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マデリとセリの才

 

 町を一回りして、僕は広場に入った。

 中央の焚火を中心に、町の人が座り食事をしている。これから襲われる不安と恐怖に、静かに––一画で歓声が上がった。

 中心で大きく手を振りながら話しているのは、フレアだ。この人を惹き付ける力は、才能以外のなにものでもない。


「あ、賢者様」


 駆け寄って来たのはリベルだ。


「賢者様、推挙をしてくれてありがとうございます」


 前まで来ると、深く頭を下げる。子供よりも若い僕に、素直にここまで深く頭を下げられるのが、この人の生きてきた道を示していた。


「公領主館ですか、決まりましたか」

「はい。家族の家も用意してくれるそうです」

「そうですか、それは良かった」


 リベルがフレアたちのいる一画に、僕を案内する。


「でも、どうして私を」

「リベルさん、あなたには実務をこなす才があります」

「ですが、政務官などはしたことがありません」

「大丈夫です。あなたには学ぶ意欲があります。物事を真っ直ぐに見る目があります。リベルさんの生き方、学んできたことは裏切りません。自信を持って下さい」

「あ、ありがとうございます。でも、私なんかよりもマデリの方が優秀なので」

「マデリさんは、確かに優秀ですね。ですが、まだ薄いのです。リベルさんのように積み重ねたものがありません。あの子は、それをこれから学ばなければなりません」

「積み重ねたものですか」

「はい。マデリさんが知識を身に付け、経験を積めば、より高見に登って行けるでしょう」

「賢者様は、そこまで皆のことを見ていたのですか」

「ここには、しっかりとした人が多いですから」


 足を進める僕に、

「先師。今、先師の話をしていたのよ」

フレアの声が掛けられる。


「僕の話ですか」

「はい。賢者様のことをお伺いしていました」


 立ち上がったのは、イズサだ。傍らには公領主のバルクスまでもいる。

 どうして、公領主と自警団長がこんな隅にいるのだろうか。彼らは、中央の主賓席に座るべき人たちだろう。


「今まで見てきた賢者というものは理屈ばかりで、型通りのことしかできない人だと思っていました。しかし、賢者様の話を聞いて正直驚いています」


 イズサの続ける言葉に、僕の手をフレアが引いた。隣の席を開けてくれていたようだ。


「医術やルクス、それに都市計画まで、その若さでよく知っている。それに、マデリに教えていた内容、良い講義を受けさせてもらった気分だ」

「お耳を汚しました」

「とんでもない。賊を迎え撃つのにあのような発想、思いもよらなかったことだ」

「それで、賢者殿はどこに行っていたのだ」

「町を回ってきました。イズサさん、住民の中でマデリさんの父親のように、この場に参加をしていない人は何人いるのですか」

「四人ですね。どうかしましたか」

「その四人に監視をつけて下さい。子供でもいいので、三人一組で、危険がいないように距離を取って監視をつけてほしいのです」

「穏やかじゃないですね」

「立て籠っての防御で、一番怖いのが内部からの破壊です」

「最悪を考えて、手は打っておくか」


 頷く僕の前で、マデリが俯く。


「マデリはよくやっている。賢者様は万一のことを考えているに過ぎない。心配するな」


 イズサが宥めるように言い、

「そうだな。その万が一があっても、その罪は家族には問わない」

バルクスが続けた。


「何よそれ、それではマデリが気にするだけよ。先師も先師よ、そんな話は隅でしなさいよ」


 フレアが睨んでくる。

 以前はバルクスに気押されて広間に入ってこられなかったのが、嘘のようだ。


「そうですね。でも、一つ忘れています」


 フレアからマデリに視線を戻した。


「マデリさんは、すでにこの防衛戦の主要な一員です。あらゆることを想定した計画を把握しておかなければいけません。住民の生死が掛かっているのです」

「主要な一員。だったらそれを聞かせてくれたぼくも、そうなのか」

「もちろんです。あなたもセリも町を支える欠かせない人材です」


 僕の言葉に、二人が顔を輝かせながら豆の煮込みに手を伸ばした。

 単純すぎるだろ。そして、その単純さが、二人の強みにもなる。

 僕もスプーンを取った。もうすぐ日が暮れる。それまでに準備を終えなければならない。この食事も準備の一つだ。


「これは賢者様」


 その僕に声が掛けられた。

 いつの間に来たのか、横に立ったのはボルドスだ。


「ちょうどよかった、ボルドスさん」

「はい、こちらも食事のことをお聞きしたくて」

「そのことです。最初にお話をしたと時と状況が変わりました。賊はただ襲うだけでなく、公領主様の排除を考えています。その為に一度では退かないでしょう。食事はもう一食分、用意して頂けませんか」

「それは大丈夫ですが、一食でよろしいのですか。もっと長くなるのではないでしょうか」

「いえ、それよりも長くなる時は、この町は落ちています。この防御では、そこまでの波状攻撃には耐えられません」

「では、町は」

「大丈夫です。最初はすぐに退くでしょうから、二撃目で大きく叩きます。そこからは攻めあぐね、撤退するはずです」


「では、次の食事はこちらが出そう。撃退の祝いだ、皆に振舞ってやってくれ」


 バルクスの笑顔に反応したのは、フレアだ。


「次の食事は、公領主様の驕りだって。皆でお祝いだそうよ」


 フレアの大きな声と同時に、広場が歓声で沸く。

 これだ。フレアの凄いところだ。ここしかないタイミングで、通る明るい声で響かせた言葉は、沈んだ広場の空気を一変させた。

 その様子に、最初に言ったバルクス自身も驚いている。


「そろそろ陽が暮れる。準備するぞ」


 湧き上がった気を逃さないように、イズサが立ち上がった。この男も人の機敏が理解できるようだ。


 周囲の皆が立ち上がる中、

「公領主様や自警団長までいる中、食事を用意した商店主まで来れば、周囲の耳目を集めます。その中であの弾けるような声。見事としか言いようがありません」

ため息と一緒に長老が言う。


 長老もフレアのタイミングに感嘆しているのだ。


「あの子の凄いところは、計算でなく自然に出てくることです。人を掌握する力があるのでしょう」

「なるほど、賢者様が教えられるわけですね。それと」


 長老が向き直る。


「リベルの件、ありがとうございます。これで、あの家族も貧しさから抜け出せる」

「それは、長老の開学の賜物です。学術は人に生きる力を与え、生きる道を切り拓きます」


 そう、僕もそれでここまで生きてこられたのだ。


「ですが、マデリやセリまでも目にかけて下さっているようで」

「マデリさんには、賢さがあります」

「ですが、公領主館にはいけません。父親があれでは、どうしようもない」

「いえ、あの子は地方官吏に収まってはいけません。それは才の無駄になり、その才を授けられた創聖皇への裏切りです。あの子はもっと上に行き、民の為に働かなければならない才を持っています」

「そんな、大きなものをですか」

「はい。僕はその為の道をどう作るか、考えています」

「それは、ありがとうございます」

「それに、セリくん」

「セリですか」

「あの子は真直ぐなルクスを持っています。真直ぐすぎるゆえに周囲と衝突しますが、あの真直ぐなルクスも才の一つです。周囲を慮って道を歪めれば、ルクスも歪みます。今、セリくんはその葛藤をしています。その為に、自棄にもなりかねない危うさがあります」

「あの子は粗暴なだけではないのですか」


 僕の言葉に、驚いたように長老が顔を向ける。長老には、セリの凄味と可能性がまだ見えていないのだ。


「逆です。思慮深さがあります。ただ自分の思いを抑え切れないのです。それは彼のルクスの強さも起因しています」

「そうですか。セリは両親を失くしてから親戚の家をたらい回しにされていました。どの家でも、粗暴で生意気だと手に負えなかったのを引き取ったのです。ですが、それを聞いて安心もしました。わしもあの子の行く末を案じていましたので」

「セリくんも、ここで朽ちさせては創聖皇への裏切りになります。才を生かせる道を考えています」

「しかし、こんな小さな町に三人もいるものなのですか」

「僕は、この国で初めてゆっくりと腰を落ち着かせました。その為に他の様子は分かりません。ただ、バルクス公領主様、セルダ長老、お二方の住民の導きで、あの三人は輝いたのではないですか」


 僕の言葉に重なるように、

「動き出しました。賢者様、賊が動き出しました」

遠くからセリの声が響く。


 僕は手にしたスプーンを置いた。


「それを蹂躙に来る賊など、潰さなくてはいけません」


読んで頂きありがとうございます。

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