戦杖
僕は通りを進み、ボルドスの店に向かう。
通りは閑散としており、広場からの騒ぎが遠く流れてきているだけだ。
大きく開かれた店に入ると、ボルドスが身体を揺らしながら駆け寄ってきた。
「どうかされましたか」
その声を聴きながら、店の奥に目を移す。
探しているものは、店の一番奥にあった。
「武具を見させて下さい」
「どうそ、剣がよろしいですか。いいものを揃えています」
剣か、それならば持っている。
「メイスの突起のないものはありませんか」
「突起のないメイスですか。それでは、相手を殺せませんよ」
冗談だと思ったのか、ボルドスが笑った。
そう、殺さないのだ。身を護るためにでも人を殺せば、ルクスには紅い靄が付く。ルクスの穢れだ。
理不尽に人を殺したのでなければ、普通の者ならばルクスはやがて浄化されていく。しかし、僕のルクスは––。
息を付いた。
僕のルクスは、自然に浄化はされない。再び魂を焼かなければいけないが、それでも浄化できるかは分からない。
「これなど如何ですか」
出してきたのは、複雑な突起が先端に付いたメイスだ。
簡単に人を傷つけ、殺してしまいまそうだ。しかし、飾られたものを見る限り、これが一番、棒に近いようだ。
棒。本当は練習に使っている木の棒がいいのだが、それではルクスが削られれば簡単に剣に切られてしまう。
壁に目を戻すが、メイス以外も同じだ。人を殺すための武具だから当たり前か。
店の中を見渡した。
その一画で目が止まる。
「あれを見させて下さい」
僕は店の隅に置かれた杖に足を進めた。
木に鉄の飾りが打ち込まれ、持ち手は青い石の埋め込まれた公貴が好みそうなものだ。だが、これならば剣を受け止めることが出来る。
戦杖として使えそうだ。
「杖ですか」
「はい」
それを手に取った。杖にして少し重いが、長さはちょうどいい。それに、これならば殺さずに済む。
「それは開店当初に注文を頂きましたが、公貴様は気に入らなかったようで、返品されたものになります」
その公貴は見た目で選んだが、重くて使いにくかったのだろう
「そうですか。これを下さい」
「武具にはなりませんがいいのですか。うちは一リプルも貰えれば十分ですけど」
一リプルならば、安すぎるように思う。仕入れ値を割ってでも処分をしたいようだ。
さらに値段の交渉は出来そうだが、駆け引きなしで仕入れ値以下を出したのだから、その思いを踏みつけることもない。
僕は金貨を一枚出すと、それを受け取った。
しかし、この杖を付いて歩くには、目立ちすぎる。賢者のローブに杖を持って歩くなど、鼻持ちならない公貴の気障さだ。
ローブの下のベルトに杖を留め、見えないようにする。
通りに戻ると喧騒は一段と大きくなり、歓声までも聞こえだした。何かあったのだろうか。
その通りの奥から、駆けてくる男が見えた。
男は僕の横を抜け、店の入り口から、
「バルクス公領主様が来られました」
叫ぶように言う。
この守護領地を治める公領主が来たようだ。
考えられるのは――急いで広場に戻ると、町の人々も詰めかけて手を振っている。
ここの公領主は、人望があるのだろう。世界を回ったが、ここまで領民に愛される公領主を見るのは初めてだ。
「賢者様」
不意に後ろから声を掛けられた。
振り返った先にいたのはマデリだ。今まで農作業をしていたのだろう。水を浴びたように汗に濡れ、作業用の大きめの服は泥で汚れている。
「大変でしたね。仕事は終わりましたか」
「はい。今、終わりました。賢者様、今日の講義はあるのですか」
この広場の騒ぎに、心配しているようだ。
「学ぶことは積み重ねです。講義はしますよ」
「そうですか。すぐに着替えてきます」
その声に重なるように、
「マデリ、少し見てくれ」
イズサの声が歓声をかき分けた。
「あの、でもこの格好では」
「構わない。賢者も来ていたか、一緒に見てくれ」
剣を腰に掛けた自警団の姿に、広場の人も避けていく。その中をぼくとマデリは引っ張られるように進んだ。
人の集まった広場を抜けて入口ゲートに向かう。
ゲートには柵が並べられ自警団も集まっていた。
自警団は十人ほどだが、そのうち三人のルクスの汚れが酷い。無垢な者を殺した赤い靄が刻まれているのだ。
この三人も注意しなければならない。
「指示通りに作った。見てくれ」
その言葉に、自警団の皆が身体をずらした。
ゲートの壁に立てかけられた柵が見える。運んでいるのを見たが、しっかりと見るのは初めてだ。
「いいです」
思わず言葉に出る。
やはり、マデリは賢い。用途を知り、それに対して最適な選択が出来る。
最初に感心したのが、木を縦横に組み付ける場所にロープを使わず、切り欠いた木を組み合わせて止めた点だ。ロープならば剣で切られるが、これならば崩れることはない。
補強の仕方を教えるつもりだったがその必要もなかった。
感心したもう一つは、足場板を倍の数用意したことだ。
「これを二段目の壁に付けるのですね」
僕の言葉に、マデリが手を叩く。
「そうなんです。下から突き上げられた時の為に付けようと思ったのです。賢者様は一目でそれが分かられたのですね」
感嘆したように言うが、それはこちらの思いだ。
簡単に書かれた図面を見て、頭の中で構築し、工夫する。
この子は、知恵がある。知識だけでは限界があるが、それを越えるのは知恵だ。マデリの才は野に埋もれさせるには惜しい。
「よく出来ています、問題ありません」
「ありがとうございます」
大きく頭を下げる彼女の肩越しに、駆けてくる人影が見えた。
フレアとセリが競うように走ってくる。
二人とも僕より二つは年上だ。あの子供っぽさは何なのだろう、マデリのほうが落ち着いて見える。
「先師、見張りと打ち合わせしてきたわよ」
「先師様、長老がお呼びです」
二人が同時に言う。
「連絡は打ち合わせ通りにお願いします。長老の話は、防備のことも併せてでしょう。マデリさん、あなたも一緒に行きますよ」
僕の言葉に、
「すごい、二人のあの言葉を聞き分けたのですか」
驚いたように言うと、すぐに自分の着ている服に目を落とした。
服の粗末さと汚れを気にしているのだ。
「仕事をして汚れたのです。誇ることはあっても恥じることはありません」
そのまま足を進めようとする僕に、
「先師、マデリは女の子なの。綺麗な恰好がしたいのよ」
フレアが鋭い声で言う。
綺麗な恰好。
振り返ると、マデリは真っ赤になって俯いている。
綺麗な恰好というのは、どういうものなのだろうか。分からないが、マデリはその言葉を否定はしない。
「そうですか。マデリさんはこれだけしっかりとしてくれたのです。お礼をしなくてはいけませんね」
服を買うことにしよう。実際マデリは、それだけの仕事をしたのだ。
「そうね。ぼくが一緒に選んであげるわ」
「そんなことより、長老がお呼びなんだよ。一緒にいるのはバルクス様だから急がないと」
セリが急かすように言い、フレアが睨み返した。
だめだ。また喧嘩でもしそうだ。
「分かりました。行きましょう」
僕は二人の間を割って入るようにして、広場へと足を戻した。
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