祝宴
久しぶりの休日で、筆を進めることが出来ました。
広間の中央に座っているのは、アメリアとガイアスという印綬の継承者だ。
アメリアは二十代半ばだろうか、同じエルミ種の血の入った髪の長い、少し愁いを帯びた女性だ。
ガイアスの方はエルス種の血の入った同い年くらいの青年、その目は鋭く、周囲を威圧するように見渡してる。
共通しているのは、ルクスの強さというところか。
「聞きたいんだけど、おまえがこの作戦の指示をしたのか」
ガイアスが言い、その奥の壁際でバルクスが頷いた。
「作戦というほどではありません。柵と陣容を考えただけです。撃退したのは、あくまでも住民の皆さんですから」
「そうだろうな。ルクスもそこまで強くなさそうだし、たまたまか」
「はい」
僕の返事に、アメリアが笑う。
「この子の無礼は許してね。それで、あなたの本当のルクスを見せてくれない」
「何だよ、それに本当のルクスって何だ」
「ガイア、気が付かなかったの。この町に向かう時に強いルクスを感じたわ。それに、堀を渡る橋を護っていたのは、あなたなのでしょ」
「僕だけではありません」
なるほど、器量はこのアメリアという人の方がガイアスよりも上のようだ。
「じゃあ、質問を変えるわね。あなたはエスラ王国に向かうとか。そこで何をするの」
「国体に関わりたいと考えています」
「国体ね。あそこは同じエルグの民だけど、他種族には偏見も強い国よ。そこで何を提案するの」
バルクス公領主様からの話を聞き、僕に興味を持ったのだろう。そして、底を探ろうとしている。
「それは、僕の切り札です。ここで晒すわけにはまいりません」
「そう、だったら後学のために一つだけ教えて下さらない。これからこの国を豊かにするのに、まず何から手を付ければいい」
「自らの矜持を正し、規範を示すことです」
僕の言葉に、今度はガイアスが笑い出した。アメリアは僕の言葉の真意を探ろうとするように、考え込む。
「な。賢者といってもまだガキだ。この程度の答えしかないのさ」
そのルクスは大きく震え、赤い瞬きが走った。
そういうことか。まだ、この者に聞く耳は出来てはいない。
アメリアは聞く耳を持ってはいるが、真っ直ぐには見られていない。
大陸を旅していた頃の僕ならば、それでも彼らの目を覚まそうと熱弁を振るっていた。
だが、今はもう分かる。ここで話しても時間の無駄になるだけで、不信感を与えてしまうだけだ。
それは、この町にとって何の益にもならないこと。
「真理は単純で、簡単です。水は高き所からから低き所に流れる。ただ、それだけです。それでは、失礼致します」
彼らと縁はなかったのだ。
そのまま背を向けた。
奥に立つバルクス公領主が、慌てたように動く。僕の態度を印綬の継承者に対して無礼だと感じたのだろう。
しかし、僕は旅人でその無礼に対する怒りは僕にだけ向かう。
悲しいことだが、これが互いにとって最善の方法でしかなかった。
広場に出るとテーブルが並べられ、女たちが食事を運んでいる。
その広場の奥で大きく手を振るセリが見えた。その傍らで杖を支えに立っているのはセラ。動けるまでに回復したのだ。
足を進めた僕に、
「賢者様。ありがとうございます」
セラが笑う。
「もう、大丈夫なのですか」
「はい。杖がないと駄目ですが、歩けるようになりました」
「そうですか。でも、無理はしてはいけませんよ」
「分かりました」
そのセラの返事に重なるように、フレアの声が響く。
「セラ、セラじゃない。もう動けるの」
「はい。フレイドさんのおかげです」
「よかった」
駆け寄り、抱き付こうとしたフレアの足が直前で止まった。まだ、治っていないことを思い出したのだろう。
「後はもう大丈夫よ。このぼくが付いているから」
フレアがその勢いのまま自分の胸を強く叩く。
その様子に、セラも困ったように笑った。
しかし、フレアの喜びも当然だ。彼女は初めて人を救い、人の役に立つ喜びを知った。自分自身への自信にもなった。
そして、この先にの進むべき道を見付けたのだ。
「先師、良かったわね」
「そうですね。それで、マデリさんの服は選びましたか」
僕の言葉に嬉しそうにフレアは笑い、
「ふふん。先師、見違えるわよ。驚きなさい」
横に跳んだ。
後ろにいたのはマデリだ。
明るい水色の上着に膝までのズボン。踝を覆うブーツも歩きやすそうだ。マデリは上着の裾を握り締めて、真っ赤な顔を俯けている。
「よく似合っていますよ。マデリさん」
そう言うと、マデリが深く頭を下げた。
「それより、早く座りましょうよ。先師も昨晩はあまり食べられなかったでしょ」
フレアが呼んでいるのは昨晩、皆で集まった場所だ。それに、僕に食べる時間がなかったことも気が付いていたようだ。
「そうですね。少し早いですが座りましょうか」
席に付くと、給仕をしていた女性たちが葡萄酒とカップを持ってきた。
「どうしました。乾杯にはまだ早いですよ」
「賢者様、これはあたしらの気持ちです。おかげで旦那も息子も無事でしたから」
隠すこともなく、テーブルの中央に置く。それに無造作に手を伸ばすのは、やはりフレアだ。
止める間もなくカップに注ぐ。
「お、フレイドちゃん。さっそく始めるのかい」
広場に入って来た男たちが声を掛けて来た。
「あぁ、それよりも足は大丈夫なの」
「捻挫だけさ。それもフレイドちゃんの巻いてくれた聖符でこの通りさ。高価な聖符なのだろう」
「それは良かった。その聖符は先師から使うように言われたものなんだ」
「そうですかい。これは賢者様、ありがとうございます」
「いえ、こういう時のための聖符です」
完全に注意するタイミングを失くした。
「フレイドちゃん、あん時はありがとな。お蔭で命拾いした」
「どうってことないわよ」
しかし、住民とここまで親しくなっているとは思いもしなかった。
「もう、みんな友達よ」
当然のように笑い、カップに葡萄酒を注いでいく。
「フレイドはすぐに仲良くなっちまうからな」
セリが呆れたように言う。
そうしている間にも広場は人で埋まり、それぞれが勝手に始めだした。いや、奥からバルクス公領主の声が響く。
「今日はご苦労だった。心ゆくまで飲んでくれ」
声に呼応して、歓声が上がった。
「セラくん」
離れた席の少年に声をかけた。
「夜中に皆の咆哮のような叫びを聞きましたか」
「はい、賢者様。少し怖かったです」
「怖かった、だけ」
反応したのは、マデリだ。
「なにか、心の奥から黒いものが広がらなかった。意識を呑み込むような」
「いえ、何も感じなかったよ」
想定通りに今のセラは妖をルクスに変換させている。そして、一度変換したそれは元に戻ることがないということだ。
「賢者様」
同時にマデリとセラの二人が声を上げた。
言おうとする事は分かっている。
「セラくんは、意識との向き合い行いましたか」
「はい。合っているか分かりませんが、目を閉じて心の声を聞き流すようにしています」
「合っていますよ。それを続けて下さい。そして、それを皆に教えてあげてくれますか」
「うちにも、うちにも教え下さい」
マデリがセラに駆け寄った。
「そうですね。皆も習って下さい」
「賢者様」
言葉に重なるように、周囲から声が上がる。カップを手に町の住民たちが集まってくる。
口々に言うのは、町を護り切ったことへの称賛だ。
それは皆の努力の賜物だと賞賛を返すと、次々にカップに酒を注ごうとする。だめだ、これでは食事に手を伸ばす暇もない。
セラたちも何かを話したそうにしながらも、住民に押しのけられていた。
読んで頂きありがとうございます。
面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。
これからの励みにもしますので、ブックマーク、感想なども下さればと願います。