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町の行く末

 

 柵に身体を預けると、夕日に沈む街道を見た。

 堀を渡ってくる冷たい風が、心地いい。秋が近いのだ。世界は時を刻み続けている。

 そして、この国に印綬の継承者が現れた。


 仁、義、礼、智、信。この五人が現出すれば、その中から王が選ばれる。 

 時に装飾品、時に日用品、選ばれた者が触れるとその形を変え、印綬になる。

 仁と信が現出したとなれば、他の印綬も時間は掛からないだろう。


 そして、王が立てば国は生まれ変わる。

 重い息が漏れた。

 国は、生まれ変われるのか。


 この国を見る限り、難しい。王の廃位された経緯が考えた通りだとすると、王宮官吏は力を持ちすぎている。

 ボルグ先師の言われた「官吏は変革を望まない」の言葉と、優しかった父上の顔が思い浮かんだ。

 この国は、変われない。サイノス王は治世五十年を越えて、新たな国造りを始めた。準備と計画にそれだけの年月が掛かったのだ。


 この国では、王の在位がそこまで持つ例は少ない。

 国民としての意識が低いのも要因の一つだ。

 この国に着いてから見るルクスは、他の国で見てきたルクスよりも汚れが多い。国全体があのリスティーゼ通りのようにすら感じた。


 しかし、この国の中でも、開学の修士たちにはルクスに靄はなく、学ぶ意欲もある。

 間違いなく、立派な大人へと成長するだろう。

 それでも、その未来は見えなかった。この国での未来は見えなかった。


 彼らに、僕は何が出来るのだろうか。

 街道から町に視線を移した。石造りの家々も夕日に赤く染まりだす。斜陽に沈むこの国を思わすようだ。

 不意に、その通りの奥から駆け寄る人影が見えた。


「ここにおられましたか」


 息を切らして駆け寄ってきたのは、商店主の男だ。


「どうかしましたか」

「賢者様の荷馬車隊のことです」


 息を付きながら、男が喘ぐように言う。


「五日後に、荷馬車隊が来ると確認を取りました。ただ、荷馬車隊はこの後、近北守護領地に入り、南に向かうそうです」


 店主はわざわざイルザ商会に連絡をし、荷馬車隊の予定と行程を確認したのだ。

 その顔を見れば何のためにかは、分かる。


「次の荷馬車隊は、王都には入らないようです」


 探るような目を向けてきた。

 しかし、それでもこの守護領地は抜けられる。


「そうですか。それに乗せて頂けるのですか」

「大丈夫です。お代もいりません」


 言いながら、男が顔を上げた。


「その代わり、これを恩義に感じてもらいたいのです、ボルグ賢者様。わたしの名は、ボルドスと言います。イルザ商会に属す、ボルドス・イベルです」

「ですが、ボルドスさんのお店には、僕の修士も迷惑をおかけしています」

「いえ、あの飯屋で壊れた皿の一枚や二枚、問題ありません。知り合いにやらせているだけの小さな店です。賢者様が気にされることはありません」


 この町だけにしかない商権を、他の町にも広げたい。その意図は分かる。しかし、値踏みをしていたあの態度とは違い過ぎた。


「恩義を感じるだけでいいのですか」

「はい。それと今朝方、衛士長のレビ殿がこれを買われまして」


 出してきたのは、包帯の束だ。


「レビ殿はイスバル関に急ぎ帰らなければならないとのことで、賢者様にお渡しするように言われました」


 そういうことか。レビから色々と聞きだしたのだろう。


「賢者様がそこまでの方とは、わたしの目もまだまだです」

「人の噂は過大に評価されるものです」

「いえ、今日は賢者様の講義も人が詰めかけたようですね。為になる講義だと町中で評判にもなっています」

「僕の修士は、学び始めたばかりですから、修士に合わせて講義しているだけです。それよりも、お店は大丈夫なのですか」

「うちのに任せています。それで、賢者様。ここの今の状況、どう思われますか」


 ボルドスも柵に身体を預け、肩で大きく息をする。


「漠然とした問いかけですね。ここの状況が、この守護領地が、とのことでしたら、少し大変なことになりそうです」

「大変というと」

「イルザ商会と連絡を取ったのでしたら、懸念は伝えられているのではないですか」


 僕の言葉に。ボルドスが抱える不安を誤魔化すように笑いだした。


「賢者様は、さすがに見通してきますな。そうです、この最近は盗賊たちの被害が増えています。賊の数も多くて、ここも襲われればどうなるか」

「町ですから、自警団もあるでしょう」

「その自警団も信用は出来ませんので」


 重い声だ。町では、商店は富の象徴にも思われる。色々なことがあったのだろう。


「最近、僕たち以外にこの町に入ってきた人はいますか」


 言いながら、再び街道に目を移した。


「いえ、誰も」


 町を襲うとなれば、下見に来るはずだ。それがなければ、すぐに襲われることもないだろう。


「王都の衛士が、巡回に来てくれたくらいです」


 続けられた言葉に、僕が言葉を失った。

 王都の衛士と言えば、ルクスの汚れた二人が思い浮かんだのだ。


「来たのは、いつですか」

「レビ殿と入れ違いくらいですか。町の周囲を見て回られて、柵の弱いところを指摘してもらいました。自警団長のイズサがそれを取りまとめて、補修しています」


 柵の弱い所か。この町は外周を堀が囲んでいる。襲うとすれば橋の掛けられた正面側に集中するはずだ。柵の弱い所というのは、陽動に過ぎないように思われる。


「自警団で、信用できる人はいますか」


「イズサですか。武骨な男ですが、真っ直ぐです」

 即答してきた。それだけ信頼をしているのか。それとも、それだけ信頼に足る人が少ないのか。


「では、その方を連れて広場の集会所まで来てもらえませんか」


 そのまま、僕は広場へと足を戻した。

 集会寄宿舎に戻ると、騒然としている。何かあったのだろうか。慌てて広間に進み、僕は足を止めた。

 倒れた机、床に散乱しているのは僕の本と筆記用具。

 膝の力抜けそうだ。


「どうして、こうなっているのですか」


 フレイドとセリ、二人が全員に取り押さえられた姿を見る。


「こいつが、ぼくのことを馬鹿にしやがった。脅して先師にしているのか、色目を使っているのかとか」

「おまえが、しっかりと文字を書かないからだろう。そんないい加減な奴が、賢者様の修士だっていうのがおかしい」

「何だと」


 フレアが叫び、セリが床を蹴った。

 セリに掴みかかろうとするフレアを、迎え撃とうするセリを、全員で抑えている。

 フレアとセリのルクスは、赤い光が渦巻き瞬いていた。妖気が暴走をしているのだ。そして、その光がより強いのがセリだ。

 セリの危うさは、その妖気の強さなのだろうか。

 思いながら僕は足を進めた。


「それ以上するなら、もう一度ルクスを打ち込みますよ」


 その一言で、二人の動きが止まる。


「セリくん。僕は脅されているわけでも、色目を使われているわけでもありません。その発想自体が、あなたのルクスの汚れです」

「は、はい」


 セリがそのまま俯いた。


「文字をしっかりと書けない。セリくんは最初からしっかりと文字が書けましたか。最初は誰もが綺麗に、早くは書けません」

「はい」

「セリくんは、苦労をしてそれを学んだはずです。そういうあなただからこそ、フレイドさんにも教えられ、セリくん自身も自分を見つめ直せると思いました。僕の考えは間違っていたのでしょうか」

「すみません。賢者様は間違っていません」


 セリのルクスから赤い光が急速に消えていく。

 その前で、暴れるのをやめたフレアが、誇らしそうに仁王立ちになった。

 どうすれば、そういう態度を取れるのだろうか。


「フレイドさん。なぜ同じことを何度も繰り返すのですか。気に入らないから殴るでは、駄々をこねる幼子と同じです。僕はあなたが学ぶべき人であり、学ぶ意思も持つと人だと思ったから、先師になりました。僕の考えは間違っていたのですか」


 その言葉に、フレアが唇を嚙んだ。一瞬僕を睨み、下を向く。


「でも、セリは先師じゃない」

「僕は、出会う全ての人が先師だと思っています。僕の修士には、同じ考えを持って貰わなければなりません。自分の足らないところは、素直に認められませんか」

「認めている。ぼくはまだ何も知らない。学びたいと思っている––います」

「フレイドさんのルクスは強いです。それはあなたが生まれ持った才です。ルクスの強さが器の大きさならば、その器量を見せて下さい」

「分かり––ました」


 言葉を敬語に言い直すのは、まだ、素直に意見を聞く耳を持っている証だ。


「それでは、この話はこれで終わりです。ここを片付けて下さい」


 言葉を切ると、セリを抑えていた長老に目を移した。


「もうすぐ、ここに店主のボルドスさんと自警団のイズサさんが来られます。長老も交えてお話があります」


 途端に、フレアとセリに緊張が走る。

 無理もない、昨日、謝ったばかりの店主の名と自警団の名を聞いたのだ。

 話の内容は伏せておこう、二人にはもう少し反省をして貰わなければならない。


「フレイドさんとセリくん、それにマデリさんとリベルさん、四人には後で話があります。片付けが終わったら奥の部屋で待っていて下さい」


 僕の言葉に、四人は不安そうに頷いた。

 机が起こされ、本と筆記具が整理される。

 他の開学の修士たちが帰る中、入り口で声が響いた。


読んで頂きありがとうございます。

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