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仁の印綬 アメリア


 テーブルを囲む住民たちの笑いと話は不意に途切れた。

 代わりに威圧感が剛体の風となって打ち付けてくる。顔を上げて見るまでもなかった。


「まるで、ここが主賓席のようですね」


 左右に分かれた住民たちの間から進んできたのは、アメリアだ。


「これは、仁の印綬の継承様。どうかされましたか」


 先ほどの僕の態度に文句を言いに来たのではないようだ。立ち上がった僕に座るように促しながら、アメリアは目の前の椅子に腰を下ろす。

 緑の長い髪が風になびき、間近で見るその美しい顔立ちに皆が言葉を失くしている。


「どうやら、私たちは賢者殿に見限られたようなので、こちらから話に来ましたわ」


 話しに来た。彼女は間違いなく公貴の身分だ。僕の態度で怒らずとも不快のはず。それが、自尊心を捨ててここまで足運んだ。

 僕はそのルクスをゆっくりと見た。強い輝きを放つルクス、そして中心には――。


「これは驚きました。僕の方がアメリア様を見誤っていたようです。改めて先ほどの無礼を謝罪いたします。気が付きませんでしたが、アメリア様は覚醒されているのですね」

「覚醒、どういうことかしら」

「妖が見えません。代わりに妖がルクスに変容をした紫の輝きが、ルクスの中心にあるようです」


 その言葉に、彼女の顔色が変わった。


「あなた、ルクスが見えるのね」

「はい。アメリア様は心に向き合われたのですか」

「何のことか分からないわ。でも、十六の時に不意にルクスが強くなったのよ」

「不意にですか。何があったのです」

「領地の見回りの時に、崖から落ちたの。もちろん、ケガするわけはないのだけどね。その時に気を失って、目が覚めたらこうなっていたのよ」


 落ちる時に意識を失くしたのか。沈んだ意識が偶然に第一門まで行き、そこで妖を抑え込んでルクスに変容させたのだろうか。

 元々、生まれ持った強いルクスが穢れのないものならば、考えられない事でもないはずだ。


「あれは何だったの」

「向こうに座る少年、セラくんといいます。あの少年も身体に入っていた妖気をルクスに変容をさせています。アメリア様にもセラくんにも、妖気はもうありません」

「エルグの民に入った妖がルクスに変わって、妖気もなくなったということなの」


 さすがに、呑み込みが早い。


「そうです。これが、あなた方エルグ種の可能性です」

「初めて聞いたわ、面白いわね。でも、いいの。それは切り札ではないの」

「いえ、切り札は国体に関することです」


 僕の返事に、アメリアが楽しそうに笑った。


「本当に面白いわね。話を途中で切って退席をした時には、ただの無礼な者としか思わなかったけれど、すぐに私たちは見限られたと気が付きました。これ以上は話しても無駄だと思われたのね」

「ただの無礼者です。それより、お話とは何でしょうか」

「さっきの矜持を正して規範を示すという事がどうしても気になったのよ。あれは、私たちがそれをすることで、民の意識を変えるということなの」

「なぜ、民の意識を変えるのですか。意識は変えるものではなく、変わるものです」


 僕はアメリアの目を見た。

 彼女も真直ぐに僕の目を見ている。聞く態勢が出来ているということだ。


「では、あの言葉はただの概念を話したものなの」

「そうではありません。ですが、それを話すのに、僕の修士たちも同席させて下さい。彼らが学ぶのにも、いい機会です」

「賢者様の講義というわけね。いいわよ」


 頷くアメリアに、僕はフレアたちを呼んだ。


「今の修士はフレイドさんだけですが、マデリさん、セリくん、セラくんも十分に聞く価値があります」


 周囲に四人を座らせると、その目をアメリアに戻した。


「矜持を正して、規範を示す。この国の先王は、真っ直ぐな温かみを持った方だとバルクス公領様に聞きました」

「そうよ。私も知っているわ。印綬の方々も立派な人でした。でも、それでも王は廃位されてしまったわ」

「水は高き所から低き所にしか流れません。矜持を正して規範を示すのは印綬の方々だけではなく、王宮の上級官吏も同じです。彼らを正すために、印綬の方々は規範を示す必要があるのです」

「王宮官吏を正すの」

「はい。国の第一の仕事とは何だと思いますか」

「国を豊かにすることよ。豊かにして、民を楽にさせるわ」

「そのためには、皆が力を合わせなければいけません。国の第一の仕事は、富の配分です。税として集めた富を、再分配するために王宮はあります」

「違うわ。国の進むべき道を決めて、国民の安寧を図るためよ」

「進むべき道を決めるのは、王です。印綬の方々です。王宮官吏は、その為の雑事を行うだけです」


 僕が、ボルグ先師に教えて貰った言葉だ。

 アメリアもその意味を消化しようと言葉を切る。


「王の仕事は二つだけです。進むべき道を決め、人を見極め配置する。それだけです。そして、王宮官吏の仕事も二つだけです。富を効率よく再分配し、王の雑事を代わりに行う」

「でも、それでは……待って」


 再び考え込む。


「…先王は、常に民のこと考えられていたわ。国を豊かにしようと会議をしていたわ。それでも、警鐘雲が走ったのよ」

「考えても、会議をしても、実体が伴わなければ意味がありません。現にここを襲ってきた相手を、バルクス公領主様からお聞きになったのではないですか」

「聞いたわ。でも、それは王が居なくなったからよ」

「それまで、王に忠誠を誓い、国のために働く者がそうなるのですか」

「では、どうすればいいの。この何代も王は十年ほどで廃位されているわ。私たちだってこのままでは同じよ」

「真理は何度もお伝えしました。水は高き所から低き所に流れるです。アメリア様には考える力があります」

「答えを探せというの」

「そうですね。では、マデリさん。あなたはどのように考えますか」


 僕の不意の問いに、マデリの身体が固まる。

 それでも、彼女は顔を上げた。


「水は流れます。流れるから綺麗なので、それが止まれば汚れるのではないのでしょうか」

「そうですね。滞った水は死に水といいます。その水が綺麗なわけがありません」


 僕はその目をセリに移した。


「どう考えますか」

「おいらは、上で何が起こっているかは知りません。でも、おいらは今まで変わったと感じたことは一つもありません。どんな王が立っても同じでした」

「そう、それが実態です。警鐘雲が出ないわけがありません」


 僕はフレアに目を向ける。

 彼女は呆然とアメリアの顔を見ていた。


「フレイドさん。フレイドさんは話を聞いていますか」

「聞いているわ。アメリア様はまるでアリスアと同じなの。アリスアはぼくの友達で、本当に優しいお姉さんだったわ」


 そこで言葉を切ると、その目が鋭くなる。


「そのアリスアも公貴のブタたちに汚され殺された。ぼくは絶対に許さない。上がいくら綺麗だと言っても途中で汚れてしまう水たまりがあるなら、全部壊せばいい。壊して新たな川を作ればいい」


 激情に任せたように言う。しかし、それも真理だ。彼女は本質を見抜いている。


「答えを導くヒントは全てが出ました。アメリア様、まだ王の継承までは時間があります。ゆっくりと考えることです」

「賢者様」


 アメリアが顔を上げた。


「賢者様には、行くべき道が見えているの。この国の詳細が分かって、道を示せるの」

「六種十国の理の出来た黎明期、三帝の一人、サリウス帝は国体を制定しました。今の世界でどの国にも使われているものです。同じ制度でエルミ種のエリスナ王国は、今年で百三十年の治世が続いています」

「長いとは聞いていたけど、百三十年なの」

「道はすでに標されているのです」


 講義はここで終わりだ。同じ制度で同じ運用。しかし、正直に言えば、僕にはこの国の未来は見えてこない。警鐘雲の生まれない未来は見えない。

 それをするには、百年の王国を築くには、フレアの言う通り一度壊さなければならないのだ。

 これ以上は関われなかった。


「ったく、それは講義終了の合図なの」

「はい」

「この印綬の継承者を相手に、いい度胸よね。では、世間話でもしましょうか」


 言いながら、アメリアは僕のカップを取り口に運ぶ。


「ルクスが見えるのよね。あなたから見て、エルグのルクスはどうなの。あ、さっきの妖気の話はいいわよ。それはゆっくり聞かせて貰いたいから」


 マデリが空のカップをアメリアの前に置き、葡萄酒を注いだ。慌てた様子だが、印綬の継承者に準備する敬意が見えないのは、なぜなのだろう。。


「この国の民には、大陸のどの国よりも ルクスに汚れが見られます。しかし、これは先天的なものではなく、環境によるものです」

「環境を変えれば、ルクスの汚れが消えるの」

「ルクスの汚れは良心の汚れ、罪を犯した証です」

「罪ね。でも、それは無意識にしてしまうものもあるし、罪と思わないものもあるわ。それがなければ、良心も汚れないでしょう」

「良心は、創聖皇の心の欠片です。本人が意識しようが、罪と思わなかろうが、そういうことは関係ありません」


 僕はアメリアからカップを取り返す。


「アメリア様のルクスは、汚れなく天を突くほどに伸びています。周囲に光の拡散が見られるのは、迷いでしょう」

「本当に、ルクスが見えるのね。エルフ以外には世界に数人しかいないというけれど、その一人に会えたのは光栄なことね」

「僕も、印綬の方にお会いできたのは光栄なことです」

「そのお話を、出来れば皆にも聞かせて上げたいものね」

「小麦は、一粒で何十もの種を実らせます。しかし、街道の石畳に落ちた小麦は芽を出すことなく終わり、道端に落ちた小麦は芽を出しても成長出来ません。小麦は畑に撒くものなのです」

「聞く耳がなければ、聞いても行動出来なければ、時間の無駄なのね」


 アメリアの溜息が深い。


「幸い、ここには四人も聞いて行動できる人がいます、可能性があります。後は、どこに導くかだけです」


 僕は一礼した。


読んで頂きありがとうございます。

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