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準備

 

 奥の小高い丘の上に、幾つもの人影が見えた。

 傾いた陽が人影の鎧を煌めかせ、武装されていることを教えている。

 手前の橋に目を落とすと、橋の中間に柵を組み、そこに十三人が並んでいた。簡素な革鎧を身に着けた自警団と町の住人、それにバルクス公の衛士だ。

 足元の外開きのゲートは開かれたままに、町の一ブロックには二段の柵が組み上げられる。


「これで大丈夫なのか」


 口を開いたのはバルクスだ


「賢者殿が指揮を任せた三人、正直素行のよくない衛士だ。見張るために同行させたに過ぎない」

「それはこちらも同じだ。自警団の五人に町の五人、どれも質の悪い者ばかりだ。とても精鋭にはならない」


 イズサも続く。


「だからです」


 僕は橋から目を離した。


「この町の中にも、賊に通じている者がいるかもしれません。その危険を排除したいのです」

「あの場所を試金石にするのか」

「はい。通じている者がいれば、まずはこのゲートの開放でしょう。ここを抑えて、賊を町に招き入れます。それとは逆に、自らを盾に町を守るならば、その者の汚れたルクスには理由があるのかもしれません」

「しかし、それでこのゲートが破られれば本末転倒だろう」

「いえ、このゲートは最初から開けておく予定です。このゲートは大きくはありません。守る人数も限られる以上、被害も出ます。むしろここを通すことで、勢いを付けさせ奥で叩きます」

「この柵を利用してか」

「マデリさん、この柵の意味と役割を説明して上げてくれますか」


 離れて立つマデリを呼んだ。


「は、はい」


 真っ赤になったマデリがバルクスに深くお辞儀する。


「あ、あの、この柵は幅を半エルクにしています。これは、人がすれ違うのもやっとの幅になります。柵自体は––」


 マデリの説明を聞きながら、僕はフレアたちに足を向けた。


「二人には柵の左右の指示をして貰うと言いましたが、その説明をします。二段目には町の人が上がり、上から槍を振り下ろします。下の段は自警団が隣接する建物の窓から槍を繰り出し、柵の突き当りは町の人たちが槍を打ち込みます」

「はい」

「この狭い柵の中では身動きが取れず、闇雲に剣と槍を振り回すでしょう。二人には怪我をした人を避難させて欲しいのと、柵を上る者がいればその排除し、万が一落ちた人がいればすぐに知らせて下さい」

「どうするのです」

「降りて、助けに行きます」

「賢者様がですか、それは危険です」

「だめよ、ルクスは強くないのだから危ないわ」


 二人が同時に止める。

 僕のルクスを心配してくれているのだ。でも、抑えているとは言わないほうがいい。ルクスの強さは威圧感となって出てしまう。

 それは人を導き、教える身としては邪魔になるだけだ。


「ありがとう。でも、荒事には慣れました。大丈夫です」


 それだけ答えると、ローブを広げ、腰に付けた剣とタガーを外した。


「フレイドさんにはこれを」


 剣を渡す。


「まだ、剣の練習途中ですが少しは役に立つはずです。僕の使っていた剣ですが、使ってください」

 セリにはタガーを出した。

「セリくんは身のこなしが軽いのでこれを。接近戦では役に立つはずです」

「いいの」

「頂けるのですか」


 驚いたように、セリがそのタガーに目を落とす。


「はい。身を守り、民を助けるのに使ってください」

「ありがとうございます。大事にします」


 セリが深く頭を下げ、つられた様にフレアも頭を下げた。

 どうもフレアはお辞儀をするというのに慣れていないようだが、今は仕方がない。これからゆっくりと学んでいくだろう。


「襲ってくるのは、陽が落ちてからです。それまでは時間があるので、町の人たちとの関係を築いてください」

「関係を築くって、どうするの」

「槍を振る練習ももう終わります。ボルドスさんに食事をお願いして来てください。その後は皆さんと一緒に食べて、話せばいいだけです」


 頷いて背を向ける二人に、

「いいですか、出会う人の全てが二人の先師ですよ」

慌てて声を掛ける。


 大丈夫だとは思うが、喧嘩などされたら目も当てられない。

 柵を下りる二人を見送り、僕はゲートの上に足を戻した。


「賢者殿、この子は」


 その僕に、バルクスが顔を向ける。マデリの才に気が付いたようだ。


「セルダ長老の開学に通う修士です」


 僕の言葉を受けて、

「十六歳で、まだ入って三か月ほどの修士です。覚えが早く、熱心な修士です」

長老が続ける。


「三か月か、それでここまで考えられるとは、開学というのも凄いものだ」

「いえ、この子が才に溢れているだけです」


 長老が頭を下げた。


「領主館も実務の人材が足りない。それならば、この子を雇ってもいいな」

「申し訳ありません。領主館での雇用となりますと、その家族も転居になります。しかし、マデリの父親の素行は、問題があります」

「父親、父親はどこだ」

「この集合令にも来ておりません。代わりにその妻と子が槍を持っています」


 長老の言葉に、バルクスの目が険しくなる。


「町の重大事の集合令に来ないとは、どういうことだ」

「酒を飲んでいて、呼びに行った自警団も追い返されたと聞きました」

「それを赦しているのか」


 言葉の強さに、マデリが俯き小さく震えた。

 僕はその肩を軽く叩く。心配するな、何かあれば助ける。


「慣例で、主が動けない時は家族の代理を認めるとあります」


 イズサが重い声で答えた。


「動けぬか、慣例も見直さぬといけないな。分かった、それではこの子は雇えないな」


 再び頭を下げようとする長老を止め、

「バルクス公領主様が実務の人材を求めるのでしたら、こちらのリベルさんをお勧めします」

僕は奥にいる女性を示した。


「彼女は知恵と経験、そして学ぶ意欲があります。優秀な地方政務官になります」

「ほう、賢者殿の推薦かね」

「はい」

「ここには、才の溢れた人材がいるのだな」

「この地にはでしょう。セルダ長老のこのような開学が広がれば、人材はもっと集まります」

「そうだな、開学にも公領主として手助けできるように考えよう。長老、集会所に戻るから、そのリベルという人をそこに招いてくれ」


 ゲートを降りるバルクスを見送り、慌てて長老がリベルへ足を向ける。

 僕の横でマデリの肩が落ちた。

 領主館に雇われるということは、守護領地の官吏になるということだ。平民にとって、これ以上の栄達はない。

 目の前に現れたそれが、幻のように消えたのだ。落胆もするだろう。


「マデリさん。あなたはこれから知識を得なければいけません。あなたには知恵があります。その知恵を正しく、広く生かすには知識が欠かせません。知識はマデリさんに翼を与えてくれます」

「知識ですか」

「はい。これから、多くのことを学ばなければなりません」

「分かりました。ありがとうございます」

「では、これから特別講義をしましょう。この柵の用途はよく知っていますが、ここに侵入した賊がどのような行動をするか、分かりますか」

「このゲートから入ればすぐに奥へと向かいます。上から槍で叩かれるので、重装の賊が盾を頭上に掲げて入って来ると思います。後は力押しですか」


 傍らでイズサも頷く。


「マデリさん。まずは視点を変えましょう。賊の立場になって考えるのです」


 視線を丘の上に戻した。


「まず、あそこからは町が防御しているのが見えても、この柵は見えていません。見えない防御陣地を攻めるならば、強行突破も兼ねて機動性の高い軽装槍兵を使うでしょう。ルクスの強い者を選抜すれば、防御陣地を破れるかもしれませんから」

「はい」


 困ったような返事。まだ分かったわけではないようだ。


「その後ろを重装槍兵で推し進めれば、万一の撤退時にも壁となって追撃を妨げられます」

「なるほど、そういう事ですか」


 理解したように、マデリが強く頷く。やはり、頭はいい。


「では、もし重装槍兵が先に進んできたときは、どう見ますか」

「ルクスの強い軽装の兵がいないということですか」

「いえ。おそらくは、橋の中央に置いた陣に接近するためでしょう。あそこの陣に、この町の内通者がいれば、そこで対峙するはずです」

「それが、公領主様が言われていた、試金石のことですか」

「そうです。内通者は逃げるふりをしてこのゲートを開いて押さえます」

「ですが、このゲートは開きっぱなしにするのではないのですか」

「それを、橋の中央の方々は知りません。彼らが退いて町に戻ればゲートは閉まると伝えてあります。このゲートを開放するならば、内通者だということです」

「そういうことなのですね。では、その場合は突き当りの柵を閉じて封鎖すればいいのですね」

「はい。ゲートを閉じようとする者がいれば、内通者ではないので助けます」

「分かりました。突き当りの柵が開くようになっていたのは、そういう深い意図があったのですね」

「では、もう一歩深く考えましょう。相手は訓練され、統制されています。被害が多ければ態勢の立て直しをするでしょう。その為には指示を出さなければなりません。どうすればいいですか」

「丘の上にいる人が、合図をすると想います


 マデリが即答した。


「そうです。よく分かりましたね。指示は音を鳴らすか、光を放つかいずれかでしょう。マデリさんはそれを確認すると、この笛で知らせて下さい」


 言いながら笛を渡す。


「強く吹いてくれれば、音が響きますので混戦の中でも気が付きます。それと、今この町は封鎖されて孤立しています。この苦境を他の集落や町に知らせるには、どうすればいいと思いますか」

「それを考えていました。ルクスの光を高く打ち上げればどうでしょうか」

「そうですね。夜になれば効果はあるでしょう。ですが、夜に街道を行く者がいるでしょうか」

「明るいうちは––」


 しばらく考え込むと、

「煙を上げるのはどうでしょうか。幼い時に遠くで火事があった時、町の人が向かっていました」

顔を上げる。


「正解です。それを狼煙と言います。では、マデリさんは広場で火を起こしてください。イズサさん、マデリさんに木を渡して上げて下さい」


 それまでずっと黙って横で聞いていたイズサが、

「分かりました賢者様。直ちに用意致します」

大きく頷いた。


 何があったのだろう。呼び方が急に賢者様になっていた。


読んで頂きありがとうございます。

面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。

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