防御計画
「これは長老殿、ご無沙汰しております」
入って来たのは、ボルドスだ。その後ろに続くのが、イズサなのだろう。
「お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ありません」
「それで、賢者殿がいかなる用事で」
イズサが目を向けてくる。突き出た山犬のような耳が、エルスの血が入っていることを教えている。
ルクスの輝きに鈍さはあるが、靄は見られない。信用してもいいようだ。
「町の防備計画の件です。イズサさんが自警団の団長だと聞きました」
「柵の補修人も兼ねているさ。防備計画とは」
「賊の数は多く、周辺集落も襲われていますので、この町の防備に協力が出来ればと考えています」
「そういうことか。何か案でも」
僕の言葉に二人が頷き、長老が席に案内する。
「この町は、堀にかこまれています。侵入経路は橋の掛かった正面ゲートになります」
壁に掛けられた地図に手を当てた。
周辺を描いていた地図は、この町に拡大される。
「柵の補修をしているそうですが、その材料はあるのですか」
「北の倉庫に材料はある」
「そうですか。では、作って貰いたいものがあります」
「その話しだと、柵の補修はいいということなのか」
「はい。堀を越えるのに、板を渡すのでしたら問題ありません。あの堀の幅ですから、板の強度を考えれば、賊は一列になるしかありません」
「なるほど。それならばこちら側で待っていれば、数人で一人を相手にすればいいのですね」
ボルドスが大きく頷く。意図は伝わったようだ。
「その為に、橋の入り口に防備を固めます」
「だが、急にどうしたのだ。何か、賊が来るとの情報があったのか」
「いえ、胸騒ぎがするだけです。急な王宮衛士の点検もあったそうなので」
その言葉に、イズサの表情も強張る。
「その為に柵の補修を急いでいるのでしょう。それに、準備をしておくことに越したことはありません」
「ですが、賢者様。入り口を防備すると出入りの邪魔にはなりませんか。農夫たちはそこから畑に向かいます」
ボルドスが心配そうに言う。彼の顧客は農夫たちだ。その仕事を奪えば、商売に影響が出ると考えているのだろう。
「防御柵は組み立て式にします。地面に打ち込んだ杭を土台にすることはありませんし、普段は隅に寄せておけるようにします。詳細な図面を作りますので、お願いします」
「分かった。確かに賢者殿の言う通りだ。図面が来れば取り掛かろう」
「ありがとございます。イズサさんには、もう一つお願いがあります」
「何か」
「信頼できる人に、この町の東西南北を見張ってほしいのです」
「その信頼できる、というのは」
「言葉通りです」
僕の言葉に、初めてイズサが笑った。
「賢者というのは、たいしたものだな。心まで見透かされているようだ。それも分かった。すぐに取り掛かる」
その言葉に、
「フレイドさん、僕のバッグを持ってきてください」
僅かに空かされたドアに声を掛けた。
どのくらいか、躊躇するような時間の後、フレアが鞄を手に広間に入ってくる。
その鞄を受け取り、中から四枚の金属板を取った。
「これをお持ちください」
イズサに渡す。
「折り畳み式のランタンで、下を捻れば投光器になります」
僕の言葉を聞きながら、イズサはその金属板を開いた。すぐにそれは箱を形作る。
箱の形になると同時に、光が灯った。
ボルドスとフレアが声を漏らす中、イズサが箱の下にあるレバーを回す。
同時に箱の形状が変わり、下に置いた凹面鏡が広がる。光が集約され、一点を指した。
「いいのか」
イズサも驚いたようだ。
「はい。日が落ちてからは役に立つはずです」
「これは、感謝するぞ」
「はい。さて、これからが本題です。フレイドさん、皆をここに呼んでください」
言葉を待っていたように三人が入って来た。
「賊が、橋を越えて入ってくるには、この一エルク幅の通りを進む必要があります。この直進の一ブロックを防御拠点にします」
「町の中に入れるのか」
「一時防衛線は門でいいでしょうけど、そこではこちらにも被害が出ますから、引き入れた方がいいと考えます」
「その為の柵か。だが、それではわずかの足止めにしかならない。支えきれなくなるな」
「柵は二段にします。下段には自警団の皆さん、上段には町の人を配置し、町の人には二エルクの槍を持って貰います」
「二エルク、それだけ長い槍は扱いが難しい」
「上から振り下ろすだけです。穂先の重さを利用して叩きますので、技量は必要ありません。それに、二エルクもあれば町の人も恐怖心は和らぐはずです」
「なるほどな」
「ボルドスさん、槍の柄になる材料はありますか」
「それならば、同じ北の倉庫に切っていないものが何十本とあります。売り物の在庫だが、使ってくれて構いません」
賊が来れば真っ先に襲われるのだ、ボルドスが即答した。
「ありがとうございます。長老、動員できる人の数を教えてください」
「六十人というところです」
話を聞きながら、長老も考えていたのだろう。すぐに返事が返ってくる。
その答えにリベルに目を移した。
「リベルさん、六十人分の槍を予備も含めて準備して貰えますか。穂先がなければ、農具で代用も構いません」
「予備はどのくらい用意しましょうか」
リベルが弾けるように尋ねる。
「一人、二本と少しですか。皆に手伝って貰って作って下さい。出来たものは、イズサさんが見てあげて頂けますか」
「分かった。武具としての強度があるかだな」
「お願いします。それが出来れば、槍の振り方を練習しましょう。マデリさん、マデリさんは今から僕が図面を書きますから、柵の必要資材を計算して、本数と合わせて出してください。それをイズサさんと話して、作って貰います」
「分かりました」
マデリも弾けるように答えた。
二人とも、自分が町の役に立つことが、必要とされていることが、嬉しいようだ。
「ボルドスさん。もし、町が襲われることがあれば、食料の提供をお願いできませんか。食堂で作る簡易なもので構いませんので」
バッグから出した紙を広げながら、言う。
「それは何食くらい必要でしょうか」
「全員分を一食、お願いします」
紙に柵の配置を書き出した僕に、
「賊が周囲を固めれば、一日できかないのではないのか」
イズサが腕を組んだ。
「いえ、悠長に包囲はしないはずです。攻めるならば、一気に来ます。それを撃退すれば、引いていくはずです」
「どうしてだ」
「まず、費用対効果が合いません。受けた損害をこの町で回収するには、少なすぎます。もう一点は、この町は街道が近く、包囲すれば近隣の町や街道駅に知られます。応援が来れば、挟撃されてしまいますから包囲はしないはずです」
「費用対効果、ですか」
感嘆の声を上げたのは、ボルドスだ。
「リルザ商会で、商売のコツとして教えられたことです。それが、賊相手にも使えるのですか」
「そうだ、賊がそこまで考えるのか」
「普通の賊ならば、そこまでの考えは至らないでしょう。これが普通ではないことを、イズサさんもご存じのはずです」
再びイズサが笑い出す。
「まったく、賢者というのは。隠し事も出来やしない」
「どういうことですか、賢者様。襲ってくるのは、普通の賊ではないのですか」
掛けられた言葉に、柵の指示書を書きながら長老に目を向けた。
「レビさんに話を聞きました。数十人の規模で動き、衛士相手にも怯まない賊だと。数十人というのは、彼らが分散、集約するほどに規律が取れているということになります。そして、その規律ゆえに衛士相手にも襲い掛かるのでしょう」
「そんなものを相手に、撃退など出来ますか」
「規律があり、コストを計算出来るために撃退できます。彼らも無理はしません」
「そうだな。十も倒せば引くしかないだろう」
背もたれに背中を預けていたイズサが、身体を乗り出す。
「長老。長老には傷の薬を用意してもらえませんか。柵越しでも怪我をする人は出てくるでしょうから」
「分かりました。ストックしているものを用意します」
「お願いします」
指示図を描き終えるとそれをマデリに渡す。
町の入り口に並べる柵とそれの分解図だ。
「これは」
横から見るイズサが声を漏らす。
「マデリさん、それぞれの寸法は書いてあります。その本数を出して、詳細をイズサさんと話してください。イズサさん、作れますか」
「造作もない。明日の朝から取り掛かりたい。マデリ、倉庫の詰め所で打合せられるか。あそこには他の自警団もいるから、皆が聞ける」
その言葉に、不意にマデリの表情が曇る。
「どうしました」
僕の言葉に、マデリが頭を下げる。
「すみません、これ以上は遅くなると」
「そうか、確かにそうだな。では、こちらが出向くとしようか」
慌ててイズサが言い、
「よし。わしも行こう。わしが一緒ならば、大丈夫だろ」
長老までも立ち上がった。
何、どうしたのだろうか急に。
「そうだな。もう、時間も遅い。家には、食堂から何かを届けさせる。それならば、家族の食事を作る時間で手を取られなくても済む」
今度はボルドスまでも、気遣うように言いながら立ち上がった。
時間か。確かに日も落ちた時間になる。
手早く挨拶をして、出ていく三人を見送りながら、セリが舌打ちした。
「どうしたのよ、急に」
「クズなんだよ」
フレアの困惑した声に、セリが吐き捨てるように答える。
「この町にもクズは多いけど、マデリの親父は本物のクズだ」
「どういうことなの」
「あの親父は、畑仕事も何もしねぇ。朝から酒飲んで暴れるクズだ。マデリも畑仕事と家の仕事の合間を縫って開学に来たから、遅くなると騒ぎになるくらいに暴れだす」
「なんなの、それ」
「六人家族で、マデリが一番上になるけど、皆いつも怪我をしている」
「でも、マデリに傷はなかったわ」
「開学に通い出してから、顔とか見える所を殴らないだけだ」
言葉と同時に、フレアが立ち上がった。ルクスに赤い光が昇っている。
「フレイドさん。それは長老たちに任せなさい。よそ者の僕たちが入れば、複雑になるだけです」
言いながら、僕も拳を固めた。
この国は、間違っている。そして、それを直す力は、僕にはなかった。
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