感を知ったあなたには、人の痛みが分かります。劣等感を知ったあなたには、謙虚になれる心があります。共に、信の印綬には大切なことです」

「どうして、大切なんだ」

「信とは、絆です。人の痛みが分からず、謙虚でない者に、絆は作れません。ガイアス様にはそれを行えると創聖皇が選ばれたのです。焦りも不安もいりません、正しい道を真っ直ぐにお進みください」


 真っ直ぐと言ったって、何を真っ直ぐに進めばいいんだ。


「簡単です。ガイアス様の心に真直ぐであればいいのです。それが、正しい道です」

「でも、俺は兄たちのように、アメリアのようには賢くねぇ」

「先ほども言ったように、創聖皇は正しさであなたを選ばれたのです。賢い人が簡単な近道を見付けても、あなたが正しくないと思えば、険しい遠回りの道を選ぶべきなのです」

「俺様が正しいと思う道」

「はい。ガイアス様のケンカをする場所は、ここではありません。民の為に王宮で行うものです」


 民の為のケンカかよ。やりがいはあるな。


「心を真っ直ぐに、正しい道をお進みください」


 それだけ言うと、賢者が立ち上がった。

 後は、ゆっくりと自分で考えろというのだろう。

 好きなことを言いたいことだけ勝手に言いやがって。賢者ごときが印綬の継承者に意見なんぞしやがって。


 本気になれば、てめえのルクスなんざ軽散らしてやらぁ。

 ちくしょう、楽しいな。

 心のモヤモヤが一気に晴れちまったじゃねぇか。


 胸が躍っちまうぜ、楽しいじゃねえか。

 俺様――いや、俺は賢者に背を向けて、右手を突き上げた。


読んで頂きありがとうございます。

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